表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 夏
98/186

第九十二話 メイドに惑わされます。

 朝、目が覚めた。ベッドからコロンと落ちて冷たい床に身を晒す。頭がぼんやりする。


『私とお付き合いしませんか? 先輩』

「あぁぁぁ!」

「相馬君! どうしたんですか?」

「大丈夫。何でもない。叫びたい気分になっただけ」


 思わずため息をつく。何を動揺しているんだ。冗談に決まっているではないか。扉一枚隔てた廊下では、心配そうな面持ちの陽菜が立っているのは見なくてもわかる。


 暗い夜でも、近くだから見えた。真っすぐ見つめるうるんだ目、つやつやの唇。息がかかりそうな距離で、思わず見惚れた。


「うがぁぁぁぁ!」

「あの、入って良いですか? 何かあったのなら聞きますよ」

「大丈夫だ。陽菜」


 顔を洗って走ればこの悶々とした胸の内は晴れるだろうか。あんな唐突に言われたんだ、誰だって動揺くらいするさ。

 ジャージを着て部屋を出る。案の定、陽菜が立っていた。

「それじゃあ、行ってくる」

「本当に大丈夫ですか? 具合が悪いのでしたら言ってください」

「大丈夫。じゃっ、また後で」


 階段を下りていく。気分転換だ、けれどそんな時に限って、玄関先でばったりと会ってしまう。目を泳がせてしまう僕、いつも通りにこやかな表情の乃安。


「おはようございます。先輩」

「おはよう」

「日課ですよね? いってらっしゃいませ」


 いつも通りの対応にほっとする。昨日の夜は、「考えておいてください」とだけ言われた。あとは僕の返事待ちという事だ。


「迷っちゃいけない案件なんだけどなぁ」


 はぁ、後輩にあっさり惑わされるとはな。簡単な準備運動して、無我夢中にダッシュしていく。神社で止まる気にならず、さらに走って行けば、いつもよりも遠いところまで来ていた。

 河原で風を感じる。火照った体にはご褒美のような涼しさ。それでも晴れない迷い。

 息が整っていく。脳に酸素を回す余裕が出て来る。冷静になって、脳がこの先の行動の判断を下す。


「戻ろ」


 くるりと振り向く。前髪を伝って汗が滴り落ちる。土手の上、ランニングしている人、犬を連れて散歩している人。川に朝日が走る。

 



 「ただいま」

「お帰りなさいませ。随分ゆっくりでしたね」

「うん。ちょっとね」


 今日は特に予定は無い。みんな家でゆっくりしている。二人もいれば、午前中のうちにやるべきことは終わってしまうらしく、テーブルを三人で囲み、その手にはトランプを持つ。


