159話 振り返り
異世界では、地球に居ては絶対に体験出来ないであろう事が日常茶飯事と言えるほど頻発して起こっていたため密度がとても濃く、体感的には一月ぐらいこっちに帰って来ていない気がしているが、その実たった数日振りの自宅だった。
さくらが自宅へと帰ったため、改めて長期的な旅行から帰ってきたみたいな懐かしさと安堵感を覚える。そして、ここ数日間で自分の身の回りで起こった、淡い夢にも思える出来事について思いを馳せる。
「まずは異世界……」
どうやって行けるようになったか、何故だかそこだけが穴がぽっかりと空いたように記憶が抜け落ちているため、気が付いたらナビーというスキルを持ち、異世界と地球を繋げる魔法を手に入れていた。しかし、その前にさくらと一悶着あった記憶は確かにあるので、おそらくそのことが僕が異世界に行けるようになるきっかけを呼んでくれたのだろう。
(…………?)
「ナビー……大丈夫」
僕の内側にいるとも言えるナビーから一瞬だけ感じた疑問、それはすぐにウィルの一言によって瞬く間に解消されていったが、言葉少なながらどうやら僕には立ち入ってはいけないような、そんなオーラが出ていたので極力気にしないことにした。そしてそのことを紛らわすべく、再度記憶の立ち返りを続ける。
「――――」
異世界で最初の出来事と言えばゴブリンとの初戦闘であり、命のやり取りをしたのもあれが初めてだった。やらなきゃやられ、やられないためにはやらなきゃいけないという、平和な日本では考えられない死と隣り合わせ。ガンダやベルーゼとの死闘を経た今ではゴブリンなどほんの片手間で倒せると思うが、あの時は初めてが重なっていたため目の前のゴブリンで精一杯だったのは仕方あるまい。
そのガンダとの戦いは、先述のゴブリンを意気込んだのとは裏腹に呆気なく倒し、フランさんやカイトに出会い、初めてのダンジョン、ギルドマスターでエルフのアルフさんに出会い、帰った地球でさくらと仲直りしてから、二人で異世界に来た後の話だ。
さくらを連れてカイトとダンジョンに潜った際、強敵だったオークと戦ったりもしたが、ガンダと戦ったときの方が記憶に強く刻まれている。
「あの時は確か……」
後に知った光の大精霊であるウィルと会ったのも確かこの時が初めてで、人を手に掛けたのもこの時が初めてだ。しかし不思議と良心の呵責や罪悪感に苛まれることなく、言っては何だが邪魔な物を退かしたり、鬱陶しい虫を潰したときと同じ感触だと思っている。
それはさくらを助けたい思いが強かったのもあると思うが、自分ではない違う自分が出てきたような妙な感覚がしていたことも何かしらの関係があるのだろう。その感覚は実はこの時が二回目で、一番初めはオークとの戦いの時だ。
そして、その後も度々同じような感覚を経験をした。ガンダを倒した後、さくらがダンジョンに突っ走っていってしまった時や、一番原因がハッキリしたのはベルーゼとの戦いの時。
「――――」
さくらとみゃーこを奪われた時にボクは現れた。
僕の容姿と瓜二つなボク。その姿をこの目でハッキリと見た今だから言えるのだが、ボクは強敵との戦いの時には必ずと言っていいほど姿を現わしていたのだ。そして、ボクと比べたら実力も精神もきっと弱いであろう僕の意識を乗っ取ろうとしてきた。
その証拠はフランさんにいつか言われた一人称が俺になっている、ということだろう。おそらくボクの気質に乗っ取られそうになっている僕の口調に表れていたのだ。
しかしある意味、ボクのおかげで今の僕たちがいると言っても過言ではないため、いつかはきちんと話がしたいと思っている。また何故僕の姿と瓜二つなのかも紐解いていきたい次第だ。
「最後はリリスさんに負けたことか……」
僕は地球に居た頃は傲慢とはある種の反対である卑下を極めていた。それがどうしたことか、異世界に来て、いや、力を多少持ったことによって傲慢側へと無意識のうちに傾いてしまっていた。
どっちが悪いとかは正直なところ僕には分からない。でも、極端にどっちかに傾いてしまうのだけは悪いと分かっている。だから同じ重さを両端に乗せたシーソーみたいに、釣り合う形が一番良いのでは無いかなと思っている。
その状態は言い換えると、謙遜と上昇志向を持ち合わせている状態、つまり自分はまだまだだからもっと上に行かないと、というような感じではないだろうか。
「だからといっても、今思えばどんなに頑張っても勝てる気がしないけど……」
リリスさんには傲慢になっていた点を除いてしっかりと綿密に作戦を立てたとしても、勝てるビジョンが一向に浮かばない。地力の差が歴然なのだろう。
「――――」
そんな感じで濃厚すぎるほどの数日間の出来事をいざ振り返ってみると、本当に色んな事を体験したと思う。そして、地球で殻にこもっていた頃よりも色んな感情を表に出した。
「僕は成長したんだよね……」
思いがけずふと口から出た言葉を噛みしめると同時に、自分の成長を実感し、嬉しさがこみ上げてきた。
必死に目を背けていた最悪だった人生で、唯一眩しく輝いていたさくらに拒絶されたことで、僕は異世界へいける鍵を手に入れた。
そして、その鍵を使った扉の先では現実とは思えないような非現実的なことが現実で、その中で僕は様々なことを経験して、こうして成長したと実感できるようになった。
「ひさしぶりに会いたいな」
口から溢れたものはしばらく会っていない両親への気持ちだった。おそらくだが、たまにしか会えないくせに何もかもが伝わってしまうナビーのように僕の心を見透かしてくる二人のことだから、僕が学校で不遇な状況にいたことは分かっているのだろう。しかし、さくらにそれとなく言っていた位はしていたかもしれないが、二人は目立った行動を起こすことはしなかった。
何もしなかったのが何故なのかは僕には想像がつかないが、二人なりに僕を考えてくれていたのだと思う。それは会ったときの眼差しや表情を見れば誰でも分かるぐらい明白だ。
そんな二人に、成長した僕を早く見せたかった。異世界の話は突拍子もない話過ぎるのでさすがに口にはしないつもりだが、とにかく少しだけでも話がしたかった。
そう思っていたとき、思考に耽っていたため薄らと視界の隅に入っていた玄関の扉に僅かばかり動きがあった。
(忘れ物かな)
今し方分かれたばかりのさくらが忘れ物をしたため戻ってきたと思い、玄関の扉を開ける手伝いをする。
「忘れ物?…………え?」
「あら、お出迎え?気が利くわね」
扉が開いた先には、僕が今会いたいと思っていた件の人物の一人が立っていた。