亜人討伐(2)ゴブリン退治
街道を歩いていくと、木々の数が増えてくる。もうすぐグラナ大森林だ。緊張でかいた、額の汗を拭う。
気合い、入れ直さないとな……。
さぁーっと風が吹いた。
「敵数10、距離120、2時の方向から来ます!」
ふうちゃんの声が響く。俺は、口の中がカラカラに渇いてくるのを感じた。右を見ると木陰の草むらがカサカサと揺れている。
「魔力弾、一斉射!」
総数36の魔力弾が、瞬時に展開、一斉に発射された!
ふうちゃんは初手では魔力弾をよく使う。相手の回避速度や防御力の判定が容易だからだそうだ。攻撃と同時に、防がれた感触で、相手の強さに探りを入れているわけだ。
今回は、森を焼きたくないこともあって、ファイアボールではなく魔力弾を選択したのかもしれない。
戦闘訓練で、俺も何度も食らったその魔法が、果たしてゴブリンたちを蹂躙した。
ドドドォンといういくつかの衝撃が重なった音が周囲に響いた。
着弾32。8体のゴブリンが一瞬で弾け飛んだ。残り2体も血まみれで部位欠損の重体である。
俺は身体強化魔法をかけて、一気に間合いを詰めるとゴブリンを殴った。
殴る、という半端な攻撃をしたのは、『崩壊』の事象魔法でゴブリンの胴体を消し飛ばそうとした瞬間、頭の中にふと、よぎったためである。
『ゴブリンにも、生存を望む誰かがいるのではないか?』と。
『本当に、ゴブリンの命を奪ってしまっていいのか?』と。
『俺は今、取り返しのつかないことをしているんじゃないか?』と。
そんなことが思い浮かび、俺はゴブリンを殺せなかったのだ。
ふと前を見ると、右足首から先を失ったゴブリンが、憎しみに満ちた目で矢をつがえ、俺めがけて矢を撃ってきた。
一瞬動揺したが、貧相な弓から放たれたその矢は、俺の目には、まるでスローモーションに見えた。
来ない……! まだ来ない……! 遅い!
毒が塗ってあるだろうゴブリンの頼みの必殺の矢はたよりなく、的はずれな方向に飛んでいく。
殴られた左腕のないゴブリンがヨロヨロと立ち上がる。
「魔力弾、単発モード。発射!」
二発の魔力弾が容赦なく二体のゴブリンの心臓部に風穴を開ける。生き残りのゴブリンは、結局、ふうちゃんが魔力弾を放ち殲滅した。
ああ。殺せなかった……。
俺が自分の不甲斐なさに自己嫌悪していると、ふうちゃんが叫ぶように言った。
「数1、敵意不明、距離150、5時の方向から来ます!」
格闘家といった雰囲気のスパッツとタンクトップを着た女の子が、街道をアスリートのような走り方で駆けてくる。息を切らすことなく、両手のひらをこちらにみせながら、こう言った。
「やあ。リンゾー君だね? 警戒を解いてくれるかな?」
目の前には、いたもんの先輩、イシュカ・イスマイルさんがいた。10代後半ぐらいの見た目。整った容姿で黒髪のおさげを胸の方に垂らしている。結構な巨乳だ。
「イシュカさん?」
「覚えててくれたんだね? 光栄だなぁ。いやー、ボクは手出し無用、余計なおせっかいだって言ったんだけど、ボスがね。初めての殺しのときは、不安定になる子が多いから、新人君たちの面倒を
見てやれってね。ボクも自分の仕事を片付けて大急ぎで来たんだけど、遅かったかな?
双葉ちゃん。状況説明をお願い!」
「はい。受付でグラナ街道のゴブリン退治の依頼を受け、私達は5分前に討伐対象であるゴブリン10体と接敵、全数私が殺害しました」
「あちゃー。やっぱり、ためらっちゃったか」
俺は心の内によぎったことを話す。
「正直なところ、無害かもしれないゴブリンを殺していいのか、迷いが出て殺せませんでした。誰かが襲われてたりすれば、ためらわずに殺せたのかもしれませんが……」
「誰かを助けるために仕方なく殺すって? それじゃ、だめだよ。それじゃあ、殺しの責任を、襲われている誰かに押し付けることになる。
今は誰も襲われてないとして、君がゴブリンを見逃せば、別の誰かが殺されるかもしれないよ? 君が依頼を、君の判断で避けたために生じた被害の責任を誰が取るんだい? 綺麗事じゃないんだ。
自分の責任を果たすために、自分の手で、殺すんだよ」
「自分の責任を果たすために、自分の手で、……ですか?」
「ボクたちの仕事は正義じゃない。ルールに従い、自分の責任を果たすために、自分の手を汚すことが、結果として秩序を維持し、平和を維持する役に立つんだ。ボクはそう思っているよ」
「……」
「覚悟、できるかい?」
正義がどうこう、じゃないんだな。俺は結局、俺のために他者の命を奪うんだ。
「俺はこの世界で生き延びる。俺は、俺の意志でゴブリンを殺します」
「ふっきれたみたいだね。おや、ゴブリンの血の匂いに誘われて、フォレストタイガーが出てきたね。距離250、数3、11時の方向だ。……退治した魔物はさっさと解体して、燃やしちゃわないとだめだよ。血の匂いが別の魔物を呼ぶ」
「なるほど。覚えておきます」
「距離150。数3、速い! 完全に捕捉されています。逃げられません」
ふうちゃんが叫ぶ。
フォレストタイガーはグラナ大森林のなかほどに住む中型の魔物だ。全長3m50cm。全高1m50cmぐらい。重さ約500kg。筋肉質の、茶色と黒の縞の虎だ。
身体強化魔法LV1によく似た、速度強化のパッシブスキルを持っていて、家族単位で行動し、大きさに見合わない敏捷性と一飛5mの瞬発力で、獲物に襲いかかる。
すばやくて、狙いがつけづらいため、遠距離タイプのふうちゃんは不利だ。
「双葉ちゃんは回避に専念して!」
イシュカさんが叫ぶように言う。イシュカさんは、ふうちゃんをかばうように位置取りをした。
「はいっ!」
「リンゾー君。フォレストタイガーはまず首を、首がガードされている場合は手首、足首を狙ってくる。左右に動いて撹乱してくるが、最終的にそこに来るよ」
「わかりました。確実に殺します」
「来た!」
フォレストタイガー三匹が俺の前に来た。三匹ともがパッシブスキルの発動を誇るように緑色の燐光を薄くまとっている。三匹とも俺狙いだ!
