表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 夏

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/186

第九十一話 後輩メイドと夏休み。

 「それでは。乃安さん。後はお願いします」

「はい、お任せを」


 そんな力強いやり取りの元、陽菜は送り出された。どうやら夏樹と出かけるらしい。


「二人きりですね、先輩」

「意識させるな」


 そうして、後輩と二人、初めてでは無いが、休日を過ごすことになった。




 「先輩は、いつになったら陽菜先輩とお付き合いし直すのですか?」

「知ってるやつはみんなそれ聞くな。ほれ、フルハウス」

「えっ、ズルいです。どうして五連敗……」


 アイスティーにスコーン。手元にはトランプ。乃安、運悪すぎ。僕より悪い人、初めて見た。


「って、話し逸らさないでください。もしかして、もうその気は無いとか?」

「無いという事は無いけど、タイミングが……」

「まぁ、話しすら出さない陽菜先輩も陽菜先輩ですけど。らしくないですねぇ、先輩。もたもたしてるなら取っちゃおうかな」

「えっ?」


 チラチラと意味ありげな視線を送ってくる。あれ、なんだこの変な気分は……。


「ふふっ、陽菜先輩を」

「そっちかい」

「期待しました?」

「少し。というか、居づらくなかったのか?」

「全然です。お二人がとても親切にしてくれたので。それに、私はお二人が仲良くしているのを見るのは、とっても好きですよ」

「乃安は、陽菜が好きなんだな」

「そうですよ。今更ですか?」


 乃安の笑顔は、とても魅力的だ。僕も思わず笑顔になる。そんな笑顔だ。

 付き合い直す、それ自体に異論は無い。だけど、このままでは駄目だと言う漠然とした感覚は残っている。このまままた同じ形で付き合い直すのは違う気がする。


「そういえば、陽菜先輩お出かけしているじゃないですか、私たちも行きません? お出かけ」

「えっ? でも蒸し暑いし」

「良いから良いから、行きましょう」




 暑い、暑い。隣でピンクのフリフリのスカートに白い半袖ブラウス、カンカン帽、とても女の子らしい恰好をした乃安に連れられ、どこに行くのやら。


「ちょっと気になるお店がありまして。一緒に来てくださいね」

「はいはい」


 目の前をふわふわと長くまとめた髪が揺れる。何となしに手を伸ばし、その感触を確かめて。


「えいっ」

「わぁっ、ちょっと何するのですか! 私の髪に恨みでもあるのですか!」

「つい……」

「つい、ですることじゃないですよ! もう、何で先輩方はこうも私で遊ぶのですか?」

「なんでだろうね。なんというか、おしゃれだね」

「今更褒められましても。陽菜先輩も結構おしゃれな服着ていたと思いますけど」

「あれ、僕が選んだやつ」

「えー、先輩ですか? なんというか、趣味駄々洩れですよ」

「わかるかー、わかるよなー」


 思わず見上げた空は叫びたくなるくらい広い空。そりゃそうだ、気がつけば僕は山を登っていたのだから。こんな所にまで来て行きたい店とはなんだろう。


「先輩って、ちょっと幼めな女の子が好きなんですね。服装もそれに対応した感じで」

「はっきり言わないでくれ」

「となると、陽菜先輩より背が高くなってしまった私では……それとも後輩属性という事で射程範囲ですか?」

「ノーコメント。そういえば、伊達眼鏡、今日はつけてるんだ」

「どうです? 似合います?」

「似合うとは思うけど」


 木々の匂いが強くなる。青臭いが、決して嫌な匂いではない。命がある、そうはっきりとわかる匂いだ。


「そろそろ着きますよ。ここまで歩けば結構美味しいですよきっと。はい、ここです。ソフトクリームです。お勧めはサクランボ味とのことで」


 山の中にお土産屋さんが並んでいる。ここだけ小さな町のようだ。その中の小さめな店に小さな行列。一緒に並んで、出てきた二つのソフトクリームは綺麗なピンク色。耐え切れなくなり、思わず思い切りかぶりつく。口の中に広がる冷たさと爽やかな甘み。なるほど、これが食べたかったのか。


