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足跡は語る(1)透明化の勇者

<狸山太郎視点>


 ファーメル教国。某施設にて。


 ……ガラガラガラ。


 木製の扉が開く。目の前には一糸まとわぬ裸の女性。右手にはタオルを持っている。


 湯けむりが扉の外へと漏れ出ていく。


 ザバー。


 正面右からは、桶から流される水の音がする。


 中にいるのは全部で8人。うち5人がうら若き女性だ。


 ぼくが転生の際に手に入れた力は、『透明化』だ。この力があれば、嫌いなやつを暗殺することも、好きなあの子を観察することも自由自在。ぼくの人生は薔薇色だと思った。


 前世のぼくは、まるで空気のようだった。誰もぼくを見てくれない。もっと僕のことを見てほしい。そんなことを思っていたら、ついに、こんな力を授かった。


 魔王退治? 人命救助? 冗談じゃない! ぼくには全く、欠片も、(ごう)も、1オングストロームほども関係のないことだ。


 ぼくは自由だ!


 自分の力は自分のためだけに使う。この最強チートな透明化で欲しいものすべてを手に入れてやる!


 前世でできなかったことを全部するんだ!


 そう思ってた。だけど、現実、そんなにうまくは、いかなかった。


 ぼくの透明化の力には、限界がある。まず自分の匂いは消せない。獣人がいると気付かれるのだ。――忌々しい。半畜生め。


 水に入れば波が立つ。透明化といえば水場だろ! 静かに水に入れる能力ぐらいサービスしろよ、チート神!


 湯気に当たれば湯気の向きが変わる。ふざけるな! 風呂場に湯気があるのは当たり前だろ。気が利かない転生特典だな!


 自分の服は透明化できない。手にした物も透明化できない。これじゃあ裸で行動せざるを得ないじゃないか。まぁ、これは然程(さほど)気にならないが……。


 世の中、そんなにうまいチートっていうのは、ないものなんだな。


 えーい! ままならない力だ。


 ぼくは相当、慎重に行動しなければならない。


 お察しの通り、ぼくは今、公衆浴場の女湯にいる。


 真っ昼間、どうどうと女湯に、『真っ裸で』入る。その興奮が、ぼくにとっては、なにより勝るんだ!


 よく考えろ!、……触れることはできない。水の中に入ることはできない。湯気のあるところを避ける。いざとなったら即座に転移する!


 ぼくは注意点を反芻した。


 空間転移。大体10mの範囲で、誰にも気付かれずに移動できる。扉のすり抜けだって思いのままだ。このぼくの、もう一つの力。


 この力がぼくを、刺激ある世界へと解き放つんだ。


 誰一人として、ぼくに気づかない。息を止め、触れるほど近づいても、裸で女湯に入っている――この、ぼくに気付かない。


 ああ、なんて背徳的なんだ!


 いつも挨拶する、すまし顔の女衛兵さんも、いつも買いに行くパン屋さんのお姉さんも、さっき会った喫茶店のウエイトレスさんも誰も、ぼくには気付かない。


 結婚式に来てね? と誘ってくれたパン屋のお姉さんが、『真っ裸』のぼくの前で、あられもない姿を晒してしゃがんでいる。


 お互いあらゆる部分をさらけ出し、丸見えだっていうのに、『真っ裸』のお姉さんは気付かない。


 ぼくに気付いたとき、お姉さんはどんな顔をするんだろう?


 その顔に浮かぶのは、怒り? 羞恥? 絶望? ぼくは、お姉さんの秘められた感情を探る。


 見えないぼくと、発露しない心。この、真っ裸の探り合いこそが、ぼくを奮い立たせるんだ。


 ああ、真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。真っ裸。


 そしてぼくは、明日も平然と、何食わぬ顔で彼女らと挨拶をかわすのだ。


 ああ、おもしろい。こんなに楽しいことがあるもんか。透明化は、まさに、このぼくのための魔法だ。


 この公衆浴場に来るのは昼がいい。夜になると客層が一変し、くたびれたおばちゃんやおばあさんが主要客になる。その理由には、若い女の子が夜出歩けない、この国の治安の悪さがあるんだろう。


 のぞくのは、おばさんやおばあさんじゃダメなのかって?


 そりゃぁ、ダメだ。バレたときに発露されるべき、秘められた恥じらいがない、怒りがない、絶望がない。


 探るべき『魂』がない!


 だいいち、おばさんやおばあさんは、ぼくを許してくれるだろう? それじゃあダメだ。つまらない。


 見つかったら、耳が裂けるほどの大声で絶叫されてボコボコにされる。殺されるかもしれない。それぐらいの緊張感がないとぼくには足りない。


 嫁入り直前のお姉さんが、マストなんだよ!


 だからぼくは、昼間遊んで、夜仕事する。確かにぼくの透明化の魔法では手にしたものは消せないが、夜ならば、――明かりが十分にない、この世界の夜ならば、人目を避けて金貨を盗むぐらいわけのないことだ。


 昼女湯で汗を流し、夜働いて汗を流す。


 二重の意味で効率がいい。これはもう、つまりは天命といってもいいのではないか。そうするべくして、そうなっている。


 ぼくがこんなことをしているのは、この国の治安が悪いせいなのだ。


 治安が良ければ、ぼくはお金を盗もうと思わない。治安が良ければ、ぼくは女湯に入ろうとはしない。


 ほら、みてみなよ。ぼくは全然悪くない。悪いのは治安の悪い世界の方だ。


 だれもぼくを否定できないだろう?


 この世界も、冬は寒くなるらしい。服を着れない以上、仕事は夏のうちにこなしておく必要がある。貯金するんだ。ぼくは計画的な男だ。


 アリとキリギリスでいうならば、ぼくは大いに張り切る働き蟻だ。ぼくはこのあり方が楽しくって楽しくって仕方ない。




狸山太郎LV4

勇者LV1

起源魔法LV1

時空魔法LV2


所有スキル

透明化(起源魔法)

空間転移(時空魔法)

ヒール(勇者)


支配領域9RU

・用語解説

空間転移――瞬間移動の魔法。扉をすり抜けることも可能。

      支配領域内で移動が可能。人混みの中に

      転移するには、膨大な計算量が必要。

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