133話 三方塞がり
「…………」
真っ暗な夜が急に明るい朝に変わったような、そんな眩しさに思わず目を細めていると、何やら重量感のあるもの二つが左右から同時にのし掛かってきた。それは先ほどまでにいた場所よりも遙かに暖かみを感じ、出来ればずっとこうしたいと思うほどまでに心地良さだった。
左は人間には到底出せないもふもふという身体的な充足感。もう片方である右は、人間にしか出せない包み込まれるような温もりという精神的な充足感。
しかし、どれほど幸福感を覚える感触であろうと、徐々に見え始めてきた周りの景色に対して、ずっとそうしているわけにも行かなく、大変名残惜しい感じがするが二つ、もとい左右に抱きついている二人を宥めに掛かる。
「お二人さん、とりあえず場所変えよ……」
ここはダンジョンの前、塔の広場と言われる場所であり、東西南北に分かれる四本の大通りの交点であるため、日夜関係なく往来の人々で溢れかえっている。
その例に漏れず、今日日もたくさんの人々がここを歩いているため、その人達の微笑ましそうだったり、あるいは羨ましそうな視線だったりで僕の神経は徐々に擦り減っていた。
「ひとまず……ギルドに向かおう」
目の前に目線を同じくして座っているウィルがそう提案した。その顔は疲れているといった表現ではまかないきれないほど疲労を感じさせる表情をしており、いつものウィルは何処へ行ったのやら、綺麗だった髪は乱れ、一見すると野垂れ死にし損ねた少女のようにも思えた。
端的に言うと、ウィルは今にも倒れてしまいそうということだ。
「そうだね、ウィルありがとう」
うつらうつらとしているそんなウィルは僕の言葉にコクンと力なさげに軽く頷くと、最後の仕事を終えたと言わんばかりにその小さく羽のように軽い体重を僕に預けてきた。文字通りウィルは僕を守るために死力を尽くしてくれたのだろう。
その僕は、と言うと力を使い果たし、身体が鉛を詰めたような倦怠感は覚えるものの、ウィルのように今にも気絶するような疲労感は無いといった所だ。それは偏にウィルが僕の補助をしてくれたからであろう。その小さな身体で、僕の全ての動きをサポーターのような役割で。
労いの意味を込めて僕は乱れきったウィルの髪を丁寧に撫でつけ、ボサボサになっていた髪型を簡易的だが軽く整えた。途中寝息を立てながらウィルは力の抜けるようなフニャッとした笑顔を見せ、その笑顔はさながら天使のようだった。
「――――」
右には音もなくただただ抱きついているさくらに、左はごろごろと甘えるような喉音を鳴らすみゃーこ。そして、前にはスースーと規則正しくこちらの眠気を誘ってくるような寝息を立てるウィルと、三方向をガッチリと埋められている僕に対して、この状況になった流れを知る由もない周囲の人々の視線は、羨ましさよりも微笑ましさの方が優位となった。