103話 阿吽
「おおお!ってなんだ!?」
中にいた人物――カイトからすれば、扉がはじかれたように急に勢いよく開き、そして間もなく猫と、何やら荷物を比喩抜きで抱えきれないほど抱えている人が入ってくるという突然の出来事に、驚きを隠せないカイトの顔が落下中の食べ物の隙間からちらりと見えたが、のんびりと説明している暇も余裕も無い僕は唯一の解決方法であるカイトに望みを掛けた。
「カイト!!」
おそらくこの時の無茶振りを“阿吽の呼吸”の語源となった阿形と吽形の二体の像が目撃していたとしたら、文字通り開いた口が塞がらないだろう。と言っても片方は元から塞がっているのだが。
「――――!!」
カイトはその一言で僕がカイトに望んでいる意図を余すとこなく全て汲み取り、僕の手から離れていった食べ物を全て落とすことなく受け取った。
「真冬、大丈夫!?」
全ての食べ物が落ち着いた位置に確定したところで、遅れてさくらが叫びながら蔵へと入ってきた。さくらのその顔は心配や疑問、困惑など様々な感情が内包しており、言葉では言い表せないほど複雑な表情をしていたが、頭、腕、足――身体の使えるところ全てを使って食べ物を落とさないようにしている僕とカイト、そして扉をぶち破り部屋の中を荒らさないように配慮したのか白虎化が解けて元の姿に戻ったが、頭の上にひよこを浮かべているみゃーこの姿を見て、その表情は複雑から一点、誰が見ても分かりやすい驚愕へと変わっていった。
「ど、どうなってるの……?」
自分でこの目の前の状況を整理するかのように呟いた一言に、一から十まで事の真相を全て知っている僕はもちろんのこと、真相は知らないが巻き込まれた側の事情を知っているカイトもおそらく説明をしたかったが、それよりも食べ物を落とすまいと、さも樹木に伸びている枝のような入り組んだ体勢を維持している僕たちは、早くその枝の先の実を収穫して欲しいと切に願っていた。
「それよりも……さくらさん、食べ物を受け取って欲しいんだけど……」
それからテーブルに自分の持っていた物を置き、僕とカイトの実を収穫し終えたさくらに中での出来事を説明した。幸いにも何かが爆発したかと思うような程大きな音はしたが堅牢な造りの扉は壊れていなかったし、みゃーこが飛び込んだことによって出た被害も、僕とカイトが食べ物をキャッチする課程で物を壊したりなど一切無かったので、身内内でのちょっとした騒ぎということで片付きそうだ。
「――ということで以上です」
自分がいない間に起こった中での一連の流れを理解したさくらは大きくため息を零した後、
「真冬と巻き込まれたカイトはしょうが無いとしても、みゃーこは反省する必要があると思う」
さくらはそう言いながらみゃーこに視線を向けた。そして僕たちからはさくらが今どんな表情をしているか確認することが出来ないが、そのさくらの視線を受けたみゃーこは尻尾の先から耳の先まで身体の隅の毛一本まで残さず震え上がらせ、ひたすら謝り倒した。
「ごめんにゃさい、ごめんにゃさい、ごめんにゃさい…………」
言葉に関しては猫なので間が抜けているのは仕方ないが、その表情と、声音、毛の逆立ち具合からして相当怖がっているように見受けられ、さすがに可哀想になった僕はさくらを止めてあげることにした。
「さくら……みゃーこも反省しているようだし、それぐらいでいいんじゃないかな」
反省が色濃く出ているみゃーこのフォローをし、おもむろにさくらの肩に手を置くと、これまでに感じたことのない冷気と怖じ気が一瞬にして背中を駆け巡った。それに加えて何故か分からないが、肌が粟立ってきた。
「――ひぃ!」
さくらがこっちにゆっくりと振り向くと、背中を伝ったものと肌が粟立った原因が本能的に理解させられた。
「な、何でも無いです……」
僕はまるで大きな鬼と相対したような身の危険を感じ、咄嗟に自分の身を守る言葉を発してしまっていた。さくらの横顔越しにみゃーこが真っ青になって何か抗議している表情を浮かべていたが、これ以上僕が踏み込んでしまったら降りかかる火の粉で僕が危険なので、見て見ぬ振りをしたのだ。しかしこれに関しては僕が原因ではなく、みゃーこの自業自得だ、仕方あるまい。
そうみゃーこの命を半ば諦めていると、命知らずの男がさくらのなだめに参戦した。
「まぁまぁ真冬が言ってたようにみゃーこもすっげー反省しているようだし、俺には何にも被害ないんだし、それぐらいで許してやったらどうだ?それよりも買ってきたやつ食おうぜ!俺昨日から何も食べてないから腹減ってんだ」
カイトはさくらの凍てつく空気を意に介さずいつも通りの明るさで言った。そんなカイトに毒気を抜かれたさくらは纏っていた空気を和ませ、
「次からは勝手な事しちゃ駄目だよ。したら……ね」
と、締めくくった。対するみゃーこは何度も何度も高速で頷き、さくらの言葉を固く胸に刻んだことだろう。