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177話 予定変更


「あ、真冬遅かったね」


 車に乗せられたときには縛ってあったはずの身体が解かれ、待ちくたびれたような顔をしているさくらが真っ先に目に飛び込んできた。そして、何事もなかったようにあっけらかんと車の中から下りて来る。


「ずいぶん派手にやっちゃったね……」


 元は車の扉なのだが端から見れば分からないほど紙くずのように道端に捨てられた鉄の大きな塊を見て、さくらは呟いた。その顔は車に対して苦笑いをしており、今まで縛られてあったはずのさくらが、何故こうも連れ去られそうになっていたというのに、少しも意に返していない様子なのかが全くもって理解出来なかった。


「…………」


 確かにさくらは力をちょっとでも使えば、具体的に言えば小指一本でさえ使えば、僕が気絶させたリーダー格を含め運転手ともう一人の仲間を、怪我の度合いは無視すれば無力化させることなど造作も無いだろう。しかし、優し過ぎるさくらにとってその怪我の度合いを無視することが出来ないが故に、今まで抵抗することが出来ないと思っていた。


「そんなぼーっとしてどうしたの?」


 心の底から不思議そうな顔をしながら、小さな掌を意識を確かめるように僕の顔の前でブンブンと振りながら尋ねてくるさくらに、僕は気持ちを切り替えるように頭を数回大きく振ってから、


「いやいやいやいや、何で大丈夫なの!!?」


 何を言っているのか分からないといった様子でぽかんと口を開けて首を傾げるさくらに、僕は詰め寄るようにして矢継ぎ早に疑問を投げかける。


「危ないからって力使わなかったんじゃないの?それなのに何で縛られていた手とか外れてんの??っていうかそもそもあいつらどうしたの???」


 勢い良く捲くし立てる僕に対してさくらは「とりあえず落ち着いてって……」と身体を押さえながら宥めつつ、一つずつ僕の聞いたことに答えてくれる。


「真冬の言うとおり、最初は怪我ならまだしも、万が一死なせちゃったらって考えて何もしなかったけど……車が走り出した瞬間に大きい人を中に運んだ人が迫ってきたの」


 さくらはその時の状況を思いだしているのだろうか、余りの気持ち悪さに身震いをするが、話を続ける。


「それでもうある程度の怪我なら仕方ないーって割り切って魔法を使ったら、たまたますっごく弱く制御できて、何とか出来ちゃった。それで車が止まったのと同時に自分の身体のやつを適当にばーって」


 おそらくさくらは型破りをしたことによって魔法の扱いが格段に上手くなった。そのため魔力の調整によって極端に弱くすることも出来るようになったのだろう。何にせよさくらが魔法を極弱く制御して使えるようになったことで、ステータスを持っていない人に対しての自衛の術を手に入れたのは大きい。


「そっか、何よりさくらが無事で良かったよ」


「ありがと……」


 さくらは笑顔でお礼を言うと、チャンネルを切り替えたようにパッとふと難しい顔をし始めた。


「それよりも知ってる?夏休み中だけどわたしたちの学校が何かに選ばれたらしくて、学力を測るために明日テストをしに行かなくちゃって話」


「いや全然……今知った」


 母がまとめておいてくれた郵便物には、学校からのものは一通もなかったはずだ。あの母が取り忘れたり、わざと捨てるようなことは考えないだろうし。


 ただ一つだけ心当たりというか、何で学校の生徒である僕が知らないのか、憶測になるがもっと突き詰めて言えば何で僕だけが知らないのか、その答えは大体の見当が付いていた。


「それって行かなかったら何かペナルティーがあるの?」


「用事があるとか連絡もしないで行かなかったら、場合によっては課題を出すらしい」


 僕はやっぱり、としか思わなかった。


 あの学校がテストを行なわなければならないという何かしらのものに選ばれたのは、十中八九本当のことだろう。しかし僕だけが知らされていない、そして無断欠席の場合ペナルティーがあるということから、テストという用意された舞台以降の話は、僕をいじめ抜くための学校側が設定した台本に過ぎないだろう。


 それに場合によってはというのは都合の良い建前で、僕だけがその標的に入っているに違いない。そのため狙いを定められた僕がその射線から逃げようと送られてきていないなどと抗議しても、確かに郵送したはずの一点張りで意地でも通すだろう。


 学校からすればあの手この手を使って僕を陥れるための、絶好のシチュエーションということだろう。


「私たちは向こうでやらなくちゃいけないこともあるし、どうする?」


 行くわけがないと顔に書いてあるさくらだったが、飽くまでも僕に行くか行かないかの判断を委ねてきた。


 さくらの頭の中では、ここで自分と僕の二人が行かなかった場合、体裁を考えれば学校側はさくらを見逃して標的である僕だけにペナルティーを課すことは出来ずに、結局は罰は何も無いことになると思っているのかもしれないが、そんなことは決してないと断言出来よう。何かしらの理由を付けて、あるいは罪をでっち上げ、鬼の首を取ったように喜々としてつるし上げてくるはずだ。


 しかし、退学など余程重いペナルティーを課されるのでなければ、正直なところ僕は行かなくても良いと思っている。僕たちが地球に帰って来た理由は学校に行くためでも、僕を虐めた奴らと決着を付けるためでもなく、関わったことがある人の脳から僕たちについての記憶を消し、イタリアにあるというアーティファクトを携えて異世界に帰ることなのだから。


「んー、僕は――」


 いいや、と行かないことをさくらに告げようと言いかけたその瞬間、


「――行きなよ、折角帰って来たんだし」


 と、藪から棒にウィルの声が、僕の言葉を遮った。


「え……?」


「だから、折角何だし行きなよって。それに君たちの記憶消すためにもその方が好都合だし」


 ウィル曰く、記憶を消す時にその人との記憶が直前であればあるほど、消すのが簡単になるらしい。


「でも……」


 心の中で僕は焦っていた。早く強くならなければ、早くリリスさんに追いつき追い越さなければ、と。


 そんな心を見透かしたようにウィルは僕に優しく言う。


「君は順調に強くなってるよ、精霊の僕が言うんだから間違いない。だからここら辺でちょっとどれだけ強くなったか試してみれば良いんじゃない?ほらテストだってまずは自分の実力を知ってからが本番でしょ」


 確かにウィルの言うとおり、教科書で勉強だけしてても自分がどれだけ覚えているのか、得たことをどれほど使えるのかが皆目分からない。だからこそテストを行い、自分が出来ている場所、反対に出来ていない場所を知り、分からないところが分からないという状態を抜ける必要があるのだ。


 ウィルから見れば今の僕の焦りは、自分がどれ程強くなったのか分からないという状態から来ているということなのだろうか。


「分かった、行くよ」


 僕たちは急遽予定を変更して、帰るはずだった明日はテストをするため学校へ行くこととなった。


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