182話 観光
「ふぅ……ギリギリだったねー」
「何とか間に合ったー」
ウィルとさくらはドッと息を吐きながら、心の底から安心しきった顔で呟いた。
「いやいやいや、あれ良いの!?」
そんな二人とは違い、僕だけは自分たちの真下で起きている現状、と言うよりも僕たちが起こした惨状を冷や冷やとした感情で見ながら、もう旅行へと気持ちを徐々に切り替え始めている二人に異を唱えた。
「あれって?」
完璧に旅行へと気持ちが先走っているさくらを横目に、ウィルがニヤニヤとしたしたり顔で言った。その表情から、こうなることをウィルは分かり切っていたかのようにしか思えず、僕は呆れる。
「だからあれだって、絶対分かってたでしょ!?」
僕は岩に刺さった眩しいほど光り輝く剣と、その周囲で狂喜乱舞している人たちを指さす。
絶句し驚いたり、スマホで写真を撮ったりはもちろん、何故だか泣いている人たちの心境を察するに、伝説ここに有り、的な感じで今大盛り上がりをしているのだろう。
しかし、騒ぎが人を呼び、人が増えたことによって騒ぎが膨れていく、という人が人を呼ぶ状況は度を超し過ぎているため、ある意味地獄絵図とも言える惨状だった。
そんな光景になることは、ウィルほどの頭があるのならば少し考えれば分かることであろう。そのため、自ずとウィルを見る目が湿度を増していく。
「……まあ、うん」
じとっとした目を受け少したじろぎながらも、ウィルは思いの外素直に認めた。余りの潔さに驚きつつもそれをおくびにも出さず僕はため息を吐きながら、動機を問い詰める。
「何でそんなことしたの?」
「いや、実際にやったのは――あ、はい。ごめんなさい……ちょっとした悪戯心です」
言い訳をしようとたウィルの顔に、湿度は上げ温度は極限まで下げた視線を当てると、大人しくその訳を話した。悪気の有無はともかく、誰も傷ついていなく、むしろあの光った剣を目当てにこれから観光客が増えることを考えたら、僕としてはこれ以上怒る理由はなかった。
「次からどうなるかちゃんと考えてね!」
僕はウィルに少し強めに言いつけると、手に持っているエクスカリバーを見る。
「――――」
鈍色に輝くそれは存在感と、実際の重さと丁度良い大きさに釣り合わないほどのズシッと来る重量感は、さすが聖剣としか言い表す言葉が他に見つからなかった。しかし、今のままではただの紙さえも切ることが出来ないと、剣術を囓っている僕には直感的に分かった。
「これが使えるようになったら切れ味はどれぐらいになるの?」
「この地球で一番硬い物ってダイヤモンドなんだっけ?分かりやすく言うと、それが薄くスライス出来るかな」
最低限の話だけどね、とウィルはもっとポテンシャルを秘めていると付け足すが、僕にはあれほど硬いダイヤモンドがスライス出来るという時点で、想像さえ簡単には出来ないぐらいだった。
ただダイヤモンドを切るだけならいざ知らず、包丁のCMでよくやるトマトスライスみたいになってしまうのだろうか。そんな訳無いよね、と一蹴しようかと思ったその時、
「――――」
手に持っているエクスカリバーはそれぐらい造作も無いことだ、と言いたげにキラリと鈍く光った。
目的であるアーティファクトの回収が済んだ僕たちは、それからイタリアの色んな所へ観光目的で行った。最初に到着した時のコロッセオはもちろんのこと、ピサの斜塔にトレヴィの泉、ミラノ大聖堂などやけに人が少ないなと思いながらも、主要な観光地は全て回ったと思う。
地球にいながらも異世界感のある異国情緒に、僕たちははしゃぎ楽しめた。
「――――」
その道中、街角に設置されていたテレビからはあるニュースが繰り返し報道されていた。その内容とは、言わずもがなだろう。