プロローグ(0)前夜談・邪教徒との戦い
夜。
貧民が埋められる、トゥーロ村北の共同墓地にて……。
――仕事とはいえ、墓荒らしの捕物は、気が滅入る。
それが、精神の狂った邪教徒が相手ともなれば。――
闇の中、声が聞こえてきた。
「死体愛好家に人権を!」
「死体は土葬に! 死姦を合法に!」
薄暗い墓場に合唱が響き渡る。
全員が腹の底から声を出している。
地を震わせるような合唱だ!
半裸の男女が手に持つ鋤で墓を掘り起こしながら、合唱を続けている。
墓場に土の山が築かれる。
死者を冒涜する柔らかい土の山だ。
墓荒らしたちは、汚れた肩蓑を真っ裸の上に身につけ、手に鋤を持っている。
その数、実に200人強。
肩蓑の隙間から、やせ細った枯れ木のようなしわだらけの手足、垂れ下がった乳房、勃起した股間が見える。年齢性別は様々だが、背には一様にバッグを背負っている。
「差別主義者は死ね! 死体愛好家に人権を! 死体は土葬に! 死姦を合法に!」
「差別主義者は死ね! 死体愛好家に人権を! 死体は土葬に! 死姦を合法に!」
「差別主義者は死ね! 死体愛好家に人権を! 死体は土葬に! 死姦を合法に!」
邪教徒の捕物は過去、何度かあったが、今回のは特に異様だ。
今朝、墓地の見回りから帰った墓守から、『死体愛好家が作った邪教、コルネロ教団が、トゥーロ村北の貧民が土葬される共同墓地を夜な夜な荒らしている』との連絡を受けた。
そりゃあ、気が滅入ったさ。
明日は、新しい仲間が6人配属される記念すべき日だというのに、幸先が悪い。本当はちゃんと準備して、新人君たちに大掛かりな歓迎パーティーをしてやりたかったんだが、こりゃあ歓迎会は、手軽にバーベキューになりそうだな。
「ビリー! ぼーっとしないでください。敵総数221人。うち魔力を持つ者の数は10人です」
『鑑定スキル』を持つ俺の相棒、マリンが邪教徒の戦力をそう分析した。
敵の数221人。だが、実質は、10人、対して味方は、俺含めて8人か。
どうにかならない数じゃないな。
俺は、頼れる仲間たちに指示を出す。
「マリンは閉鎖結界を展開しろ。ブリジットは、ララバイを待機。ヘンリーは狼男化して戦闘準備。マクベス・イシュカは一般教徒の捕縛の準備を。サヤは逃げ出した者の足を撃つ準備を」
さて……。
説得してみるか。
俺は、教団のトップらしき男に話しかけた。
「俺はファーメル教の異端審問官長、ビリー・バーンスタインだ。あなたがコルネロ教の代表か」
「いかにも。ワレがコルネロ教教祖コルネロ・コーネリアだ」
「おとなしくお縄につく気はないか? 土葬の死体を掘り起こす、墓荒らしの罪、現行犯だ。断言するが、君らのいかなる主張も、大衆を動かすことはないぞ」
「大衆なぞ知ったことか。ワレの主張は唯一つ。マイノリティーの主張を受け入れろということのみだ! 死体は土葬に! 死姦を合法に!」
チッ。なんて、おぞましい奴らだ。
「よく考えろ! 土葬や死姦は伝染病の温床になる。多くの人たちを危険に晒すことになる。認められると思うか?」
「危険なぞ、覚悟の上よ! 多数派もワレらの為に覚悟を決めろ! 少数派の権利を認めよ!」
「死者の尊厳は守られるべきだ! 安らかな死後の眠りを冒涜するべきじゃない!」
「死人に権利なし! 生者にこそ権利を! 差別主義者は死ね!」
ボキ! ボキッ! ボキッ!
