55話 清算Ⅲ
「シュン兄ちゃん。僕も戦うよ――それがジン兄ちゃんの、僕の望みだから」
その言葉はジン兄、シュン兄のどちらに向けて放った言葉ではなく、きっと他の誰でも無い自分自身に誓った言葉なのだろう。
カイトはシュンと並び立つ。
『複製魔法』
シュンは左手に持っていた自身の最高傑作に、同等の物を任意の大きさでもう一つだけ複製できるユニーク魔法を掛け、同じ性質の剣を一回り小さくした物を一つ作り、カイトに手渡す。
「お前は……これ、を使え」
カイトは次兄に渡された剣を手に持ち、確認するように数回握りしめると自分の兄の存在が今までよりも更にずっと遠くにいるように感じた。
まるでオーダーメイドで作って貰ったかのような大きさの握った感触、軽すぎずかと言って重すぎもしない適度な存在感、触れたものの悉くを斬られる感覚も認知出来ないままに両断せしめると思わせられるほどの刃の輝き、どれを挙げても自分が作ってきた物と月とすっぽんの差。もしくは雲泥の差だ。
それほど差を痛感させられる次兄と、その次兄の全ての面において凌駕する長兄。尊敬して止まない兄二人に、稽古で教えて貰ったことを思いだし、その通りに剣を構える。
『ガルッ!』
先頭にいたリーダーが短く唸り、群れに指示を出す。それを受けた取り巻きの魔物たちは、一斉にこちらに向かって走り込んでくる。
シュン兄と阿吽の呼吸よろしく目線で作戦を交わし、次の瞬間にはお互い自分の役割に徹底する。
下っ端は計12匹。僕の方には4匹が。シュン兄の方には8匹。視界の端でリーダーは必殺のその時を待っているかのように体を地面すれすれまでに低くし、ジワジワと戦意を高めているのが見えた。
リーダーは要注意と考えが頭を過ぎったが、今はそいつに感けている暇はないと気を引き締め、向かってくる下っ端に意識を集中させた。そして、魔物とすれ違い様に剣を撫でてあげる。
「――ッ」
次兄が複製した剣の切れ味は、先刻使っていた自分で鍛えた剣とは比べることでさえ烏滸がましく思える程、神懸かっている代物であった。そして今までに感じたことのない、向かってくる魔物に刃を当てて撫でてあげるだけで、背中を通り過ぎる頃にはただの肉片へと化していく感触は、ある種の快感であり、延いては、カイトに全能感を齎した。
――それと同時に油断も運んできてしまい、カイトは常軌を逸した行動に出てしまう。
「シュン兄、こっちは終わっ――!?」
お互いがお互いの邪魔になり、全力を出せない乱戦にならないように目線で合図して、少し離れた位置で残りの8匹を相手しているであろうシュン兄に、”こっちは終わった”と終戦の声を掛けようとした時、今までに経験した死の直感よりも何倍もの、もしかしたらもう既に死んでいるのではないかと思うぐらいの濃密な死の気配が、肩に慣れ慣れしく腕を組んできた。
「――――」
辛うじて首を反射的に回すと
――牙。
その牙は、眼に映る世界の隅から隅までを覆い尽くしており、鋭利さと物量は剣山のようで、まさしく死そのものであった。
それを見てしまった途端、数瞬後に来るであろう死から目を背けたいと思い、カイトは思いっきり瞑目する。
――――。
――――――――。
――――――――――――――――。
世界を遮断するように目を瞑ったまま、幾ら待てども待てども死が来ることはなかった。
しばらくして恐る恐る目を開き現実に目を向けてみると、先ほどまで肩に軽薄に腕を回していたそいつは、目の前に立つ違う誰かに、その手を掛けていた。誰かではない――シュン兄だ。
目の前にこちらを向いて立つシュン兄の輪郭は、記憶上にあるさっきまでのフォルムよりも何かが圧倒的に足りない気がした。
「シュン兄……?」
「無事で……良かっ、た……」
