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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 夏

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間話 メイド派出所のお正月。

 派出所の年越しの準備は忙しい。クリスマスの片づけを終わらせてすぐに、全員がいくつかの部屋に別れて座る。

 目の前にははがきの束と色鉛筆。そして筆ペン。

 メイド長の出すはがきを絵ハガキに仕立て上げ、そして宛名書きをするのだ。さらに簡単な挨拶も。全員でするから一人頭の数が少ないのだけが幸いだ。

 さらさらと鏡餅と今年の干支の動物を書く。もう一枚には富士山と二羽の鷹。あと三つの茄子と干支の動物。


「乃安、絵、上手いな」

「あはは、陽菜お姉さまのおかげです。結城先輩はどんなの書きました?」

「あぁ、メイド長がお前は書くなだと。だから郵便局までの運搬があたしの仕事」


 そういえば、結城先輩は字が芸術的と言うかなんというかって感じだったような。


「まぁ、体を動かすのは私の得意なところ。車でもバイクでも何でもござれさ」


 しかし疲れてきた。一定のクオリティを保ちながらも、違うデザインを考え続けるのは手よりも頭が疲れる。思わず欠伸が出てしまう。


「ふぁぁぁ」


 受験勉強の合間を縫っての参加で、枚数を少なくしてもらっているのが幸いだ。

 残りの三枚にもさらさらと簡単な絵を描いて提出用の箱に入れて部屋を出る。あとはお雑煮の仕込みをやって今日の私の仕事は終了だ。

 メイド候補生からメイドになり、メイド長からの最初の指示を受けて。それの遂行を目指して淡々と日々を送る。

 高校の予習も並行してやってはいる。一度勉強したことを復習するのも結構楽しい。思い出すのは夜な夜な部屋でお姉さまに教えてもらう事。褒めてもらえた時が何よりもうれしかった。教える時は厳しく、それでも褒める時はしっかりと褒めてくれる。

 蒸気を高らかと上げて餅が中で躍動する。面白い光景だと思う。そう言えば、切り餅一つでご飯茶碗一杯分。えっと、つまり私が昨日夜食として食べた磯辺焼きはご飯三杯分。恐る恐る自分のお腹に手を伸ばす。


「いや、やめておこう。それに、結城先輩からの稽古もちゃんと毎日受けているのだから」


 うん、むしろ筋肉が付き過ぎないかが心配だ。

 正月に出て来る料理の中で何が好きかと言われれば、お雑煮と磯辺焼き。納豆餅とか黄粉餅も好きだけど、やっぱりお雑煮の方が好きだ。だから私も楽しく作れる。


「おっ、やってるね。どれ、私も手伝おうか」

「えっ、メイド長。熱いですよ、お餅は」

「なに、この程度、書類仕事の息抜きには丁度良い」


 材料を刻んでいる後ろで、餅がちぎられていく。


「ふぅん、手慣れたものじゃないか乃安。まぁ、腕に関してはこの間の試験でしっかり見せてもらったから何の心配もしていなかったけどね」

「あはは」

「ほれ、置いておくよ」

「ありがとうございます」


 鶏肉にごぼう。そしてお餅。今日はお正月前の試し作りで本番は明日。今日はまた別の物を作らなければならない。


「メイド長も食べますか?」

「あぁ、頂こう」


 温かい。そして、お餅は良く伸びる。これなら出せそうだ。


「うん、よくできてる」

「ありがとうございます」

「今日は蕎麦かい? 楽しみにしてるよ」





 さぁ、てと。麺は準備されている。今日は仕事が終わったら全員に自由時間が与えられた。去年はお姉さまが、今年は私が。年越しそばの準備をする。


「うわー、エビがいっぱい、ってあれ? 皮が剥かれて背ワタも取られている」


 年越しに蕎麦を食べる理由、諸説はある。細く長くだとかそんな。ただ私が知っている中でも、一番推したいのは蕎麦は江戸時代のファストフードであり、借金は年が変わると返さなくてよくなる。故に、借金取りから逃げ回る時、すぐに食べられる料理として食べられていたというものだ。