「そういえば、乃安は友達とかと予定は無いのか?」

「それがですね、仲良い子はいないことも無いのですが、個人的に連絡を取り合う子はいないですね」


 あれ、闇に触れた? 困ったように笑う様子にそう思わされた。

 そういえば僕はあまり知らない。乃安が家にいる時以外、どんな風に過ごしているのかを。知らないという事は恐ろしい事だ。知らなければ思い込める、決めつけられる。


「それよりも相馬君、スペードの八、持っていますよね。出してもらえませんか?」

「無理。陽菜がハートの五出すまで止めるよ」

「くっ」


 既に二回パスしている陽菜は出すしかないだろう。あと一回パスすれば負けだ。いや、もう負けは避けられない。

 渋々と陽菜がハートの五を出す。僕はニヤリと笑いながらハートの四を出す。


「あっ、ハートの三です」


 ハートの二と一を持つのは僕。なら僕はハートの二を置く。


「……パス」


 陽菜は負けた。




 夕方、一人僕は散歩に出かける。とりあえず、公園で一人で考えたかった。


「なあなあでうやむやにするのは駄目だよなぁ」 


 一番星、二番星、星が見え始める。ここからは暗くなるまであっという間だ。山に吸い込まれるように夕日は消える。代わりに、月や星が空を照らす。


「わからねぇ」 


 どうしたら良いんだろう。どうして僕は迷っているんだろう。断れば良い、なのに僕は断るというのが嫌だ。

 傷つける事にならないか、とか、そんな事を考えてしまう。


「はぁ~」

「まあまあ、そんな悩まなくても、焦らなくて良いですよ」

「そうか、それは良かった」

「むしろ、真剣に考えてくれているのが嬉しいです」

「いつの間にいたんだな、乃安」


 短いズボンにノースリーブのシャツ。涼し気な恰好をして隣に座っていた。


「陽菜先輩、心配していました。何か悩んでいるのではと」

「うん」

「だから、私は返事を急かしません、ゆっくりじっくり、考えてください。先輩の周り、美人さんばかりじゃないですか。私も、一応容姿の試験、高得点なんですよ」


 それに関しては異論は無い。反論のしようはない。僕が意識しないようにしていただけだ。


「私、思ったんですよ。先輩は今の私のご主人様。先輩が最初のご主人様で良かったって。だから、先輩に

も、私がメイドで良かったって思ってもらいたいなって」

「えっ?」

「さぁ、戻りましょう。陽菜先輩が待っています」


 顔を赤くして立ち上がり、僕にそう促す彼女の手は僕の手を握る。引っ張られるように歩く。


「乃安、僕は君が来てくれて良かったって、思っているよ」

「……私の恥ずかしい台詞、忘れてくださいね。でも、ありがとうございます」


 するりと手が離れ、それでも二人並んで歩く。その時気がついた。あれ、わりとあるぞ。京介よ、乃安は着痩せするタイプだ。


「どこ見ているんですか? 先輩。私のなんか見てもつまらないですよ。布良先輩とかの方が迫力ありますって」


 聞いたことがある。胸の大きさの基準は、男女でずれがあるという事を。なるほど、本人は自覚していないパターンか。 

 って、何を考えているんだ僕は。


「はぁ、僕は駄目だ」

「急にネガティブにならないでください」


 雑念に雑念を重ねて、一番重要な問題から目を逸らす。そんなことが許されて堪るか。こんなので、付き合い直すなんてできるわけがない。

 だからと言って、妥協するかのように乃安と付き合うのも乃安に失礼だ。

 そうこうしているうちに、家に着いてしまう。結局、結論なんて出ないままだ。


「おかえりなさいませ」

「ただいま。ごめん、遅くなった?」

「全然です。むしろ丁度良いくらいですよ」


 陽菜はいつも通り、僕を受け入れてくれる。今はそれが苦しかった。


「さぁ、夕飯にしましょう。今日はですね、ひっぱりうどんってご存知ですか? 茹でたうどんを納豆と鯖を混ぜたもので食べるのです。簡単なものですがきっとおいしいですよ」

「うん」


 箸を手に取り、いただきますは三人で。麺を取って納豆と混ぜてすする。


「って、うまっ!」

「ありがとうございます。麺から作った甲斐がありました」


 さっきまで感じていたもやもやしたものは何処へやら。案外僕は単純なのかもしれない。

 今の生活は確かに楽しい。一緒にいるのが苦ではない、いや、一緒にいたい人といられる生活がつまらない筈が無い。

 あぁ、そっか。無理に選ばなくて良いじゃないか。今の生活を守ろう。それが僕のやるべきことだ。


「どうかされましたか? 相馬君」

「ん? なんでもない」

「そうですか。今、とてもすっきりしたような顔していたので。何か良いことでもあったのだろうかと」

「まぁ、間違ってはいない」

 そう、間違っていないはずだ。選ばないことを選ぶ。これがきっと、誰も傷つけない。そんな答えだ。

 




 「もしもし、布良先輩、唐突にどうしたのですか?」

「んー、ほら、進捗はどうかなぁって。乃安ちゃん、お付き合い申し込むとか言ってたじゃん」

「そうですね、陽菜先輩は気づいていないようですよ」


 三人で過ごした賑やかな空間から一人、私は自宅であるアパートに戻る。相馬先輩は引き払って家に来たら良いのにと言うのだが、私はそうしない。そうしたら、駄目な気がする。


「んー、そっか。そうなんだ。ふーん。陽菜ちゃん、油断大敵だよぉっと。じゃあ、私が取っちゃっても文句言えないよね」

「あれ、何で布良先輩まで?」

「あれ、言って無かったけ? 私の好きな人」

「……結構罪な人ですね、相馬先輩」

「そうだよー。でもね、どうしてかな、放っておけないんだよね、相馬くんって」

「その気持ちはわかりますよ」


 簡単に崩れちゃいそうなくらい脆いのに、大丈夫なふりして飄々と振る舞って、実は無理をする。怖いのに怖くないふりをして向かっていく。一度気づいてしまうと、気にせずにはいられない。そんな人だ。

 電話の向こうの布良先輩の表情を想像する。いつもの人懐っこい笑顔を浮かべているのか、それともたまに見せる儚げな笑顔か。


「でもさ、乃安ちゃんってさ、うん、やっぱ今の無し」

「言いかけた事ならちゃんと言ってくださいよ」

「うーん、聞くのは野暮かなって。相馬くんの答え次第だよ、この質問がちゃんと聞かれるのは」

「はぁ、まぁ、良いですけど」

「そういえばさ、明日でしょ、旅館」

「そうですよ。準備は終わりました?」

「うん。もっちろんだよ」


 部屋の隅に纏められている旅行鞄をちらりと見る。来るのは五人。私と、相馬先輩、陽菜先輩、布良先輩、桐野先輩。


「そろそろ寝なきゃ駄目ですよ。明日は早いです」

「そうだねぇ。じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 ごろんとソファーの上に横になる。今日はこのまま寝てしまおう。ちらりと頭に浮かぶ相馬先輩のこと、私のしている事は陽菜先輩に対する裏切りに当たるのか。いや、陽菜先輩のことだ、怒らない。陽菜先輩の言う事なんて、簡単に想像がつく。


「それじゃあ、駄目なんですよ。先輩」


 ソファーで寝られるように用意してある掛け布団をかけて、そのまま私は明日に備えて眠った。


 

  

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