vs 爆発の勇者
俺たちは、次の被害予想地点に当たりをつけ、首都コルベスタ近郊の観光地を張っていた。朝とはいえ、夏の日差しが暑い。
コルベスト王国にもセミっぽい生き物いるんだな。ジーコロ、ジーコロと木の幹から、おそらくセミのような虫であろう鳴き声が聞こえてくる。
汗が出てきた。まじかよ。この状態で何時間も待つのかよ。辟易としていると、ふうちゃんが手をつなぎ腕を絡めてきた。
「手をつなぐと暑くない?」
「だいじょうぶです。騙されたと思ってください」
なんでも、日本にいったとき、いたるところにエアコンが付いているのを見て、「これは、そのうち、ものすごく暑くなる」と思ったふうちゃんが、暑さ対策が必要になると考えて作った『エアコン』なるプライベート空間用の温度維持魔法があるらしい。「一度単位で温度調節できるようにした」というから、無駄に凝った魔法だ。しかも、冷風が全身にくまなく当たるという。
ただ、肉体的に接触していないと効果を発揮しないのだそうだ。
「いきます。『エアコン』!」
ふうちゃんにくっついてみると、たしかにふうちゃんの言う通りの効果があった。設定温度は、25度に、最初は強風にしてもらった。
ゴォー!
「気持ちいいー。高原に来た気分だー!」
俺がふうちゃんとくっついて涼んでいると、ブリジットさんが俺の左手に絡みついてきた。
「はぁー。本当に涼しいです! なんて先進的な魔法なんでしょう」
あれ? これ両手に花じゃね?
レミンが俺の膝を見ていた。
かくして、右手にふうちゃん、左手にブリジットさん、ついでに膝の上にレミン(幼女)という、なんともけしからん両手に花状態が出来上がった。みんなでギュッとくっつきあっている。やわらかい。
ふかふかだー。
涼しい。幸せだー。
道行く人の視線が冷たい。
寒い。心が痛い。ダメだこれ!
『リア充爆発しろ!』、そんな怨嗟の声が聞こえてくるようだ。爆発能力者と戦う前だっていうのに、縁起が悪い。
あれ? これ、ふうちゃんが真ん中になればいいんじゃね?
そんなこんなで2時間が経ち、緊張感がすり減ってきた頃、レミンが索敵範囲の異常を知らせてきた。
「距離4550。6時の方角じゃ。小規模な爆発が断続的に起こっておる」
現場に急行すると、待っていたのは地獄のような光景だった。
頭のない亡骸の山・山・山。総数30は、あるだろうか?
周囲にタンパク質の焼け焦げる不快な匂いが漂っている。
「嘘だろ……」
ふうちゃんが青ざめた顔をしていた。ブリジットさんは向こうで吐いていた。俺は無力感に打ちのめされて、目を閉じた。
間に合わなかった……。
ひどい自己嫌悪が心を抉る。嫌悪感。全く理解のできない気色悪さ。罪悪感。色々な思いが去来し、涙が出てくる。
悔しい。
ふうちゃんが悲しそうな目で俺を見ている。掛ける言葉が見当たらない。
一刻も早く犯人を捕まえなければ。すぐに捕まえてみせるぞ。俺は心に強く誓った。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
コルベスト王国の王都、コルベスタに戻った俺たちは、オープンテラスのある喫茶店で傷ついた心を慰めながら、再度レミンに索敵をお願いしていた。
時間が経過していく。気持ちばかりが急いてくる。
俺はトレアロ茶という精神安定効果のあるらしいハーブティーを頼んだ。カモミールティーと青りんごの中間のような風味だった。
3杯目のお茶を飲んでいると、レミンが声を上げる。
「距離2250。2時の方角じゃ。地図の被害発生予想地点の一つで小規模な爆発が起こっておる」
おれたちがダッシュで現場に向かうと、果たして、頭のない亡骸に覆いかぶさる男がいた。
「お楽しみを邪魔する、悪い奴らが来たぁぁぁぁ!」
男がろれつの回らない口調で言う。
「ひっ……」
ブリジットさんが恐怖のあまり硬直している。レミンがブリジットさんをかばうように前に出た。ふうちゃんはウインドストームを発射待機している状態だ。強風で射程内の燃料を拡散してしまう策のようだ。
「お前が爆発事件の犯人か?」
怒鳴りつけるようにいう。
「違うぅ。おれは、できたてほやほやの死体があったから、死体で遊んでただけだぁ!!」
おぞましい!