 温かい蕎麦の上にエビ天を二本。長寿のシンボルだとか。


「よし、できた」


 人数分の年越しそば。


「できましたー」


 みんなが集まれる談話室。そこではなにやら戦争が起きていた。


「ここは、紅白を」

「いいえ、二十四時を」


 リモコンを中心とした争い。チャンネル闘争はこの時期はお約束だろう。


「あのー。お蕎麦食べませんか?」

「食べる。けれど、私はお風呂入る前に見なきゃいけないの。あのステージを」

「新年は笑って迎える者でしょう? 真城先輩」


 あぁ、結城先輩と東雲先輩が、敵同士だなんて。

 普通に取り合うだけなら結城先輩に軍配が上がる。でも、そうはならないのがこの二人。どうしてか手が出る前に決着がつくのだ、

 天ぷらのサクサク感が無くなる前に食べる。あっ、やっぱり良い素材使うと美味しい。エビもプリプリしてて良い。

 蕎麦の香りがふわっと鼻をくすぐる。我ながらよくできたなぁ。

 気がつけばテレビの中では芸人達が笑いの戦いを繰り広げていた。特徴的なBGMと共に罰ゲームを受けるその様子はもはや大晦日の恒例とも言えるだろう。

 談話室の中心はリモコンからこたつに戻る。あっ、これは人が駄目になる奴だ。ぬくぬく。

 



 夢を見た。お姉さまと二人、黙々と包丁を振るう。


「乃安さん、こうですよ、あっ、手、危ないです」


 居残りで練習する私の横、手本を示しながら私に教えてくれる。


「ほら、こうすれば、綺麗に。後は尻尾を切ってください」

「はい」


 その後、どうにか完成したエビの天ぷらを二人で食べた。夜中に少し重いかなと思ったけど、それよりも頑張った成果を確認できた、それが嬉しかった。



「乃安、ほら起きろ」

「うん? はい?」

「年ならとっくに越したぞ」

「へ? あれ? 私炬燵で?」

「おう、寝てたぞ。全く、人を駄目にするなぁこいつは」


 炬燵の机に腰を掛け、私を見下ろす結城先輩、そういえば気になっていた事を聞かなければ。


「エビの下ごしらえしたの結城先輩ですか?」

「んあ? あぁ、メイド長だよ。あの人、気を紛らわすためにたまにキッチンに立つんだよ」

「そう言えば、そんな事言っていたような」


 大きく欠伸。明日はおせちとお雑煮。お汁粉も食べたいから明日作ろう。


「お餅食べたい」

「食べるのは結構だが、ほっぺぷにぷにだな」

「へ?」


 つままれる頬は餅のように柔らかいのか、むにむにと遊ばれる。


「明日から少し増やすか? 肥えた分減らしたいだろ」

「……はい」


 大きく伸びをして、外に出る。遠くから除夜の鐘が聞こえる。ゴーンゴーンと、深みのある音。あれ、楽しそうだなと思う。全力で振るってみたい。

 代わりに手のひら大の雪の球を思いっきり空に投げる。寒空を切り裂くように飛び上がり、そして落ちて来る。パンと音を立てて雪球は砕け散る。


「あっ、でも胸に付くなら減らさなくて良いかも」

「お前な。いや、まだ希望がある年齢なのか。うーむ。あたしはそれくらいで成長止まったからなぁ」

「またまた、成長はひとそれぞれですよ。現に私、背が伸びました」

「そうか、楽しみにしてる」

 





 「乃安、本当にその格好で行くのか?」

「はい、イメチェンです!」


 キリッと眼鏡の位置を指で直す。一度やってみたかった。伊達眼鏡だけど。

 スカートは少し短めにして。伸ばした髪を一本に束ねる。地味なのかイケイケなのかよくわからないというのがポイントだ。


「陽菜先輩に早々に気づかれたらつまらないですから。ね?」

「ああ、そうか。止めはしないよ」

「乃安さんが着く頃には荷物は届いているはずなので。安心してアパートに行ってください。それからは入学の準備を優先ですよ」

「はい。頑張ります」


 そうして、私は派出所を出る。もちろん高校は合格した。倍率が発表された時はちょっと緊張したけど、それでもどうにかなった。雪がまだ残る山の中の私の故郷を歩いて後にする。伝統で、派出所から巣立つ時は徒歩で出て行く。そして駅まで行く。派出所から出るのは初めてでは無いけど、ちょっとドキドキする。

 朝野先輩、今あなたに会いに行きます。

 



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