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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 夏

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第九十三話 メイドと始める旅館バイト。

 「オレンジジュース二つ生ビール三つ。レモンサワー一つ」

「はい!」


 忙しい。


「それは温蔵庫にあるから、人数分持っていて」

「はい!」


 忙しい。


「ほら、お客様お待ちだよ。デザートそろそろ用意して」

「はい!」

 忙しい。





 電車を乗り継いで辿り着く、海沿いの温泉街。夏という事で、賑わいを見せている。旅行鞄を下げているのは、僕らだけではない。

 トランクケースを引いて改札を出ると、すぐに見覚えのある姿を見つける。


「お久しぶりです」

「おう、来たか。そして、三人くらい初めましてがいるな。まぁ、そこら辺は車で聞くか。よし、着いてこい。荷物乗せっから」


 五人分の荷物を乗せたワゴン車は走り出す。旅館の名前が入ったそれは、お客様の送り迎えに使うらしい。


「俺は相馬の爺ちゃんの弥助だ。古くせぇ名前だがそっちで呼んでくれ」

「はい! 俺、桐野京介と申します。よろしくお願いします」


 それに続き、車の中では自己紹介大会が始まる。窓の外に目を向ける。ワゴン車から見える景色、広がるは眩しくも深い青。圧倒的な存在感に目を奪われる。

 車は見覚えのある旅館街に入っていく。


「もうすぐ着くぞ」


 その言葉通り、僕らの目的地のすぐそこまで来ていた。


「意外と駅に近いんだ」

「まぁな。さぁ、着いたぞ。仕事は夕方からだ。五時までは好きにしていて良いぞ。部屋は中にいる相馬君のばあちゃんの節乃が案内してくれる」


 その言葉通り、着物を着込んだおばあちゃんが入り口で待っていた。


「お待ちしておりました。本日は大変ありがとうございます。お部屋はこちらでございます」


 案内された部屋は客間だ。うん、入口を確認したが客間だ。あれ、でも僕たちは従業員としてきたはずだから、それ用の部屋……。


「皆様はお手伝いとして来てくれましたけど、それと同時に、ここにいる間も楽しんでもらいたいので。仕事は大変ですが、せめてもの心遣いとしてこの部屋を使っていただきます」


 ちらりと向けた視線に気づいたのか、そう言ってくれる。


「五時にお呼びします。業務の説明、制服の配布もその時にさせていただきます。それまでごゆっくりお過ごしください」


 そうして、部屋には僕ら五人が残された。


「いやぁ、凄い旅館だねぇ。風情があるねぇ」

「はい、驚きました。二人で経営していると言う物ですから、もう少しグレードが低いものを想像していたもので。はい、びっくりしました」


 さすがに、景色が良い部屋とはいかない。それでも、お客様と同等のサービスが提供されているのがわかる。

 とりあえず、部屋に置かれているお菓子を手に取る。お土産さんで見た、せんべいのお菓子。あっ、美味しい。これ帰りに買おう。

 各々ある程度荷物を纏める。女子は隣の部屋に移動した。京介との二人部屋、来てくれるとは思ってはいなかった。部活とかで厳しそうだけどダメもとで誘ってみたら快諾だったのだ。