「爆発事件の犯人は女ぁ。向こうに逃げたぁ!」
男が指をさす。信じたわけではないのだが、うっかりそっちを見た瞬間、男が逃げ出した。
追いかけると、観光客の中に男が紛れ込んだ。
「どけっ! どぉけぇっ!!」
観光客をかき分けかき分け犯人が逃げる。
観光地を選んだのは、密集する観光客に紛れて逃げるためか。
「くそっ! 逃がすか」
俺は身体強化魔法を使って追いかける。大丈夫だ。あの男、身体強化魔法は使えないらしい。余裕で追いつく。
「くるなぁ!!」
男が7~8歳ぐらいの少年を人質にとった!
ちくしょう。この展開は考えておくべきだった!
左手で少年を抱えるように掴む男。
「ガキぃ! 逃げようとするとこうだぁ!」
男の右手の周辺に魔力が集まるのがわかる。
べあん!
間抜けな音を立てて、男の右手周辺が爆発した。
「怖いよ! お母さん! うわーん!」
泣きじゃくる少年の頭に右手を付け男が言った。
「おい、おとこぉ! おまえぇ。ゆっくりこっちに歩いてこいぃ! 来なければ、この坊主の頭をふきとばすぅ」
くそっ! わかってるさ。俺を狙うには、射程が足りないんだろう? そこから、ここまで20mぐらいあるもんな。
俺は、追いついてきたふうちゃんに目配せする。
大丈夫だ。コイツなら俺一人で勝てる。
めちゃくちゃ痛いんだろうけどな。
俺は、ゆっくりと男に向かって近づいていく。
20m――18m――16m
決して使うことはないと思っていた、『逆行』の事象魔法を発動する。
ファーメリア様の言葉を信じるならば、発動後、3秒間の間に受けた傷・怪我が無効になる。たとえ身体が爆散したとしても、時間が巻き戻るようにダメージはなかったことになるのだ。
信じろ!
14m――12m――10m
あれ? まだ撃ってこない? まずい。このままだと、『逆行』の魔法が解ける。
冷や汗が出てきた。
いや、落ち着け。向こうが攻撃してこないなら、その場合は『停止』で時間を止めて、殴ればいい。むしろそっちがありがたい。
――8m
べぁん!
目の前が、赤・緑に点滅し、弾けるような激痛が頭の位置で起こった。
瞬間、世界が消し飛んだ!
「いやー!!」
耳にこびりついたブリジットさんの絶叫が、やけに遠くで聞こえ、――ぼんやりと意識が蘇ってくる。
大丈夫ですよ。ブリジットさん。ギリギリ、無敵時間内です。
ブリジットさんに語りかけ、安心してほしかったが、声は出なかった。
目の前が真っ赤だった。俺は、湧き上がる吐き気に耐え、意識をしっかり掴まえ歩き出す。
距離――6m。
地面から血が身体を伝ってのぼってくる様子というのは、なんとも恐ろしいものだ。赤く染まった視界が徐々にはっきりと見えてくる。
男は俺を見て呆然としていた。
「ばけ……、ばけ……、ばけものぉ!」
距離――4m――3m
俺は『停止』の事象魔法を発動する。人質の少年を男から引き離し、男の顎先を狙って、全力で右フックを振り抜いた。
動かない的だ。ピンポイントで狙えるさ。
ゴスンッ!!
強烈な一撃が顎に入った。
時間停止が解け、男が崩れ落ちる。
「ブリジットさん。コイツを眠らせてください! 爆発による殺人未遂。現行犯です」
俺は、捕縛用首輪を犯人の首につけながら言った。
男は、ブリジットさんのララバイで即座に眠らされ、捕縛された。
こうしてあっさりと、爆発勇者事件は幕を閉じた。
ちなみに脳を吹き飛ばされた俺の頭は絶賛再構築中で、今度は周辺の観光客が絶叫をあげた。
「ぎやーーーー!! 頭が半分の男がいるぅー!!」
傍から見ればB級ホラーだよね。いや、ほんと、ごめんなさい。
楠木麟三LV13
異世界探訪者LV1
事象魔法LV6
格闘LV6
所有スキル
『崩壊』・『逆行』・『停止』(事象魔法)(リキャストタイム24時間)
異世界転移(リキャストタイム21日)
身体強化魔法(パッシブLV4、アクティブLV5)
支配領域3RU
・用語解説
クリーン――付着した泥や汚れを落とし、清潔さを保つ魔法。
洗濯や入浴の代わりに使えるため、
冒険者などに人気がある。




