双葉 in JAPAN(1)
あらすじとプロローグの伏線回収回です。
この話は、本来は、第一話になるはずの話でした。一人称だと時系列を無視すると話が難解になるので、投稿直前に入れ替えたのです。
6月某日、曇り。気温の割に、蒸し暑い日の午後。S区S駅前、スクランブル交差点にて。
毎日膨大な数の人を飲み込む、都内最大級のスクランブル交差点の中央で、一組のカップルがハグをしているとして、果たして、気に留める人なんているのだろうか?
そうは思いつつも、俺は少女からすぐに離れ、恋人つなぎの手を引いて交差点を渡る。いつもより少し早歩きなのは、照れくさかったからだ。
バリアフリーに配慮された、信号の切り替わりを知らせる音楽が、雑踏の中ひときわ大きく耳に響く。
俺の手の向こうで、わたわたと慌てている少女はとても整った顔立ちをしていたし、宝石をあしらった膝下10cmぐらいのパステルブルーのドレスは立ち止まっていると目立つ。
なにより、25歳の自分が、どうみても10代半ばぐらいの見た目の少女と抱き合っているという絵面は非常にまずい。
今日が日曜日でなければ、おまわりさんに、呼びとめられかねない事案であろう。
照れてほてった顔をごまかすために、俺は、
「しかし、転移先をスクランブル交差点のど真ん中に指定するなんて、女神様は何を考えてるのかね?」
誰にともなくそう言うと、諌めるように少女がギュッと強く手を握ってきた。
少女の名前は雪代双葉。ふうちゃんは、優しそうな目に大きな瞳、長いまつげ、頬のふっくらとした、笑顔がとびきりかわいい女の子で、胸のあたりまである、艶のあるサラサラの黒髪を、今日は左右で軽く縛っている。
本人は、大人びてるとよく言われる、と主張するのだが、ツインテールがとても良く似合ってしまうあたり、年齢はお察しである。大体、大人は大人びてるとは言われないし、すっぴんでこんなに肌のきれいな大人もいないだろう。
ふうちゃんいわく、髪を縛らないと太って見える、とのことで、だいたいいつもツインテールかポニーテールにしているが、筋肉の上にうっすら脂肪のついている身体は別に太くはない。スタイルはかなりいいほうだし、触ってみるとはりがあって柔らかい。
彼女は日本人転生者の祖父を持つファーメル教国の巫女で、おじいちゃん子であった彼女は、いつか祖父の故郷――日本に行ってみたいと常々思っており、いま、その夢がかなったところだった。
「りんぞーさま。ここが日本なんですね! ああ、青葉お祖父様! いま、双葉は日本にいます」
天国にいる祖父に語りかけるように、美少女が、豊かな胸に左手を当てて右手でドレスの端をつまんでお辞儀するような所作は非常に絵になるのだが、道端でそれをやるのは目立つので正直、勘弁してほしい。
「ここらへんは、人通りが多いから、はぐれないようにね」
子供をさとすような言い方が不満だったのか、ぐいっとふうちゃんが手を引っぱってくる。
「甘いものが欲しくなっちゃいました!」
ふうちゃんが指さしたほうを見ると、スイーツバイキングの幟の出ているお菓子屋さん系列のファミレスがあった。
幟をひとめ見て、甘いものがある店だとわかるのは、彼女の住むファーメル教国にも日本人がレシピ提供したレストランがあるためだ。
アイスクリームがのった幟の写真を見て、日本のものと比較してみたくなったのかもしれない。
まぁ、いいか。死んだときのままなら、財布には3万円は残ってるはずだ。
一応確認する。うん。大丈夫。さすが、ファーメリア様。俺はファミレスに入ることにした。
カラン、カラーン。
「ほー。へー。ふーん。わぁー!」
エアコンの効いた部屋に、ひとしきり、ふうちゃんのテンションがあがったあと、席についた俺は、隣りに座ったふうちゃんにメニューを渡すと食べたいものを、指で指してもらうことにした。
「私、プリン・ア・ラ・モードがいいです」
「メニュー、読めるのかよ!」
思わず突っ込んでしまった。異世界では、普遍魔法の力で言語は自動翻訳されるけど地球はそうじゃない。そういえば、日本にいるのにふうちゃんは流暢に日本語を話している。
「子供の頃、お祖父ちゃんが書いてくれた絵本を読んでもらってましたので、ひらがなとカタカナは読めるんです」
「そりゃすごい」
もしかしたらふうちゃんは、異世界でも日本語を話しているのかもしれないな。
今も子供だろ! というツッコミは、あとが怖いのでしなかった。俺は分別のある大人なのである。