「誘ってくれてありがとな」

「いや、僕の方こそ、来てくれてありがとう」

「ははっ、まぁ、お盆だし、練習無いからよ。かと言って、地元に帰る気も無いしな」

「そっか」

「そんな顔するな。お前のせいじゃない」


 京介は笑ってそう言ってくれる。僕のせいだとは思っていない。ただ、自分の行動に後悔を抱かない京介の在り方が、羨ましく思っただけだ。

 さて、そろそろ行かなければ。


「京介、僕はちょっと用事あるから行くよ」

「おう、って、どこ行くんだ?」

「秘密だ」


 外に出て、観光客でごった返す道を抜け、しかし目的地に近づくにつれ人が減っていく。やがて、観光客はすっかり見なくなり、それでも記憶を頼りに進んでいく。


「久しぶり。母さん」


 途中の花屋さんで買った花を抱えて、僕はその場所を訪れた。


「今日からさ、旅館の手伝いするんだ。大変かもしれないけど、やれるだけやってみるよ」


 水をかけて雑巾で拭くだけの簡単な掃除。とはいっても、そこまで汚れていなくて、ちょっと拍子抜けだ。

 どんな風に僕は母さんと会話していたのだろう。それがわからないから、どうしても他人行儀な部分が抜

けない。


「それとさ、迷ってるんだけど、母さんなら、どうする? 弱い僕は、どうすれば今の生活を守っていけるかな」


 駄目だな。一人で来て良かった。こんな姿、みんなには見せられない。あっ、でも乃安に見られたこともあったけ。

 蝋燭に火をつけて、線香をあげる。手を合わせている間、僕は何も考えなかった。


「それじゃあ、また来るよ」


 墓地を出て、見える景色は冬に来た時とは違う。綺麗なのは変わらないけど。


「まだまだ時間あるけど、どうしようかな」


 ちょっとゆっくり帰りたい気分だけど、みんなどうしてるかな。坂を下りて賑やかな方向へ。




 みんないればあの海鮮丼屋さんとか行きたいけどな。まぁ、電車旅も疲れるし、今頃旅館で休んでるかな。何か買って行っても良いけど。

 どこも混んでる。困ったものだ。並ぶ気になれない。


「やほー相馬くん。罰ゲーム中の夏樹だよ」


 とんと背中を叩かれ振り向くと、本当に夏樹。人懐っこい笑顔を浮かべて、そこに立っていた。


「罰ゲームって?」

「ババ抜きで負けたから、何かお菓子を買ってくることになったんだ。相馬くんはここで何してるの?」

「散歩」

「そっか、よし、手伝わせよう。さあ行くぞ、そして私にお菓子を見繕って!」

「コンビニ行くか」

「それじゃあつまらないよ。お土産屋さんで」

「はぁ。この人混みよくもまぁ」

「観光地だもん。醍醐味じゃん」


 夏樹の言葉に従い、僕たちは近くのお土産屋に入る。人が邪魔で商品が見づらい。どうしたものかと背伸びして、どうにか商品を見ようとした時、ギュッと手が握られたことに気づく。


「はぐれないように、ね?」

「……おーけー」


 さらに進んでいく。少しひらけた場所が見え、とりあえずそこを目指そうと歩く。


「あっ、待って相馬くん。ほら、これ。美味しそうじゃない?」


 夏樹が手に取ったそれはイチゴ大福。ここってイチゴ有名だっただろうか、そんな疑問が浮かぶけど、振り払う。わざわざ名産を買わなければならないなんて決まりは無いのだ。


「なるほど、良いね」


 それなら、きっとみんな喜んでくれる。素直にそう思えた。



 「いやー、助かったよ」

「うん」


 外に出ても手は繋いでいる。繋ぐ必要ないよねとは言えないし、振りほどくわけにもいかなかった。


「なんかこうしてると、楽しいな」

「それは良かった」


 旅館街に入ると落ち着いた雰囲気に早変わり。人々は観光に出ている時間帯。時刻はまだ三時。


「ねぇ、相馬くん。このまま行ったらみんなどんな反応するかな」

「どうだろう。実験したいの?」

「やめとく。名残惜しいけど離すね」


 そうして、温もりが離れて、涼しい風が手を撫でた。




 「ただいま」

「お帰りなさいませ。夏樹さんと一緒になったのですね」


 男子部屋に三人。どうしてか京介が腕立て伏せしている。


「七、八、九、十。はい、お疲れ様です、桐野先輩」

「ふぅ。腹筋の次は腕立てか。容赦ないね朝野さん」

「当然です。罰ゲームですから」


 一体僕がいない間に何が……。


「あはは、相馬先輩、一応言っておきますけど、陽菜先輩はこれでも抑えている方ですからね」

「うん。わかっている」


 その後、僕も加わった。幸い罰ゲームを受けることなく済んだが、大富豪はやっぱり苦手だ。





 そして始まった、旅館での仕事。今日泊まるのは三組。宴会場での食事を希望している。少ないように見えるが、結構きつい。

 宴会場の準備を整え、六時、廊下にて一組目が来るのを待つ。来たら案内して飲み物の注文を受け取る。そこまではおばあちゃんがしてくれた。


「ほれ、急いで。生ビール作っておくから他の用意して。あっ、朝野さん、二組目もうすぐ来るから案内お願い」

「お任せを」


 順応が早いな、仕事ができると一目で見抜いたのか、おばあちゃんも躊躇いなく頼んだ。

 えっと、オレンジジュースと、レモンサワー。よし、これか。


「泡消える前に持っていて」

「はい」

「それが終わったら後出し料理ね。温蔵庫から人数分」

「はい」


 なんてこった。思ったより大変だぞ。

 ある程度持って行くものを持って行けば落ち着きはするが、それでも注文を受けるために廊下で待っていなきゃいけない。気を抜く暇なんて無いのだ。

 デザートを持って行ってしばらく、お客様が帰る時は廊下に並んで「ありがとうございました」見送ったら片付けと明日の朝食の準備。

 食器を運ぶのも結構な力仕事。


「乃安は明日の仕込みを手伝っていて、京介と夏樹は食器洗いか。これ、どうやって三人で回していたのだろう。そういえば、去年来た時にいた女の人はどうしたのですか?」

「田舎のおばあちゃんが倒れたとかで、今はいないよ」 


 最後の一組を見送り、片付け。歩きながら眠りそうだ。温泉が恋しい。


「お疲れ、相馬」

「京介、仕事早いな」

「まぁな。野球部の合宿でさんざんやったからな、食器洗い」

「あぁ、なるほど。まとめて食洗器にぶち込めば良いのに」

「汚れがそこまでひどくなければできるけど、油汚れがひどいものとかは落ちないから、それは無理だな」


 次の日の準備が終わる頃には九時を回り、今日の仕事は終わりとなった。




 「これが三日続くのか」

「何だ、一日目でお疲れ模様かよ」


 温泉に肩までつかる。京介はまだまだ元気そうだ。羨ましい。ひたすら食器洗いとか疲れそうだが。

 竹の柵の向こうからは女子たちの楽しそうな声が聞こえる。体力無いのは僕だけか。


「お前、知らない人と話すの苦手そうだからな。余計疲れるだろうよ」

「人見知りみたいに言うな。否定はしないが」


 その日は布団に倒れ込んですぐに寝た。明日は朝食からか。確か、六時には仕事が始まるな。

  

 



 

 


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