156話 型破り
さくらは物事を簡単に諦めるような人物ではないと、外を知らない時は思っていた。しかし、今はそうではないことを知った。
人は誰しも、成功のイメージが湧かなければ、あるいはもう他に道がない、手がないといった絶望的な状況に陥った時、諦める事を知った。
さくらもその例に漏れず今目の前で諦めようとしていた。
しかしながら無理難題とも言える事だから仕方ないと僕はそう思い、結果はまだ決まっていないがおそらくウィルの無茶に応えられないであろうさくらに、何て声を掛けようか言葉を探すことにした。だが、絶望的な状況の中でさくらはもう無理だと悟った顔の中に、まだ諦めたくないと諦めるのとは別の道を必死に模索しているように思えた。
「――無理じゃない、さくらなら出来る!!」
そうしたさくらの顔を見て口をついて出たのは、ある意味残虐な言葉だった。
先述の通り人が絶望するのには二通りあって、成功のイメージの欠如、もしくは手も道もないといったところであろう。今目の前で絶望しているさくらはおそらく後者の為す術も無く、諦める以外に選択肢が潰された八方塞がりの状況に追い込まれているのだと思う。
そんな一番進みたくはないが、もはやそれしか残されていない道を鎖に引っ張られるようして無理矢理進まされているところに、諦めるという唯一の選択肢を強制的に潰したのがさっきの僕の言葉だ。
「――――」
真っ暗な道の中進むべきではないと分かっていながらも進まされていた道さえも閉ざされる恐怖、その恐怖は過去に経験した僕が一番よく分かっている。それはとても怖くて怖くて、全ての道を閉ざされ恐怖に耐えきれなかった僕が選んだことは、その場に立ち止まり、耳も口も目も、全てを閉ざして蹲り殻にこもることだった。
もしかしたら、下手したら、さくらも僕と同じ轍を踏んでしまうかもしれない。分かっていた、しかし口をついて出た諦めるなの言葉は僕のわがままであり、願いでもあるが、何よりも心からの本心でもある。
「――――!」
その瞬間、僕のワガママな願いの本心はさくらに届いたらしく、部屋中には今までよりも密度の濃い魔力が流れ始めた。
(これは……驚くべき成長ですね)
周囲に漂う魔力が、さくらのイメージによって魔法を構築する段階、その時ナビーが驚嘆の声を挙げた。その驚きはさくらの魔力や魔法の精度に対するものかと思ったが、どうやらそうではないらしく、どういうことなのかナビーに尋ねる。
(それってどういうこと?)
(魔法という物はある程度の型があり、それは何故かというと人間が使えるようにするためです。言わば簡略化ということですね。その簡略化は熟練ともなれば多少なりとも幅を効かせることが出来ますが、さくらさんはスキルのおかげでぱっと見は魔法に精通しているように見えますが、本当に精通している物から見れば張りぼてだと一目瞭然です。その熟練具合ともう一つの要因性格からか、さくらさんが今まで使っていた魔法は駆け出しの魔法使いよりも型にはまっていて、その程度は窮屈にさえみえるものでした。しかし今行なおうとしていることはその完璧な程までの型を抜け出す、真の意味での型破り、これは素直に称賛に値する成長と言えます)
長文ながらも脳に直接働きかけてくるため一言一句間違えないで暗記出来た、珍しく少し熱くなっているナビーの熱弁が終わる頃、一層魔力の流れが激しくなり、その流れに沿うようにしてさくらが型を破り、成長の程が窺える魔法が発動された。