店員さんにプリン・ア・ラ・モードとメロンソーダを注文したところ、後ろの席の男が、恐る恐るといった体で声をかけてきた。
「麟三……?」
ふいに名前を呼ばれて振り返ると、黒いスーツを着た男が横に立っていた。俺の足元と顔を交互にしかも無遠慮に見つめている。目が合うと見慣れた顔がそこにあった。
「龍次兄ぃ!?」
楠木龍次、――3男である俺の、2番めの兄だった。ちなみに困ったときにいろいろ相談に乗ってくれる生前、一番の理解者だった人だ。『宝石商』をしていて小金持ちである。
「お前、足あるよな?」
おもむろに俺たちのテーブルの対面に移動して、テーブルの下に顔をツッコミ俺の足を確認する兄貴。
ふうちゃんがスカートの中を覗かれたと思ってか、顔を真赤にしている。
「兄貴。テーブルの下を覗き込むのは、この子に失礼だからやめてくれ。めちゃくちゃ恥ずかしがってるじゃんか」
「なあ麟三。どうなってる? 俺は、お前の墓に線香あげてきた帰りなんだぜ?」
真剣な表情で兄貴はそう言った。
「それは、なんつーか。ありがとう?」
「2週間も連絡もせずに……。どういうわけか、ちゃんと説明してくれるんだろうな?」
かなり強い剣幕で、俺は兄貴に詰め寄られた。兄貴的に見れば、墓参りの帰りに当の故人にファミレスでばったりであったことになるわけだ。そりゃあ、びびる。俺なら怖くて声をかけられない。
俺は、兄貴に死後の世界で女神様と交渉したこと、別の世界に転生したこと、転生者の特典のようなもので転移能力を授かって、向こうの世界でお世話になっている子を連れて日本に戻ってきたことをかいつまんで説明した。
そう、今日の来日の目的は、日頃お世話になっている、ふうちゃんの接待なのである。
ひとしきり考え、水を口にした後、
「お前が目の前にいなければ、とても信じられない話だよ」
兄貴は頭を抑えながらそういった。
それでも、こんな与太話を信じてくれるあたり、兄貴の頭の柔らかさに感謝する。
「父さん、母さんや一鳳兄さんにはもうあったのか?」
「んにゃ。会ってない」
というか会えない。会っても、なんて言ったらいいものかわからない。下手に情報が周囲に漏れると大問題になりそうな気がする。死者蘇生だぜ? まずいに決まってる。ちなみに一鳳兄さんは、一番上の兄だが、外科医をやっている。俺が出ていったら面白がって解剖されかねない。
「むしろ、俺と会ったことは、兄貴の胸の中だけにとどめておいてもらえると助かる」
そう言うと、
「そうか…」
言葉少なに、しかし、兄貴は、俺の思いを察したように小さくうなずいた。
しみじみした雰囲気が辛く、兄貴から目をそらすとプリン・ア・ラ・モードを幸せそうに食べているふうちゃんと目が合った。
「りんぞーさま。これ、とってもおいしいです!」
笑顔がすごくかわいい。この笑顔を見ると、ああ、ふうちゃんをここに連れてきてよかったと心底思う。
ぱあっと周囲が明るくなるような笑顔に見惚れていると、
「麟三。かわいい子だと思うが、まずいんじゃないのか?」
兄貴がそう言った。
あえて、『年齢的に』と言わなかった兄貴はさすがに空気読めてる。彼女に子供扱いはNGなのだ。まえに、子供扱いしたときは、その日の戦闘訓練がひどいことになった。
「この子は向こうでお世話になってる子で、そういうんじゃないよ」
「そうか…」
俺はふうちゃんのことも、かいつまんで説明した。
向こうの出身であること、祖父が日本人であること。俺の死の事情を知っていること。文化や貨幣価値、身を守る方法等いろいろなことを教わっていることなどなど。
「雪代さんか。お前が助けた4~5歳ぐらいのちっちゃい子、あの子も確か雪代って名前だったな。これもなにかの縁かもな」
そういうと兄貴は立ち上がり、
「麟三をよろしくおねがいします」
深々とふうちゃんに頭を下げた。いきなり兄貴に頭を下げられたふうちゃんは大慌てである。
「こ、こちらこそよろしくおねがいします」
ふうちゃんが立ち上がり、なぜか俺に頭を下げる。
何? この流れ。俺も兄貴に頭を下げたほうがいいの?
「ありがとう兄貴」
俺も立ち上がりお辞儀が一周するとみんなで笑った。
結局、その日は、夕方、兄貴が外せない仕事で別れるまで、3人でふうちゃんのお土産を選んだりして、もりあがったのだった。
食事代? 兄貴に出してもらったよ。お土産代もなー。
普遍魔法――時空魔法、重力魔法、事象魔法を上書きする
普遍的な魔法。一度使うと効果は永続する。
世界の法則を決めている。
神霊にしか使えない。