91話 関係
「よっと……」
まるでおとぎ話に出てくる眠り姫のようにすーすーと規則正しい寝息を立てながら眠るさくらをベッドに寝かせ、僕はその隣に腰掛ける。この世界に来る前まではさくらの寝顔は頻度にしたら、一年に一回ぐらいで滅多に見ることはなかったが、この世界に来てからは結構な頻度で見ているような気がする。いつもは僕が寝坊したり、疲れちゃったりでさくらに起こされることの方が多かったから、心なしか自分がさくらよりも少しだけ成長した気分だ。
とそんな感慨深い思いを馳せていると、扉が数回遠慮がちにノックされた。
「どうぞー」
僕も遠慮がちなノックに呼応ように声を抑えて返事をすると、部屋の扉が、泥棒が空き巣の様子を窺うが如くゆっくりとゆっくりと開かれた。そして、扉を明けていたのは泥棒、もとい申し訳なさそうな顔をしたフランさんだった。
冒険者ギルドにはまだ期間的には新人ながらも、さもベテランかのような頻度でお世話になっているため受付嬢のみならず、他の冒険者とも広い範囲で顔馴染みになっている。それ故か、さくらを背負い宿舎に向かう途中では、冷やかしやからかいが後を絶たなかった。
その扱いに恥ずかしさを覚え自然と歩みも早くなったが、誰も彼も不躾な大きな声ではなく、後ろに背負われているさくらを気遣うような小さい声量だったので、本当に良い人ばかりだと思った。そして、その中にはフランさんとよく話している受付嬢さんもいたので、僕たちが帰ったことを伝えてくれたのだろう。
「さくらちゃんの具合はどう?」
「今は疲れて眠っているみたいです」
フランさんと僕は目を合わせずさくらの安らかな寝顔を見ながら会話をしていた。でもそこに遠慮や違和感などといったものは毛ほどもなく、お互いがお互いの顔を見なくてもどんな表情をしているのか、どんな気持ちでいるのかが手に取るように分かっていると思えた。
「……差し支えなければ経緯を聞いてもいい?」
冒険者は基本的には自分の情報を話さない。それは万が一ダンジョン内で争いになってしまった場合、また外で何かの理由で他の冒険者と戦うこととなってしまった場合に、手の内が知られてしまっていたら当然、不利になってしまうからだ。
その他にも独自に紡いできたダンジョンの攻略方法など、自分自身で培ってきた経験と勘を活かし積み上げてきた物を同じ職種とは言え、簡単には明かしたくないだろう。
それらの理由から冒険者は、他の冒険者はもちろんのこと自分と懇意にしている受付嬢でさえ自分の情報を滅多に話したがらない。そしてそれは冒険者、受付嬢の間での不文律とされており、それがあるおかげで他者とある程度の距離を保てているので争いが起こりづらいという副次的なもある。
「――――」
フランさんは無論それを分かっている。しかしそこを敢えて無視し、踏み込んで来たということは僕たちを信頼しているのはもちろんのこと、僕たちがフランさんを信頼しているということも信じているからであろう。
――信頼は一方通行であれば重圧と化してしまう。
それはカイトとの一幕で僕が思ったことだ。
「さくらは――」
僕はさくらが疲れて泥のように眠ってしまうに至った経緯を話し始めた。先述の通りいくら担当とは言え受付嬢に自分の情報を明かすことはご法度だ。しかし僕たちの関係は冒険者と担当受付嬢ではない。信頼が行き交う仲間なのだ。
仲間に自分のことを話すのはタブーでもなければ、禁則を破るわけでもない。それは至って普通のこと。僕はそう考えながら話を続けた。




