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111話 落選

「あ、いたよ!」


 ダンジョンに足を踏み入れてから物の数分、さくらが今し方声に出したように、遥か前方には犬のような見た目の魔物――ハウンドドッグが何か獲物はいないかと言わんばかりに辺りをきょろきょろと見渡していた。


 今までに使用したカイトが拵えた剣は、どれも素晴らしい出来だった。あのハウンドドックの固そうな肉質でさえまるで豆腐を切るかのように他愛もなく切断し、あっさりと致命傷を与える事が出来た記憶はまだ新しい。


「じゃあ行ってくる」


 さくらが遠くにいるハウンドドックを見つけ、それから結構な距離を歩き、相手の索敵範囲ギリギリまで近付いた僕は、さくらにそう言い残し、手に持っている剣の間合いまで一気に一瞬で詰めた。


 周囲の人間からすると一瞬の間だが、高いステータスによって引き延ばされた僕だけの時間の中で、僕は初めての戦闘や強者を相手にしている時の緊張とは全く異質の緊張を覚えていた。それは新調した文房具を初めて使う時の心境や、学校のテストが始まる前の空気と似たような物だった。


『ガウ?』


 僕が間合いを詰めた一瞬で、ハウンドドックが身の危険を獣のその本能から感じ取ったのか分からないが、こちらを振り向いた。しかしその機器察知能力による振り向きは全く意味が無いもので、僕の姿を目にした頃には、僕は既にハウンドドックの視界の反対側へと駆け抜けていた。端的に言えばハウンドドックが見ていたのは幻影と言うことだ。


「――――」


 ゆっくりと時間を掛けて後ろを振り向くと、間違いなく斬ったはずのハウンドドックが、まるで石像のようにただひたすらに微動だにせずこちらを見ていた。その目を疑うような光景を見て、僕も同じく石のように固まっていた。


 その原因は手に残っているはず、残っているべき肉を断つような感触が、微塵も残っていなかったからだ。


 先述の通り、今までの剣は切れ味が凄かったため固く引き締まった肉質でも豆腐を切るような感触で切断出来ていた。しかし今回は、その豆腐を切るような感覚さえ掌に残っていないのだ。


 そしてそれに加えて、切ったはずのハウンドドックは微動だにせず固まっているが、未だに生命の息吹が感じられるのだ。


「なんで……?」


 口から出たのはただ単純に目の前に起っている状況への疑問。


 何故斬った感触が無い。何故切ったはずのハウンドドックがまだ生きている。主な疑問はその2つだった。


 そしてその疑問の答えは、僕の身の丈に合わない上がりすぎたステータスが鞭を打つようにして教えてくれた。


 ――持ち主を選ぶ剣に真冬は選ばれなかった。


 この剣は持ち主の総合の実力に見合った力を発揮する。

 切った感触が無いのとハウンドドックがまだ生きているのは、僕が剣に認められるほどの実力を持っていないから。僕が手に入れた力はチートのおかげで、所詮はただのハリボテなのだ。


 そんな頭の中では理解はしていたが、いざ改めて突き付けられると心が受け入れることを拒む事実を咽ながらも無理矢理飲み込もうとしていたところ、またある疑問がふらふらと漂うシャボン玉のように、頭に浮かんできた。


 ――切った感触は無いとしても何かしらの感触がないのはおかしい。


 その疑問は次の瞬間に解消された。


 ――パリン


 今ではもうすっかりと聞き慣れたガラスが割れるような音――魔物が消えていく音が鳴ったのと同時に、目の前で硬直していたハウンドドックが何の前触れもなく突如として消え、その場には魔石が独り寂しく転がっていた。


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