第八十六話 狂犬物語 2
その次の日は、俺は後輩に連れられ、一年前のように様々な奴らと拳を交えた。昼間からゲーセンに籠らされ、喧嘩売って来た奴は片っ端から殴り倒した。
「おい、どういうつもりだ、来て欲しい所があると言われて来てみりゃ、ゲーセンでポチポチ遊ぶだけかよ」
「まぁまぁ、さぁ、次は勝ちますよ」
後輩が操作するキャラ、初心者向けのキャラ。行動は予想しやすいから簡単に倒せてしまう。
「はぁ」
つまらん。勝利演出も見飽きた。立ち上がり、出口へ向かう。
「あっ、ちょっと待ってください。先輩!」
「うっせぇな。やってられっか」
「あっ、明日、そういえばリーダーが隣の県の族を潰しに行くとか。行きましょうよ」
「行かねぇよ」
「まぁまぁ。お願いします」
しつこくまとわりつかれるのも面倒だと渋々付き合ってはいたが、隣県の族を潰しに行くのを定食屋で飯食いに行くのと同じ感覚で言うとはな。
「四輪何台ある? 突っ込ませろ」
「はっ?」
「さっさとしろ!、ぶちかませ!」
「はっ、はい!」
結局先頭に立ってバイクを運転し、指示を出して警察の妨害を突破する。俺らが来たのを察知した目的の奴らは県境を超えてすぐに正面から突っ込んできた。
車が燃えた。角材やら鉄パイプやら振り回す奴らはバッドで殴り倒した。勝ったのは俺たちだった。
敗残兵はみんな逃げた。雄たけびを上げる奴らを遠巻きに眺める。警察が来る前にトンズラするのが俺たちのやり方だ。倒したのならさっさと帰る。
家に帰ったのは日が沈んでからだった。正直疲れた。気が進まないことはやるものじゃない。
次の日は後輩に会わないように学校に入った。
「よーすっ、京介さん。昨日は活躍されたようで」
「ふん」
「どういう風の吹き回しですかぁ? しばらくは抗争にも参加しなかったてのに」
「知るか」
「まぁ良いっすけど。今日は臨時休業。昨日は結構ぶっ飛んだ人もいるらしいっすから」
「そうか」
同じクラスだったか、そいつは校舎を出て行く。俺に会いに来ただけなのかそうなのか。知らないしどうでも良い。
「京介ぇ!」
「何だ?」
「ここで死ねぇ!」
「うっせぇな」」
振り下ろされたバッドを避け、振るった腕をそいつの横っ面に叩き込みそのまま腹に蹴りを入れる。
「ぐはっ、てめぇ」
立ち上がろうとするが腹の痛みに耐えられず立ち上がれない。正直、意識があるだけでも驚いてはいる。
最初からネジがぶっ飛んだ状態で挑むやつは大抵そうだ。一撃では沈まない。理性が消し飛んでいるから恐れも無く突っ込んでくる。そういう奴は手強いからなるべく相手したくない。
そして人がそうなるのは、負けたからリベンジとか、後輩がボコられたから代わりにお礼参り何てレベルではない、もっと強い何かが原因だ。
結局、覚悟はあっても強さが足りなかった。そいつはもう一発強めのを叩き込んだら沈んだ。
「何なんだよ」
無駄な時間を使わせやがって。俺が何したってんだ。
その日はそのまま帰った。あの後輩も今日は現れなかった。
その次の日も、俺はギリギリ成立している授業を聞き流して過ごした。抗争が激化しているのか、どいつもこいつもどこかに出張っている。近いうちにパワーバランスが変わるだろう。
今更ながら俺はどうして不良になったのだろう。実際、今の一年は不良の方が少数派で、授業が普通に成り立ち、成績も県内でも上位の方に行く優秀な生徒の集まりだと聞いた。もし一年遅く生まれていたらとは考えない。
こうして後悔のような感覚に囚われながらも未だに足を洗いきれないそんな自分にうんざりする、
「京介さん、どうも」
「どうした、リーダー。ここは二年の教室っすよ」
「あぁ、知っているとも。懐かしい、僕もこの教室だったような。あまり出席していなかったから定かでは無いが」
冷静に話そうと意識して言葉を選んでいるように、あとで考えるとそうだったのだろう。その時の俺は気づきもしなかったが。
「京介さん、今日はお暇で?」
「いつも暇っすよ。抗争でも忙しいんすか?」
「あぁ、海沿いの工場の方でね。ここを乗り切ればしばらく安泰だ。奴らが最大勢力を集めているらしい。そこに奇襲をかけようかと」
