95話 買い出し
僕は食材を買いにすっかりと常人が寝静まる夜中の街中に一人で出てきていた。
夜遅くに一人で外に出るのは危ないと、さくらが身体に鞭を打ち、無理を押してでも僕に着いてこようとしたのだが、身体に疲れが十分に残っているさくらを外に連れ出す方が心配だと思い、すぐにいってすぐに帰ってくるという約束を絶対の条件に、部屋で大人しくして貰うことに決めた。
疲労が残っているさくらを独り部屋に置いておくのはもちろん気がかりだが、その気がかりのせいでご飯を用意できなかったらそれはそれで体調の復帰も遅くなるので、こうして買い出しに出掛けているのだ。
万が一のことがあっても宿舎と冒険者ギルドは目と鼻の先だし、それ以前にナビーが見守っていてくれているらしいので、その万が一は今回のことに限って言えば、億が一の確率となっていることだろう。
「――――!!」
そんなこんなでさくらの心配は頭の片隅に置き、消化に良い食べ物を作ろうとそれに必要な食材の買い物をし始めてから、驚きがドミノ倒しのように連続で起こっている。そして、その原因は目の前に陳列されている品物の名前と見た目の所為だ。
黄色くぼつぼつした肌の紡錘形。人間ならば誰もがそれを口にした瞬間、顔がこれでもかというほど歪む強烈な酸味。そして直接口にしたことがある人はまだ口にしたことがない人に口を酸っぱくしてこう伝えるだろう――それだけは生のまま食べるな、と。
――そう、それはレモンだ。
でも目の前にあるその果物の名前は、ミモン。
確かに今までに見たことも聞いたことも無い、まさに前代未聞の酸味を有しているレモンだが、何故この世界では名前がミモンなのだろうか。そもそもの話何故ミモン、もといレモンさえもがこの世界にあるのだろうか。おそらく転生者が野生で実っているのを広めたか、転移者が何かしらの方法で輸入したのだろう。それかそれ以前にこの世界にあったのか……。可能性を考え始めたらキリがない。
ちなみに、他にもこの売り場には馴染みのある物がたくさんある。
子どもが嫌いな野菜ワーストワン、かつ大人になったら食べれるようになった野菜ナンバーワンでもあるピーマン。その名前はピーマソ。
ある映画のマスコットとして登場し、その愛くるしい見た目と言動からスピンオフとして主役として抜擢されるほどまで人気となったキャラクターのモチーフになっているかもしれなく、おやつに入るか入らないのかよく分からない果物のバナナ。表記はベナナ。
その他一個一個挙げていったら尽きることはないのだが、おおむね地球と同じ食文化が根付いていると言えよう。そう言えば、フランさんの紹介で行かせて貰った猫人族のココさんがいるお店の料理も何処の国かは分からないが、なんだか懐かしいような、初めて食べた気がしないような料理ばかりだった気がするので、そこら辺のこともトラベラーが関わっているのかも知れないな。
そんな事を考えながら適当に買い物をしていると、一応必要な食材は一通り買い揃えられたので、さくらとの約束通りとんぼ返りすることにした。




