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144話 リセット

 ――僕は今死にかけていた。


 目の前にはこの世の何よりも恐ろしい凶器を持った赤い髪の少女が、地面に伏している僕のことを見下ろしている。しかし、僕の主観ではなく周囲にいる見物客、つまり傍から見れば赤い髪の少女がただの木の枝を持ち、門外漢でも分かるほどの立派な剣を持っている黒い髪の少年を、見下ろしているだけの状況に過ぎないだろう。


「もう終わり……?」



 ――時は遡ること、およそ一時間前。出来事で言えば、僕とさくらの師匠が決まった時点。


「とりあえず実力を量りたい」


 赤い髪の少女――リリスさんは僕の師事を決まった途端、今までの人見知りによる緊張はどこにいったのやら、はっきりと意思を感じられる程までの言葉を発した。


 それは圧力などを含んでいない、近い物で言うとアルフさんと接していたかのようなフランクさがあったと言えよう。


 やっぱりこの人は、剣のこととなると人が変わる。


「分かりました。でも今の僕だと疲労で全力とは……」


 若干言い訳のような文言になってしまったが、これが僕の率直な思いだ。フランさんの談によると丸一日もの間、眠りについていたらしいが、丸一日眠ったぐらいで異次元の強さを誇るベルーゼとの戦闘の疲労が抜けるとするならば、あれほどまでに(しのぎ)を削ってはいないだろう。


「――――」


 そして、リリスさんは直接的な言葉にして明言はしていないが、疲れていたり眠いなどとは無縁の、今の僕の持てる力全てを使った最大限の力を知りたい、と思ってるはずだ。そんな意思が感じられる。


「アルフ」


 リリスさんは一言、この街屈指の魔術師であるアルフさんの名前を呼んだ。


 自分の名前だけを呼ばれる声を聞いたアルフさんは、それだけでリリスさんが何を望んでいるのか分かったように軽く頷き、僕たちには聞き慣れない、そして聞き取れない言葉を発した。


【――――】


 母国語である日本語でも、一番外国語として聞き慣れている英語でも、その他フランス語でもドイツ語でも無い、あるいは言語ではなく単なる音として聞こえるそれは、僕の身体全体を温かく包み込んだ。


 そして、次の瞬間、身体を余すことなく包んだ温かな光は、先ほどまでに感じていた疲労を風のように吹き飛ばした。


「身体が軽い……?」


 手をグーに握ったり、パーにしてみたりと数回開閉をしてみる。その動きは自分が思っていたよりも非常に機敏で、まるで脳が意思を送り出す前に身体がそれを予測し、行なっているかのように思えた。


「驚いた……そこまで出来るんだ」


「大変恐縮です」


 ウィルの滅多に出ない驚いた表情に、アルフさんは畏まる様子で応えた。


 その二人のやり取りを見て、アルフさんが今僕に唱えてくれた魔法のような物の凄さを実感した。いや、身をもってその魔法の効果を体験したため、それ以前に分かってはいたので改めてということになる。


「どうだい?身体が自分の物ではないように思えることだろう」


 人は疲労という水の入ったバケツのようなものを常に抱えて生きていると思う。


 水が入っている理由は仕事のことだったり、将来のことだったり、人によって様々であり、その大きさは人によって大小様々あるだろう。そして、それは朝起きてから夜眠るまで、認識しているか否か違えど、誰しもが抱えているはずだ。


 アルフさんの魔法を受けた途端、そのバケツを中に入っている水が全て無くなるようにひっくり返し、更に水が多く入るようにバケツの容量を増やしたかのような感覚を覚えていた。


 さくらの中の水を桶で抜くような回復魔法とは種類も違えば次元も違う。決して空にならない疲労、そのものがリセットされたような感じだ。


「これで力一杯戦えます」


 僕がそう意気込むと、アルフさんは軽くはにかんだ。


 偶然にも自身の師匠となったアルフさんが僕の疲労の回復を行なったせいで、さくらは歴然とした差を痛感させられたと思うが、反対にそのおかげで、自分の道しるべに足り得る人物と判明したことだろう。


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