今にも消えそうな声で呟くシュン兄は、糸が切れた操り人形のように力無くこちらに倒れ込んで来る。それを優しく受け止めたところで、先ほどから感じている輪郭にある違和感の正体の手掛かりに気が付く。
――身体が軽い。
人の体重の割合は部位別によって、個人差はあるものの程度が大体決まっている。頭8%・胴体46%・片腕6%・片足17%といったふうに。
「――――」
シュン兄は僕が諦めていた所為で、片腕を肩から根こそぎ持ってかれている。剣を複製していたと同時に掛けた回復薬で傷こそ塞がっていたが、そこから流れ出た血によって更に体重は減っているだろう。
それでも違和感は拭うことが出来なかった。それにしたって軽すぎだ。
そうして必死に頭を回していると、違和感によって隠されていたある感覚が脳に電子信号として届いた。
――温かい。
輪郭の違和感と、温かいという触感を照らし合わせたところ、ふと何気なくシュン兄の左足が在るはずの場所を見てみる。
――在るはずのものが無い。
「ぁ……」
声にならない声が、自分の何処か分からないところから唐突に出てきた。
今起こっている状況を整理することより、体中から溢れてくる涙と脂汗を拭くことよりも、自分が持ってきていた回復薬でシュン兄を回復させることを優先させる。
「シュン兄……やだよ!!待って、行かないで!!!!」
背負っていた鞄の中の回復薬も、すぐ使えるように腰に携えていた回復役も全てを使っても、シュン兄の体温が下がっていくことを遅らせることでしかならなかった。
「待って、今助けるから!!!すぐに通りすがりの冒険者が来るから!!!!!」
カイトの涙と脂汗と、シュン兄の体温の低下は止まらない。
「あと少しだから!!!!もう少しだけ頑張って!!!」
回復薬をどれほど掛けても、塞がる気配すら覗かせない大きな傷から、真っ赤な血は止まらない。
「シュン兄……「泣く、な……カイト」」
最後の一瓶を、血が溢れて止まない真っ赤な傷口に掛けようとした瞬間、シュン兄は手でそれを制止した。
「俺はお、前に生きて欲し、いんだ……」
シュン兄は、いつもみたいに曇り一つ無い眩しいほどの笑顔を見せる。
「お前はいつ、か俺やジン兄を、越えられる人、材だ……」
そして、大きくてごつごつしている手を頭に乗せ、優しく撫でてくる。
「だ、からお前だけ、は生きろ……」
そう最後に言い残し、頭に乗せられていた大きな存在はは力を無くし、水が壁を伝うみたいに自然に地面へと垂れ落ちた。
――プツン
何かが切れる音が頭の中に鳴り響いた。
――もうどうでも良いか。
カイトは今度こそ本当に生きる希望を無くしてしまい、死ぬことだけが自分の罪を清算できるのではないか、とさえ感じ始めていた。
次兄の亡骸を大事に抱きながら、茫然自失と目を虚ろにさせているカイトに、シュンを殺した魔物はこれ幸いとカイトの首めがけて鋭利なかぎ爪を振りかぶる。
「――――」
カイトは、自分の首に向かって振り下ろされんとしている、次兄の剣と比べては見劣りするものの一般に売られている物と比べたら一級品と称されるほどの鋭さを持つ爪を、どこか他人事のように見ていた。
「――――」
そして、かぎ爪がカイトの首の薄皮に到達した瞬間、魔物は口を半月状に歪め、殺せることを確信した素振りを見せた。
――だが、その考えは甘く、両者ともに望まない結末となってしまった。
【火の槍】
怒号にも思えるそれが聞こえてきた直後、周囲を燃やし尽くすような圧倒的な熱量が肌を焦がし、目の前を覆い尽くしていた牙を刺し貫いていった。
モノクロに見える世界で、意識が途切れる最後に目にしたのは、鍛冶師ギルドで何かとよくお世話になっていたガタイの良いおじさんの姿だった。
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