「でも今から降りるのか」

「当たり前じゃないですか。山は登ったら降りるものですよ」






 夕焼けと一緒に、足に疲れを感じながら、後輩との休日の終わりを告げる、蝉の声が鳴り響く帰り道を歩く。

 乃安が隠し持っていた水筒二本。その中身もほぼ空だ。


「ふぅ、着きましたね。さて、夕飯の準備しないと」

「大丈夫?」

「大丈夫です。仕込みだけはしておきました。今日はですね、夏でも食べやすいものですよ」


 家の扉を開けると、待っていたかのように陽菜がリビングから現れる。


「お帰りなさいませ。出かけてたんですね」

「ただいま、陽菜」

「乃安さん、夕飯、お疲れでしたら代わりますよ」

「大丈夫です。仕込みは済んでいるので」


 出てきた料理は冷やし茶漬けだった。


「夜にこれというのも、なかなか良いものですね」

「だね」


 さっぱりしていて、疲れていてもどんどん食べられる。出汁が効いていて美味しい。


「それで、今日はどちらまで行かれたのですか?」

「山に登ってソフトクリーム食べてきた」

「山にまで行ってですか?」

「うん」

「今度行ってみたいです。そういえば、夏樹さんに服を選んでもらったのですが、見てもらっても良いですか?」


 そういえば、リビングの隅に結構大きな袋がある。気になってはいたが、最近陽菜の服買いに行っていないことを思い出した。


「ちょっと待ってくださいね」


 袋の中からまた別のロゴの袋がマトリョシカの如く。客が別の会社の買い物袋持っていたら、大きめの袋に纏めてくれるという。客は一つにまとまって楽になり、店側は宣伝の助けになるという相互メリットが発生するとのこと。

 結構な量を選んだなぁ。

 そうしてしばらく、着替えてきた陽菜が現れる。


「ど、どうですか?」


 今まで選んだことの無い、大人っぽい印象。あぁ、こういうのもありだなぁ。これは一本取られた。素直にそう思わされた。

 ロング丈のデニムシャツを羽織っているが、中の白いワンピによって暑苦しい印象を与えることなく、夏服としてしっかり機能している。


「グッドです」

「ありがとうございます」


 実際、接し方は今までと変わらない。そう、戻って来れたんだ。京介は過去を捨てて、僕は一つの関係の在り方を捨てて。




 夜中、一人こっそり家を抜け出し、小さな庭に、木刀一本持ち出て来る。

 突然目が覚め、その瞬間、脳に何か電流が走るように閃く。僕の中の答え、僕が許せない自分。

 構えて一振り。夜の闇を切り裂くように。もう一振り、自分の中の何かを打ち砕くように。考えすぎる自分を窘めるように。

 一振り、二振り。すっかり手に馴染んだ木刀は良く言う事を聞く。横薙ぎ、唐竹、袈裟斬り、突き。仮想の敵を想定した一人稽古にいつの間にか変わっていた。僕はその目の前の敵に一太刀すら浴びせられない。綺麗に防がれ、捌かれ、逆に打たれる。


「はぁ、はぁ」


 強くなりたい。捨てなくてもよくなるように。僕は捨てなきゃ強くなれなかった。背負うものが何も無い、身軽な状態で、ようやく乗り越えられた。


「くそっ」 


 今ならわかる。陽菜にどれだけ支えられていたかを。支えてるつもりなだけだった。


「何しているんですか、先輩」

「あぁ、乃安か。起こしちゃった?」

「えぇ、起こされました。庭先でごそごそされたら気づきますよ。陽菜先輩には来ないように言ってあるのでご安心を」


 肩にかけたタオルで汗を拭く。気まずくなって下を向く。

 あぁ、そういえば、乃安に泊まっていってはとか陽菜が言ってたなぁ。今さら思い出した。

 息を整える。頭が冷えていく。


「わかりますよ。焦るのは。自分の至らなさに気づいて、成長を急いで、色々頑張っちゃうのは」 

「うん」

「上を見過ぎるのは、疲れますよ、先輩」 


 暗闇でもわかる。きっと、困ったような笑顔だ。


「ダサいかな?」

「全然です。頑張るのは良いことですよ。ただ私が言いたいのは、頑張り過ぎて、大事なことを見逃さないでくださいという事です」

「それはどういう……」

「さっ、先輩。着替え用意しますので、お風呂に入ってください。そして寝ましょう」

「後輩に窘められるなんてな」

「あはは、そんな時もありますよ。私と先輩は、歩んできた人生が違うのですから。お互い、わかること、知っている事があって、教え合うのは自然なことです。なので、そんな顔しないでください。陽菜先輩には、見せられないでしょう」


 ぽたぽたと汗が滴り落ちる。熱帯夜とはいかないけど、この夏は僕の身を暑くする。空は広く、天の川が珍しく町中でも見えた。

 手の中で木刀をくるりと回して家に戻る。時計はてっぺんを回り既に今日は昨日になっていた。

 玄関に立っていた後輩は背伸びをすると頭にポンと手を乗せる。


「先輩、いつまで情けない顔してるんですか?」

「うーん、しばらくは立ち直れないや」

「じゃあ、そうですね。では、私とお付き合いしませんか? 先輩」

「……はい?」


 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