双葉 in JAPAN(2)
6月も終わりに差し掛かってきた頃、――2度目に、日本に転移した日。
冷房は効いているものの、やや蒸し暑い感じのする水族館で、ペンギン観察を楽しんだあと、お昼になったので、俺は、ふうちゃんを、回るタイプの安いお寿司屋さんに連れて来ていた。
ふうちゃんには言えないけど、回るほうが子供受けが良さそうじゃん? 値段安いし。それに、やっぱり日本人なら、お寿司は食べないとね。
カランカラーン。
カウンター席につくと、お寿司ののったベルトコンベアーが、なかなかの速さで流れていく。
流れてきた寿司を見て、ふうちゃんが開口一番、こう言った。
「ええっ! お魚を生で食べるんですか?」
ああ、これ、生魚食べたことのない子の反応だわ。
「青葉さんだって、多分食べたことあるはずだぞ」
「ううっ、知りませんでした……」
どうやら、青葉さんは、お寿司のことをふうちゃんに教えなかったらしい。寿司を食べないと、りっぱな日本人には育たないぜ?
ふうちゃんは、流れるテーブル、生魚に、おっかなびっくりといった様子だ。
「寄生虫とかでお腹を壊したりしないんでしょうか?」
おいぃ! 板前さんが睨んでるぞ。早くフォローせねば!
「釣り上げた瞬間に冷凍してるから、鮮度が高い上に寄生虫も死んでるんだよ」
「……、なるほど、お腹が痛くなる対策はされてるんですね!」
自然な感じでそう言いつつも、わずかに引きつった笑顔。
その微妙な表情の違いは、歴戦のふうちゃんウォッチャーにしかわからないレベルだが、ふうちゃんの笑顔が大好きな俺には、笑顔の硬さから、彼女の感情を読み取ることは比較的に容易なのだ。
こりゃあ、まだ半信半疑だぞ。
「じゃあ、炙りとろサーモンいこうか。炙りとろサーモン2貫!」
「へい、おまち!」
しゅごーっと音を立て、携帯用ガスバーナーが青い炎を吹き出して、艶のある美しい切り身に焼き色をつけていく。
「りんぞーさま! あの道具、何ですか?」
興味津々といった感情を、隠すことなくふうちゃんが聞く。
「あれは、ガスバーナーだよ。高温の炎を噴射する器械」
ふうちゃんのテンションが、一段階上がるのがわかった。明るさ、目の輝き、オーラ、そういったものが全身から出てくるのだ。
「高価な魔道具だったりしますか?」
あ、今度はちょっとオーラが落ちた。手に入れられない高価なものだと思ってるのかな?
「んにゃ。普及品の安道具。欲しいなら買おうか?」
「原理が知りたいです」
「原理ねぇ。図書館に行けば、わかるかもな」
「図書館ってなんです?」
「本を無料で読めるところだよ」
「そんな!? 本が無料で読めるんですか?!」
「えっ? そこにそんなに食いつくの?」
「じゃあ、あとでいってみようか?」
ご飯を食べたら図書館に行くことにして、とりあえず2人でお寿司を食べた。最初は、おっかなびっくりだったふうちゃんも、わさびで涙目になったりしつつ最後はおいしそうに食べていた。
スズキのお寿司が気に入ったらしいな。意外と通だな。確かにうまかったけど、夏が旬だからかな?
「りんぞーさま。図書館って、メモをとってもいいんですか?」
「大丈夫だよ。途中でコンビニに寄ってメモ帳とボールペン買っていこうか?」
「メモ帳、2冊買ってもいいですか?」
「そんな上目使いで、すまなそうな顔しなくてもいいってば。どうぞ、どうぞ」
途中コンビニに寄ってから、蒸し熱い道を歩く。エアコンの効いた図書館につくと、ホッと一息ついた。
「エアコンの風が動く仕組み、すごいですよねー」
風に追尾されながら、ふうちゃんがいった。
「そうかな?人感センサーが珍しいの?」
「発想がです。冷風を当てる目的で、風を指向させるなんて、想像もつきませんでした」
図書館に来てからのふうちゃんは、テンションマックスの大興奮状態である。
「見てください! 本が! 本がいっぱいありますっ! りんぞーさま。ここは、大きな宝石箱みたいです!」
「しーっ。ここでは静かにしてね」
ふうちゃんは、大喜びで本を選び、買ってあげたメモ帳とボールペンで、気になる本をドンドン書き写していく。
右に国語辞典。左に専門書。上に漢字練習帳。下にメモ書きという布陣で、ペラペラバリバリ、ペラペラバリバリ記入を続けている。
「ふんしゃ、ガス、あつりょく、ちょうせつネジ」
初めの方こそ、ほとんどひらがなの微笑ましいメモだったが、3時間もすると普通に漢字かな交じりのメモを取っていた。
今ではガスバーナーの機序から、宇宙ジェットの機序まで、メモに事細かに記されている。熱対策や、放射線対策など、俺が読んでも意味のわからない用語や数式がびっしり書き込まれている。
「サーモスタット、モーター、冷媒ガス、コンプレッサー、膨張」
なにこれ? エアコン?
ふうちゃんの表情は真剣そのものだ。
声をかけられる空気じゃないな。
ふうちゃんを紹介されたとき、彼女は飛び級を繰り返し、高等魔導学園を最年少で主席卒業した才媛と聞いていたが、その恐ろしさを目の当たりにしたようだった。
俺は、というと、生前読んでいた漫画の死後に刊行された最新刊を楽しんでいた。
「……、読み終わっちまった」
自慢じゃないが、本なんて、漫画と「なろう」ぐらいしか、読んだことないからな。
おっ、競争馬の血統の本か。ふむふむ……ケンシロオウに、イッペンノクイナシオウ、それに、トキノウジョウケンかー。へぇ。ヒールっぽい、オレノナヲイッテミロウなんていう馬もいるのか。
やがて、図書館の閉館を知らせる、蛍の光のメロディーが流れてきたので、机にかじりついているふうちゃんを引き離す。
「りんぞーさま。ひどいです。私にはまだ、やらないといけないことがあるんです。私を待つ本たちが、まだまだ、たくさんいるんです」
「ふうちゃん。もう閉館だから。また、図書館に連れてきてあげるから今日は帰ろう、他の人の迷惑になる」
「どうしても帰らないとだめですか?」
そんな泣きそうな顔で、上目遣いで見ないでくれ……。注射大嫌いな子供を、医者の前に連れて行くような、ひどい気分だよ。
ふうちゃんと手をつないで図書館から出る。
「はぁ。なんだかんだ、一日が、図書館で潰れてしまった」
無為に終わった一日を思いながら、がっくりと肩を落として俺はファーメル教国に帰るのだった。
雪代双葉LV13
ファーメルの巫女LV3
時空魔法LV4
重力魔法LV4
起源魔法LV1←NEW
異世界探訪者LV1
所有スキル
魔力弾、ファイヤーボール、アースランス、アイスジャベリン、ウインドブレード
ファイヤーウォール、アースガード、アイスフィールド、ウインドストーム
クリアブラッド、ライト、フラッシュ、ライトニングプラズマ(属性魔法)
ヒール、ヒールプラス(回復魔法)
クリーン、アンチポイズン(生活魔法)
無限格納(時空魔法)
重力場生成、圧縮、浮遊(重力魔法)
エアコン、重力ジェット(起源魔法)←NEW
身体強化魔法(パッシブLV2、アクティブLV3)
支配領域150RU
・用語解説
宇宙ジェット――重力天体を中心として細く絞られたプラズマ
ガスなどが一方向又は双方向に噴出する現象