しびれを切らし、俺の右腕とも言うべき、狼男のヘンリーが骨を鳴らし始めた。
「ビリー。だめだぜ、コイツら、話にならねぇ。とっとと、この邪教徒どもに、実力行使の許可をくれ!」
すでに狼男と化し、戦闘態勢に入っている半獣人のヘンリーが、俺に号令を求めてきた。
「我がコルネロ教団を邪教というか! 信者が多いことが正義か? ファーメルの犬め! 差別主義者は死ね!」
コルネロ教団のうち、魔法を使える戦闘員は10名。残りは一般人だ。できれば傷をつけずに捕縛したい。
俺は、歌唱魔法使いのブリジットにララバイ(歌唱魔法・催眠)の発動を合図する。
魔法で眠らせて、抵抗できないうちに、一般人をロープで縛ってしまおうというわけだ。
ブリジットの美しい歌声があたりを包み込む。
数秒で、凡そ全体の3分の1が睡眠状態に陥った。
少し風があったせいで、歌声が隅々まで届かなかったようだ。奴らのおぞましい合唱も歌唱魔法の無効化に一役買っている。
「マリン! 閉鎖結界だ! 一人も逃がすな!」
行動を阻害するベール状の結界が、邪教徒共の周辺に広がっていく。
ビュウッ! ドドドドッ!
矢が一般信徒たちの足元に、深くめり込む。
閉鎖結界から抜け出そうともがく一般信徒たちを、サヤが威嚇射撃で牽制していた。風魔法のサポートを受け、射程800mを超える剛弓の連射は、一般人をひるませるには十分だ。
一瞬の静寂。
硬直の後、敵、魔法使いが身体強化魔法を使ったことを示す、強化魔力の光が見えた。
俺めがけて、ファイアーボールの魔法が飛んでくる。
数5。
俺は念動力を発動し、ファイアーボールを空中で止め、振り払った。
ヘンリーが獣じみた目と瞬発力で、強化魔力の光を見極め、一人、また一人と魔法使いを殴り倒していく。
「女を狙え!」
敵魔法使いの一人が叫んだ。
女か。マリンは俺の隣、サヤは後衛だから、ブリジットを狙う気か……。
ブリジットに向かって、一般教徒の持つ数本の鋤が槍衾のように突き出された!
まぁ、どうってことはないな……。
次の瞬間、ブリジットの前に召喚の魔法陣が展開され、ブリジットの契約精霊――上級精霊レミンが、竜巻を起こし、鋤を弾き飛ばした。
幼女姿の精霊を見て、敵全体が動けなくなった。
人の姿を持つ精霊は、人間では到底届き得ないレベルの力を持っている。
レミンの登場により、勝敗は完全に決した。
「ビリー。こいつら『盗賊』です」
マリンが叫ぶ。
マリンの持つ、罪状判定の宝具から出た光は、とうに、コルネロ教団全体を覆い、全員の頭上に、赤の逆三角形マークを投射している。
一般教徒達に縄をかけていた、イシュカとマクベスが、頷いた。
奴らのバッグから、埋葬品が溢れ落ちた。
考えてみれば、当然だ!
新しい遺体がそんなにあるわけがない。数百もの墓穴を荒らす必要なんてないはずだ。
はじめから、遺体とともに埋葬される物品が狙いなのだ。現状、貧民しか土葬されないから、金持ちの富豪も土葬されるように、『土葬を普及させるべく』もっともらしい主張を掲げているに過ぎない。
万一を考え、捕獲主体で指示を組んだが、無駄だったな。
この、ファーメル教国において『盗賊』は極刑だ。死者の埋葬品を奪うことも『意思に反する強制的な略奪』すなわち『盗賊行為』に該当する。
「おまえら、やはり、『盗賊』だったか……」
「差別主義者め! 言いがかりを! ただの窃盗を盗賊などと!」
「死者の埋葬品を奪うことは、『意思に反する強制的な略奪に当たる』」
「死者に意思があるものか! 生者にこそ人権を!」
「死者じゃあない、埋葬した人の意思に反するんだ」
「せ……窃盗だ。盗賊じゃない!」
「プロファイルオーブは、お前らの行為を明確に『盗賊』と判定しているぞ」
プロファイルオーブは、世界を構築する普遍魔法とリンクしており、判定を誤ることはない。
アイコンが赤なら更生の余地なし。黄は要裁判。緑は執行猶予付き。青は無罪。
そして、こいつらは、……赤だ。
「異教徒への愛はないのか!」
「問答無用! マリン! 閉鎖結界の制御をこっちに回せ」
「はい!」
「錬成! アイアンメイデン!」
錬金術で、数百人を覆う結界を剣山付きの二枚貝形状に変えた。
「ぎゃー!」
「足に剣が刺さった! 地面から剣が生えてきやがった!」
「頭の上にも剣の山がある! ま……まさか……」
「閉じろ!」
「あっ! あっ! あーッ!!」
ガシャン……
墓穴に血が注がれた。
――これは、「麟三たち」、新人異端審問官が配属される、前日のお話。