迷った。行くか行かないか。
「頼む、ここは最大戦力であるお前が必要なんだ」
「わかりました。行きましょう」
潮風を感じる。既にうちは全員集まっている。
「行くぞ!」
リーダーの掛け声とともに廃工場に突入した。
「ん?」
違和感、誰も殴り合いを始めない。確かに中には武装した集団がいた。しかし誰もそいつらに殴り掛からないのだ。
「桐野京介はいるのかな?」
上を見上げる。こちらを見下ろすやつ、名前は知っている。萩野。西校のトップ。
「いやはや、こうもあっさり網にかかってくれるとは」
「どういう意味だ」
「そのまんまさ。今君の周りにいる奴は全員敵。オーバーキルかもしれないが、これくらいの数を君のために用意させていただいた。県内最大勢力の最大戦力とうちの最大戦力。これでもって君を潰させていただく。恨んでくれるな。僕とてプライドがある。僕の策を正面から打ち破った君にリベンジしたくてね。丁度君に対する不信感が蔓延していたから彼らは協力してくれたよ」
俺が参加しなくなり、しばらく、そのタイミングで売られた西校との抗争、そこで行われたのは喧嘩ではなく話し合いだった。萩野から俺を倒した暁には傘下に入ると持ち掛けられたらしい。その日は何もせず引き下がり、話し合い。
「笑えるぜ、拳で語り合うしか能がないかと思いきや、まさか俺一人の処遇のために頭付き合わせて話し合いとは」
「この間の抗争、お前の指示で突っ込んだ奴、軒並みぶっ飛んだ。お前、俺らの事なんだと思ってんだよ」
「てめぇいなけりゃもっと犠牲を減らせたかもしれねぇ」
そんな声が後ろから聞こえた。
「どうだい、君は強い、けれど君に従う奴は誰もいない。あははっ! 笑える」
殺気渦巻くこの空間で俺は一人だった。
この夜の出来事は伝説として語られたらしい。「不死身の狂犬五百人狩り」。英雄譚のように語られているが、そんな華々しい物じゃない。一人何も気づかず、強ければ良いと思っていた奴が、裏切られ、暴れただけの話だ。
気がつけば拳は血が滲み、折れたバッドを片手にぶら下げていた。全員倒した。何の達成感も無い。作業では無かった。必死だったはずなのに。虚しかった。慕われていると思っていた。いざという時は頼られると思っていた、
「うおぉぉぉぉ」
後ろから聞こえた雄たけびは、あの後輩の物だった。振り下ろされるバッドを俺は黙って受けた。
「何だよ。そんなものかよ」
「京介さん! 俺の名前、わかりますか? 今ここで呼べますか?」
答えられなかった。俺はそいつの名前がわからなかった。
返答は拳だった。初めて殴った拳が痛いと思った。萩野は劣勢と見るや逃げたらしい。
勝ったのにな。結局虚しいだけだ。俺は一人だった。仲間だったはずの奴にこうもあっさりと捨てられるとはな。
サイレンの音が遠くから聞こえた。強さすら無意味。いや、強いだけじゃ無意味か。何かが足りない、その事に初めて気がついた。
慕われている、頼られれている。勝手にそう思っていただけだった。
学校は一気に静かになった。ほとんどの奴らが入院したからだ。いつものように窓際でぼんやりとしている。あの日から急に冷え込み、冬が近づいていることが分かった。
包帯が巻かれた手にはもう痛みは無かった。
あの時頬に受けた傷は、まだ残っていた。
「もうすぐ終わるけど、一回休むかい?」
「はい」
目の前で書類を読んでいた京介のお父さんは顔を上げた。
「知っていたのですか? この事は」
「あぁ、何があったのか、詳しくは知らないがね。大体は知っていたとも。迎えに行ったのは僕だから」
恨むとか、無責任だとか、そういう話をするわけでは無い。けれど、いや、何かできなかったのかと責めるのは違う。それこそ、部外者だから言える無責任なことだ。
「一気に最後まで聞き終えることをお勧めしよう。これを伝えるのが僕の役割だから。息子に初めて頼まれたことだ。今まで僕に何一つねだらなかった彼からのお願いだ。授業を休講にしてまで来たのだ。ここでやめることは許さないよ」
「わかっています」
「よろしい」





