92話 師匠
「そっか……」
フランさんと遭遇しダンジョンに潜る前から、ダンジョンから出てきてギルドで別れ、宿舎でこうしている今に至るまでの経路を詳細に話し終えると、フランさんは何やら考える素振りをし始めた。僕にはその素振りの根拠が全く理解できず、考え込むフランさんを眺めながら疑問符を頭に浮かべていると、
「あ、いや、あのね賢い真冬くんならもうとっくに気付いていると思うけど、さくらちゃんには今魔法を師事してくれる人が必要だと思うの。簡単に言えば師匠だね」
さくらは魔力効率があまり良くなく、魔法を発動する際に使っている魔力の大半を何処かでロスしてしまっている。それを改善し、なるべくロスを減らすようにするために魔法使いは日々修行を積んでいると言っても過言ではないのだが、余り時間を掛けている場合ではないのが僕たちの現状だ。
そこで回り道しか存在しない現状を打破するためには、長くそして厚く経験と知識を積み、魔法と魔力の扱いを熟知している師匠なる者がさくらに必要なのだ。
しかし、さくらはまだこの世界に来てから日が浅く、他の冒険者との絡みもぽっと出と称しても差し支えのないほどである僕と比べても、圧倒的に薄いと言えるだろう。
そんな何処の馬の骨とも分からないようなさくら相手に、植物を育てるように自分が毎日毎日努力という名の水をあげて培ってきた魔法のノウハウを教える道理がない。仮に二つ返事でそれを教えるような人物がいたらその人はよほどの聖人君子か、あるいは大馬鹿者だろう。冒険者は自分の情報を極力開示しない――それはここでも適応される。
そんな上記の理由から僕の中では、さくらに魔法のイロハを教えてくれるような師匠を探し出すことは空気を掴むのと同じぐらい不可能かと思っていた。
「心当たりがあるんですか……?」
そしてそうした心境から、思わずこの世界で出会ってきた住人の中で信頼できる人番付では五指に入ることが確実なフランさんでさえ、疑うような感じで尋ねてしまった。
そんな訝しげな質問など意に返さないと言った様子でフランさんはいつも通りの声音、表情、動作で答えた。
「うん……引き受けてくれるかは分からないけど、適任者なら知っているかな」




