22話 怒り
あ!関所で貸して貰っていた身分証返却するの完全に忘れてた……
「さくら、ちょっと頼みたいことがあるんだけど……良いかな?」
「私にできることならなんでもいいよ!」
本当は自分で行かなくちゃダメなんだろうけど、今僕はこの有り様だ。
おそらく自分で行くと言っても、さくらやフランさんにここから出してもらえないだろう。
「すごく申し訳ないんだけど、これを関所に返して来てくれないかな?」
僕はコートのポケットに入れておいた、仮の身分証をだした。
「それぐらいなら大丈夫だよ、任せて!」
さくらは仮の身分証を僕から受け取りすぐさま踵を返して行こうとするが、ドアを開けた時思い出したように、
「ねぇ…………関所ってどこだっけ?」
あんな威勢よく行こうとしたのに、場所を知らないって……まぁ、さくららしいかな。
関所の場所を土地勘の無いさくらでも迷わないように丁寧に説明する。
「――わかった!」
「じゃあ、よろしくね。いってらっしゃい」
「いってきまーす!」
僕は一歩も動けないので、誰かそばに居ないとすごく暇だ。一回動こうと足をベッドから下ろして立とうとしたのだが、これが全く足に力が入らず起き上がることさえ出来なかった。
どうしたものかと考えた末に、天井の木目を数えることにした。
1……2……3………。――空虚。
もう1時間以上はとっくに経っているはずなんだけど、まだ帰ってこない……。
迷子には……いつもならあり得そうだけど、あんなに説明したし暗唱もさせたからいくらなんでもならないよね。
寄り道も……確かお金もってないだろうし、性格上しないと思う。
そう考えていた矢先、部屋のドアがおもむろに開いた。
ガチャ。
「――さくら、遅かったね……え?」
「真冬くん、どうしたの……?」
ゆっくりとドアを開けてやってきたのは、フランさんだった。
「あ、いえ……何でも無い……です」
僕が上手く言葉が続けられずに言い淀んでいると、
「休憩中に様子見に来たんだけど……なにかあったの?」
フランさんがこちらの顔を下から覗きこみながら、心配した顔で尋ねてきた。
フランさんも仕事で忙しいはずだし、なるべく重荷にならないように出来るだけ明るく応える。
「一時間ほど前に、僕が町に来たときに貸していただいた仮の身分証を返してきてってさくらに頼んだんですが、まだ帰ってこなくて……どこかで道草でも食ってるのかなって」
「――え?さくらちゃん、寄り道しないですぐ帰ってくるって言ってたよ……まさか!」
フランさんは目を丸く驚いた顔をしてからすぐさま、受付嬢としての真面目な顔になった。
「真冬くん、慌てないで聞いてね」
フランさんの真剣な様子にただならぬ事があるかも知れないと思い、生唾と脂汗が止まらない。
「はい……」
「――最近ね、この街である集団による人さらいが頻発しているって話がちょっとした問題になっているの。……ひょっとすると、さくらちゃんはその集団にさらわれたかもしれない」
それをフランさんから聞いた瞬間、血の気が身体中から失せる感じがし、すぐさまギルドを出ようとした。この際、身体に走り続けている痛みや、今すぐにでも膝を地面に着きたいほどの疲れを無視する。
「待って、真冬くん!その身体でどうするの!!」
フランさんは、僕を引き留めるように力強く腕を掴んできた。
冒険者に揉め事は付き物。故に、受付嬢は多少の荒事を収められる力を求められる。フランさんもその例に漏れず力が強かった。しかも、僕の身体は万全と言うにはほど遠い。
だが、頭に血が上っているのに加えて、揉め事を起こすような経験が浅く短絡的な冒険者よりステータスが上がっている僕には、フランさんの力に腕を引かれようが何ら関係がなかった。
なにより真冬は自分の身体がバラバラになろうが、今後一切動かなくなろうが、さくらの身の安全の方が何百倍も大事と思っている。
その想いが火事場の馬鹿力を生んでいた。
「じゃあ、さくらがどうなってもいいんですか!!」
怒気を余すこと無く込め、フランさんに問う。
「どうなってもいい訳ないでしょ!!そうじゃなくて、その身体で見つけたところで、待ち構えている相手に返り討ちにされるだけなのが分からないの?」
「――――」
怒気を倍にして返され、更に正論も重ねられ真冬は二の句が継げなかった。
「アジトの場所は何個か候補があるから、手分けして探そう……?」
いつもの優しくてほんわかとしたお姉さんの感じからは、想像もできなかったフランさんに僕はびっくりして、冷静になれた。
「取り乱してすいませんでした。今頭が冷えました……」
真冬は、フランさんに頭を下げて先ほどの取り乱しを陳謝した。
「大丈夫だよ。それより、早くさくらちゃんを助け出しましょ!」
いつものフランさんに戻って一安心だ。あのフランさんは恐ろしい……
「私はこの街の地図を持ってくるから、真冬くんは念話を試してみてて」
フランさんが足早に部屋を出て行ったのを確認すると、僕はいつもナビーと念話をしているときと同じ要領でさくらに向けて話しかけてみた。
(さくら、さくら!今どこにいるの!?大丈夫?)
ナビーに念話をするとちょうど電話が繋がった時と似た感覚がするのだが、さくらに向けて念話をしても電話が繋ぐどころか、何かに遮断されているような感じがした。それはパーティーを組むもう片方の大きなメリットである位置把握でも同じ事だった。
(ナビーはさくらの居場所は分かる?)
(私も探していたのですが、存在自体が消失したかのように見当たりません)
こういうときの頼みの綱であるナビーでさえ駄目となると、本格的に手詰まりな気がしてならない。だが、諦めるわけにも大人しくしているわけにもいかずどうすればいいか必死に考えていると、先ほど部屋を出て行ったフランさんが、どこからかこの街の全体地図を一枚持ってきた。
その地図には、赤丸で三ヶ所印がついていた。
「念話と位置把握は駄目だったようね……」
フランさんはやっぱりかというような感じで呟いた。おそらく人さらいが頻発していることから既に試していたのではないだろうか。
それならそうと言っておいて欲しいが何はともあれ、今はフランさんがさくらを助け出せる藁にもなるかもしれないので、フランさんが発する一言一句の全てを聞き逃さないように、聞き間違えないように耳を傾ける。
そして、僕が耳を傾けるのを察したフランさんは赤丸を次々に指さし、
「この三ヶ所が一応その件の集団、ボアのアジトとされているところだよ」
――ボア。
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