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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 夏

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第九十話 狂犬の名前を捨てた日。

 「大変、申し訳ありませんでした」

「いやまあ、実家が大変だって聞いたからね。わざわざお父様が挨拶に来てくれたし。次は事前に連絡してくれよ」

「はい!」


 野球部の面々を前に、土下座を敢行する京介を、グランドの外、木の陰から陽菜と夏樹と入間さんと眺める。


「いやー、大丈夫そうですね」

「うん、入鹿ちゃんの言う通り」

「桐野氏のお父さん見かけたので。こうなるだろうなぁと」

「それもありますけど、凄い迫力ですね、土下座」

「そうだね。圧倒されちゃってるよ」


 謝罪とは思えない。土下座という名の新たな脅迫にすら見える。


「まぁ、終わりよければすべてよし。相馬くんもお疲れ様」

「うん、疲れた」


 京介のお父さんが何を話したかはわからない。欠席も全て公欠扱いになったと言うし。何が何だかと言った感じだ。


「まぁ、丸く収まるなら良いことか」


 そう、丸く収まった。土下座謝罪した京介を待っていたのは心配の声だった。しかし、こうなったのも日頃の行いもあったのだろう。

 そうして、恐れていた事は起きず、日常に戻る事を許された。

 今も目の前でいつものように練習を始める。暑苦しい光景ではあるが、表情は清々しいものだ。



 そうして、七月の終業式。テストもみんな何事も、いや、京介は補習受けてたな。 

 そんな事があった、夏休みに入った初日の事。僕は一人、神社の境内に立っていた。待ち人もすぐに現れた。駐輪場にバイクを停め、肩を回しながら現れる見慣れたその姿。ニヤリと笑うと手を上げる。


「呼び出して悪かったな」

「良い。それよりも、始めよう」

「何だよ。要件わかってんのかよ」

「あぁ。だから、僕も本気で行くよ」

「あぁ、頼む」


 そうして始まった僕と京介の戦いは、手加減無し、お互い全力だ。変わらずのノーガード戦法で突っ込んでくる。重戦車のような。

 対して僕は避け続けるだけ。持ってきた木刀を盾の代わりとして使う。間合いとはそういう物。広い方が有利なのは当然だ、しかしその分手元がお留守になるのが弱点。ならば僕は木刀を盾として使う。持ってくる意味が無いように見えるだろう、

 しかし拮抗した状態が続けば、その瞬間が訪れる。

 お互いが離れた一瞬。そこを逃さない。手加減はしない。完璧な体勢から放たれる一撃を、そのわき腹に打ち込む。

 時が止まったかのように思えた。必死に踏ん張ろうと、しかしそれでも膝をつく。膝をついてなお、その目は闘志を失わない。


「まだやるか?」

「いや、良い。俺の負けだ。一撃も当てられなかった上に、膝をつかされた。油断も手加減も無いお前に負けたんだ。これ以上やっても無駄だろうよ」

「そうか。これで良いんだな?」

「あぁ、俺の引退試合も終わりだ。最後の最後にお前に負ける。それが俺の幕引きだ。付き合ってくれてありがとよ」

「良かったのか? 勝ちで締めなくて」

「いや。俺は過去を捨てる。今までの俺を否定することになろうとな」


 手を借りず、立ち上がる京介に後悔の色は無い。調子を確かめるように体のあちこちを動かす。そうして

向き直るとにかって笑う。


「過去は捨てられないって言うだろ。でもよ、違うと思うんだ。それはそいつが捨てなかった過去にたまたま俺がいただけだって。俺は捨てる。もう振り返るつもりなんて無い。昔の、狂犬と呼ばれていた俺はもうどこにもいない。今ここで負けたことで終わりさ」


 自分勝手だろ、と笑い。じゃあなと手を振ってバイクに乗って帰って行く。朝練休んでまで来たのに、あっさりしたものだ。京介らしいといえば京介らしいが。


 そうして誰もいなくなった境内、ぐっと伸びをして朝の空気を思いっきり吸い込む。


「陽菜、いるんだろ」


 多分、いるんだろうなぁという期待を込めて言ってみる。もしいなくても、この時間なら恥ずかしくない。


「はい、ここに」


 木の影からするりと現れ、ペコリと一礼。

 差し出されたタオルでいつの間にかかいていた汗を拭く。早朝なのに、もう暑い。


「飲み物もどうぞ」

「サンキュー」


 帰りは歩くか走るか。いや、歩こう。今日は楽をするべき日だ。


「どうした? あぁ、銃刀法違反だからな、さっさと仕舞わないと」

「その木刀……派出所のですか?」

「うん、結城さんに借りた」

「ほえ? 真城が、ですか? えっ、だってそれ。とても気に入っていた物ですよ。それを……」

「陽菜が結城さんをちゃんと名前で呼ぶの、初めて聞いた」

「そんな時もありますよ」

「普段から呼べば良いのにな。そっか、お気に入りか、ならちゃんと返さなきゃな」

「そうですね」 


 ちなみに、夏休みの宿題は終わった。今年は三人でせっせと頑張った。去年がおかしいのさ。宿題とは自分でやるものだ。

 


