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161話 向き合う

「何でも良いよ、話して」


 どれほどの失態だろうが、どれほどの禁忌だろうが、どれほどの罪だろうが、その全てを受け止めてくれる気さえする母の表情に、気が付けば僕の口から()き止めていた言葉が漏れ出す。


「僕が危ない場面の時に、夢のような感じの中で必ず出てきた人がいるんだ」


 母はコクンと頷く。頷くというその仕草は条件によってはともすれば次の言葉が出てくるのを急かしているようにも思えるのだが、母の今の頷きは僕の言葉をただただ待っているかのような、ゆっくりとしていてとても優しく深い仕草だった。


「僕よりちょっとつり目がちで勝ち気がするような雰囲気で――」


 母の優しい表情を目の当たりにしても、この先を口に出してしまうのはやはり(はばか)られた。いやむしろ優しい表情だからこそ、簡単には口に出せないのかもしれない。この優しい顔をしている母が悲しみや辛さなどで歪むのは、僕にとっても悲しいし辛い。それが僕の言葉一つで変化するのだから、尚のことだ。


 しかし、僕のそんな気持ちとは裏腹に当の本人である母は、先ほどから表情一つ変えないでひたすらに僕が話すことを待っている。それは全部を受け止めてくれるという僕の予想であった物を、確証にする決定的な証左ではないだろうか。


 母ならば僕がこれほど躊躇っている訳に、多少なりとも気が付いているはずだ。それでも顔色一つ変えないと言うことは、その躊躇いさえも受け止めてくれているということになる。


「――――」


 向き合うということは、相手の気持ちの大きさと同じ熱量でこちらも立ち向かうということ。どちらかの熱量がもう片方にまで至らなかった場合、程度の差こそあれどそれは低い方が高い方を軽蔑しているのと何等変わりない。


 ここまで中途半端に口に出しておいて、相手のことを考えて途中で言葉を途切るのはその軽蔑となるだろう。


「――――」


 僕はこの数日間、初めて人とちゃんと向き合ってきた。フランさん、カイト、リリスさん、そしてさくら。


 ――人は誰しも心に傷を抱えてそれでも必死に生きている


 或る人は弟が遠くに行ったきり帰ってこなくなり、或る人は目の前で自分のせいで兄を失い、或る人は誰もが近付き難い尖った雰囲気を持っているが、おそらく心優しく繊細なのだろう。そして或る人は周りよりも何事も上手く出来てしまうがそれに驕らず努力できる子だからこそ、少し頑張り過ぎてしまった。


 そんな風に誰もが自分が主人公の物語を紡いできた過程で、傷つき、心折れ、絶望し、涙が枯れるまで泣いた日やこの世から消えて無くなりたいと思った日がある。そしてそんな人とちゃんと心と心を通わせ、顔と顔を合わせ、向き合ってきた。


「――――」


 傷を負っているのは自分だけじゃないと自覚した今だから、分かる。母にこの事を尋ねたら絶対に深い傷を抉ってしまう。それは母が僕に話していない傷つき、心折れ、絶望した日のことだろうから。


 でも、それでも僕は意を決して向き合うために言葉を放つ。この言葉が母の傷を抉ってしまっても。


「――僕の姿と瓜二つな……双子みたいな人がいたんだ」


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