一番弱い者が俺だと、本能的にわかるのか? 迷いがないな。
一匹が俺の前から、二匹が俺の後ろに回り込んで手足を狙ってくる。イシュカさんの言う通り、左右に的を絞らせないように動きながら突っ込んできた。
距離3m。3匹ともに入った!
俺は、『停止』を使い、空中で静止した正面のフォレストタイガーの顔面を、『崩壊』をのせたアッパーでためらいなく吹き飛ばす。
ズシッとした命を奪う感触が拳に伝わってくる。
まず一匹!
左後ろで、いまにも飛びかからんと地を蹴る体勢のフォレストタイガーを『崩壊』をのせたフックで粉砕!
さらに右後ろで大きな口を開けたフォレストタイガーを『崩壊』をのせた回し蹴りで粉砕!
『停止』を解くと、『崩壊』があたった部分が粒子状になって消えていき、残ったフォレストタイガーの身体が、血肉を撒き散らし回転しながら地に伏した。
時間にして1秒足らず。
「うわー。えげつない力だね。ボクの援護、全くいらなかったな。まさか、レベルで上回るフォレストタイガーを、無傷で3匹、瞬殺しちゃうなんてね」
「イシュカさんから情報をもらったからこそ、倒せたんです」
「謙虚だねぇ。嫌いじゃないよ。そういう子!」
ニコッと笑うイシュカさんと手を取り合う。
あ、やばい。ふうちゃんが不満げだ。あとでフォローしないと……。
「まぁ、いいさ。もう君は大丈夫だ。何かあったら、頼らせてもらうよ」
イシュカさんがパチっとウインクした。一つ貸し、ってことかな。
フォレストタイガーを殺すことで、本当の意味でゴブリン退治のイベントを完結させることができた気がする。
「りんぞーさまの初めては、私が導きたかったのに!!」
帰り道、ふうちゃんが唐突にこんな事を言った。
「は、初めてちゃうわ。コカトリス殺してるし。っていうか、ふうちゃん言い回し自重しろ。異端審問官が来ちゃうだろ!」
「もう来てますっ!」
楠木麟三LV12
異世界探訪者LV1
事象魔法LV5
格闘LV6
所有スキル
『崩壊』・『逆行』・『停止』(事象魔法)(リキャストタイム24時間)
異世界転移(リキャストタイム21日)
身体強化魔法(パッシブLV4、アクティブLV5)
支配領域3RU
雪代双葉LV12
ファーメルの巫女LV3
時空魔法LV4
重力魔法LV4
異世界探訪者LV1
所有スキル
魔力弾、ファイヤーボール、アースランス、アイスジャベリン、ウインドブレード
ファイヤーウォール、アースガード、アイスフィールド、ウインドストーム
クリアブラッド、ライト、フラッシュ、ライトニングプラズマ(属性魔法)
ヒール、ヒールプラス(回復魔法)
クリーン、アンチポイズン(生活魔法)
無限格納(時空魔法)
重力場生成、圧縮、浮遊(重力魔法)
身体強化魔法(パッシブLV2、アクティブLV3)
支配領域150RU
イシュカ・イスマイルLV21
格闘LV8
振動魔法LV10
僧侶LV1
生活魔法LV2
所有スキル
聴音、超振動拳、破壊の波動、地震(振動魔法)
ヒール、ヒールプラス(回復魔法)
クリーン、アンチポイズン、火起こし(生活魔法)
身体強化魔法(パッシブLV3、アクティブLV4)
支配領域250RU
・用語解説
時空魔法――時間と空間に作用するレア魔法。
重力魔法――重力のような力を使用するレア魔法。
時空魔法を上書きする。
振動魔法――防御無視でダメージを浸透させる魔法。
効率が悪いため、威力そのものは高くない。
異世界探訪者――異世界間転移を可能にするスキル。