 

 「こんにちは、夏樹、入間さん」

「おっ、本当に来てくれた」

「やほーですよ」


 入間さんと夏樹の二人。陽菜はいない。どうしてか僕だけ呼ばれた。


「さぁ、どうぞ。こちらから呼んだのですから。最初の一杯分くらいこちらで持ちましょう」

「ど、どうも」


 ログハウス風の喫茶店、アイスコーヒーの氷が窓からの光で怪しく光る。二人は結構前に来たようで、パフェを食べた形跡が見られた。


「それで、どんな用事?」

「陽菜ちゃんと別れたの?」

「何で知ってるの?」

「噂です」


 どこから漏れるんだよ。誰にも言って無いぞ。


「わかる人にはわかるんだよ。女の勘」

「勘で噂になるものかな」

「あっ、そういえばそうだね。さすがに無理があったか。まぁ、ほら、陽菜ちゃんから聞いたんだよ、お泊まりした時。そっか、まだ別れたままなんだ」

「それで、日暮氏はまた付き合う気はあるのですか」

「あるけど、タイミングがね。あっ、すいません、コーヒー、アイスでお願いします。それとチーズケーキを一つ」


 注文したメニューはすぐに来た。いつだったか、陽菜にここのは美味しいと聞いていた。

 そして、その言葉通り、美味しい。


「日暮氏は、何というか、受け身ですね。いつも」

「否定はできないかな。確かにそうだ」

「それに、恋人同士は別れるとすぐに噂になるものですよ。公表していなくてもです。それなのに、二人に関しては誰も気づいていませんです。まぁ、二人は公然とあまりイチャイチャしないのもあるとは思いますですけど」


 公然とイチャイチャね。うちのクラスにもカップルはいる。休み時間になるとずっと手を繋いで座って二人だけの空間を作ったりしているが、正直やめて欲しい。見ているこっちが恥ずかしくなる。この間破局したらしいが、かなり壮絶な喧嘩になって、その険悪ムードはクラス中に広がった。


「日暮氏達は、良くも悪くもさっぱりしていますですよね。外から見ていてです。危うく見えていました、入鹿にはです」

「僕は……僕は。それでも、ごめん、はっきりと言えないけど、うん。ごめん。言葉が見つからない」


 もやもやした何かが生まれた。それはただ漠然とした、このままでは駄目だと言う、それだけのもの。グッと握り拳を作る。

 話題が尽きて、沈黙が場を支配する。氷が解けて、それに合わせてスプーンがすとんとコップの縁にぶつかる。


「そういえば、お盆の辺りになるんだけど、僕のおじいちゃんが経営している旅館、人手が足りなくてさ。手伝い、来れる?」

「良いよ。私行ける」

「入鹿は残念ながら、親戚一同の集まり、毎年恒例なので」


 この会話が、この珍しい組み合わせの会合の締めになった。

 電車を降りて駅を出ると、唐突な大雨。走って帰るか、すぐ止むだろうから少し待つかの選択を迫られる。京介はどうなっただろう。練習はちゃんと出たのだろうか。それが急に気になった。

 いや、大丈夫だろう。あいつは、やることはちゃんとやる。駅のベンチに深く腰掛け、待ちの姿勢、ぼんやりと辺りを眺める。

 鞄を傘代わりに駅に駆け込んでくるスーツ姿の人々、折りたたみ傘をちゃんと持ち歩いている学生、雨合羽をマントのようにはためかせ自転車で疾走する人。雨は町の表情をあっさりと変えた。

 そんな中、表情を変えずに、一人で二本の傘を持つ影がこちらに向かって歩いて来た。見慣れた無表情はこの雨に乱されることは無かった。


「お迎えに上がりました」

「よくわかったね」

「夏樹さんから、『相馬くんに旅館バイト誘われちゃった、陽菜ちゃんも来るでしょ? 楽しみ~』とメールが来たので、そろそろ帰って来ると推察できました。夕飯、そろそろできますから、帰りましょう」


 二人、雨の街を歩く。傘を打つ音はリズミカルだ。光を乱反射して地面に落ちる様はただ眩しい。

 今日は色々あったな、疲れた。一行日記の宿題がもしあったら、そう書くと思う。

 雨が降った次の日は蒸し暑い。明日は外出を控えよう、そう決めた。

 

 

 

  

 


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