141話 赤い少女
その場所に立っていたのは――見ているだけで全身が火傷しそうなほど真っ赤な髪を持つ少女だった。
まだ記憶に新しいその少女の風格、それは刃のように触れただけでその箇所が切り刻まれそうな、あるいは薔薇のように触れただけでその箇所が鋭い棘で刺されるような、いずれも決して生半可な気持ちで触れてはいけない物とそう感じる者だったが、扉を開け、こちらを真っ直ぐに見つめている少女からはそうした類いの危なさなど微塵も感じられなかった。
ひょっとすれば過去に二度この少女に出会ったのは夢か幻か、と疑うほどに。
「……リ、リリスさん?」
そんな記憶にある危ない少女と、目の前にしている少女の様子の驚くべき違いようから僕の口をついて出たのは、疑問と確認がちょうど半々で混濁とした言葉だった。それはリリスさんと思しき人物を見つめるフランさんも同じ気持ちだったようで、その懐疑的な目が全てを物語っていた。
車座を成しているその他の面々はと言うと、一人は冷静沈着でいつも通りの訳知り顔、一人は何が起こっているのか状況を飲み込めなく慌てた動きなどはないものの軽くパニック、もう一人は興味ないと言わんばかりに毛繕いをして非常にのんびりと自分の時間を過ごしていた。
「ご…………」
僕が言葉を発し、他のメンバーの表情を窺えるほどの多少の間が置かれてから、その少女はようやく口を開いた。しかし、顔を髪色と同じく真っ赤にさせながら地面を見るように俯いていたので、その声は髪色と顔色とは対照的に弱々しく、僕らの耳に届くまでに至らなかった。
「――――」
明確な敵意は感じられないものの、僕とフランさんは目の前にいる人物か信用に足るのかという警戒を完全には解くことが出来なかった。何故なら真の強者とは、殺意や敵意など相手に少しでも悟られず、流れるように攻撃に移ることが出来るからだ。
いくら目の前の少女が顔を赤くさせ照れているように見えども、それは怒りを隠すためのものかも知れないし、もじもじと何か言い辛そうにする様子は手に隠した凶器をどのタイミングで出すか悩んでいるのかも知れない。
「――――」
ウィルもみゃーこも全くと言って良いほど警戒していないことから、正直考えすぎかとは頭のどこかで思っているが、自分よりも絶対的な上位者を目の前にしている時は疑心暗鬼に疑心暗鬼を重ねることが何よりの最善だろう。それが例え良い方向に傾かなかったとしても、悪い方向に傾くことは決してあるまい。
そんな感じでいつでも迎撃出来るように身も心も構えていると、少女は顔を上げ、意を決したようにこちらを真っ直ぐ射貫くように見つめ、
「先ほどはごめんなちゃい……あ…………」
真っ赤な髪が勢いよく下げられた頭に遅れて付いていくその動きから、さながら炎が燃えさかるように僕の眼には映った。しかし、そんな様子とは裏腹にその髪の持ち主である言葉は、僕とフランさんとおまけにさくらが発しているこの緊張感漂う空間では、その緊張感を霧散させるほど間の抜けすぎたものだった。
「ちゃい……?」
思わず聞き返してしまった噛んだと思われる言葉は、少女の顔を髪色よりも真っ赤にさせてしまった。
「あ……いや……」
僕はこの少女が先ほど下を向いて赤くなっていた理由が分かった気がした。
赤くなっていた理由はただ単純に怒りなどではなく、純粋に恥ずかしかったからで、もじもじと手を忙しなく動かしていたのも凶器を隠していたのではなく、どちらかというと羞恥心を隠そうとしていたのだ。
「――――」
しかし、理由は分かっても原因がサッパリと分からない。目の前にいる人は雰囲気こそ少し、いや大分違うが、姿形は気絶する前に間近で見たリリスさんと相違ない。
妹や姉などの血縁関係にある者かと考えもしたが、見かけたときに持ち物を詳しく見たわけでは無いので断言できないが、余り違和感を感じられないのでその可能性も薄いだろう。
「やっぱり駄目だったかー」
頭の中でリリスさんの雰囲気がここまで違うのは何故かと考えていると、リリスさんの後ろからどこまでも響いていきそうなほど透明な男性の声が聞こえてきて、その声の持ち主である人物がおもむろに部屋へと入ってきた。