45話 答えと夢
「――それが真冬くんの答えで良いのかな?」
突如、2人しかいなかったはずのお風呂というほぼ密閉されている空間に、幼い少女の甲高い声が響いた。
「わっ!ってウィル!?」
斜め後ろ、入り口の方を振り向くと、問いを投げかけてきたであろう甲高い声の持ち主――ウィルが、悠然たる態度でこちらを窺っていた。その態度から真剣な様子が感じ取られたが、質問の内容よりも、用事の首尾と如何様に入ってきたかなど、疑問が浮かんでは尽きない。
そんな内心の渦を見透かしてか、ウィルはまるで父親が娘の結婚相手を見定めるような様子で、問いを更新する。
「で、さっきの答えは?」
ダンジョン内でのやり取り、帰って来てからのアルフさんとの会話の最中、その二つで見せたものとは少し異質な、相手の決意や言動に圧を掛けていると言うよりかは、自分と並ぶのに相応しいか見極めている、と言った様子が一番近いだろう。
先ほどの例えで言うと、娘が夫となり得る男を結婚相手として分相応なのか否か、を見極めるというところだ。
そんな雰囲気を匂わせるウィルに、例えウィルのお眼鏡に適わなかったとしても、例え独りで立ち向かわないといけなくなったとしても、という確固たる意志を持ち、僕は自分の答えで応える。
「僕が魔神とやらをどうするかだよね?さっき言った通り……僕は戦うよ」
僕が後腐れ無くはっきりとウィルに向かって答えることで、さくらには遠回しになるが、自分の意志は変えないと確かに伝わるだろう。後のことは、さくら次第だ。
「さくらちゃんはどうする?」
「――――」
ウィルはさくらの方を向き、答えを訊いたのだが、さくらは水面に向かって俯き、一向に言葉を発することはなかった。
「まあ、集まるまではまだ少し時間あるしその時で良いよ。とりあえず風邪引いちゃうし、お風呂から出ようか」
表情さえも見えないさくらが答えないのを察してウィルは明るくそう言った。そしてその言葉を聞き、僅かに弛緩した雰囲気の中で重要なことを思い出す。
そう言えば、僕たちはお風呂で……しかも裸で……横にはさくらが……。
おそらく興奮していたため先ほどまでは気が付かなかったが、今置かれている状況は、僕とさくらがお互い産まれたときの状態で、何も包み隠さずに向き合っている。
「ご、ごめん!」
僕は頭の先からつま先まで、羞恥心を吹き出すような感覚が全身を駆け巡るのを感じ、逃げるようにして慌てて湯船から出て、脱衣所に身体を持って行く。
磨りガラス越しの後ろでは、すっかりと元に戻ったウィルのころころとした笑い声が聞こえてくるが、それを敢えて無視し、シャットアウトする。
脱衣場を見渡すと、僕たちが服屋さんで買った服が、まるで洋服屋さんのように綺麗に畳まれて置いてあった。
おそらく、僕が寝ているときにフランさんが取りに行ってくれ、さくらが管理していてくれていたのだろう。後で2人には感謝を伝えなくちゃいけないのだが、片方は何時になるのか全く見当が付かない。
その形の良い服を着て、僕は布団の端の方で「結局、お風呂では片時も休めなかったし、さくらが入ってきてからは休むどころか、心臓が活発に活動しすぎて逆に疲れちゃった」と、まだ主張するように鳴り響く心臓を意図的に気にしないようにして、猫よろしく縮こまるようにして横になる。
どうやらいつの間にか寝てしまったようだ。それに気が付いたのは、微睡みのなかで、僕に出会ったから。
――いや、僕に似た誰か、だ。
その僕に似た誰か――ドッペルゲンガーの持つ顔の雰囲気こそ僕のと酷似しているが、まじまじと見てみると、いつも鏡で見る顔とは違い、勝ち気な性格だろうな、と思うような顔つきをしていた。
ドッペルゲンガーは何かを僕に向かって話していたようだが、不思議なことにその声は僕の耳に届くことはなかった。その代わりに耳朶に響いてきたのは、僕の名前を懸命に呼ぶ、聞き慣れた女の子の素敵な声だ。
「ろ……ひろ……真冬!」
「んー……あ!おはよ、さくら」
「朝ごはん食べたら少し行くところあるから、早くして!」
昨日のお風呂の時とは違い、さくらは晴れ晴れとした顔をしていた。
一晩寝て考えがまとまったのだろう。
僕は、さくらが参戦するにしても、地球に帰るにしても、賛成するつもりだ。もう流されているのではなく、覚悟を決め自分の意志でここにいるのだから。
お風呂って言えば……
寝起きに関わらず、普段から低血圧の僕だけど、昨日のお風呂での出来事を思い出したせいで、血の巡りが異常に早くなり顔に熱が集まってくるのが分かった。
「ん?なんで顔赤いの?……変な夢でも見たんでしょ。早く顔洗って目覚まして」
さくらは、僕の顔を覗き込み顔が赤いのを見た途端、少し怒った表情、いわゆるジト目になり、僕に準備を急かした。
なぜ怒ったのか、なぜ昨日の事は覚えてないのか、と疑問に思ったが、例えステータスが限界まで上がったとしても、女心を完璧に理解するのは難しい、と考えつき、すぐにその疑問は霧散した。
そんなこんなで脱衣場に設けられている洗面所で顔を洗い終わり、ベッドのある部屋に戻ると、食欲を絶え間なく刺激してくる芳しい香りが鼻孔をくすぐってきた。
「ねぇ、この部屋に料理できる場所ってないよね?」
ちょうど配膳を終え、席に着こうとしてるさくらに部屋を見渡しながら聞いてみた。
「あー、そう言えば説明してなかったね。実は、この宿舎には皆が使える給湯室があって、そこで料理したの。まあ使えるって言っても、生活魔石は自前だけどね。それより冷めちゃうから、早く食べよ!」
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