第八話 メイドとテスト対策をします。
金曜日に安定して更新できるようにしようと自分に言い聞かせいます。
「ご主人様、お疲れ様です。コーヒーを入れましたのでお持ちしました」
「うん、ありがとう」
コーヒーの苦みが眠気を覚ます。
「陽菜はテスト大丈夫なのか?」
「先日も申し上げましたが、高校の範囲は既に学んでおります。さらに授業も受けておりますから。テスト勉強で業務に支障をきたすことはありません」
何者も避けては通れない関門、テスト期間。その関門を超えるべく僕は眠い目をここする。その手にはシャープペンシルではなく、ノートと赤シートを握られていた。
数時間前のこと。
「陽菜、俺のテキスト知らない?」
「宿題になっていたものですか?」
ゴールデンウィークが明けて本格的に部活や授業が始まり、もうすぐテストが始まる。当たり前のように大量に出された宿題をテスト勉強のついでにやっておこうと思ったのだがいつのまにかなくなっていた。
「そうそう、リビングには持ってきた覚えはないけど……」
そう言うと陽菜がどこからともなく僕の提出に指定されていたテキストを差し出している。
「すべて終わらせました。これでおそらく提出物に悩まされることは無いかと、筆跡も似せてあるのでご安心を」
開いてみると最後のページまできっちり書かれている。
いやいやいや。
「テスト勉強用に使いたかったのだけど……」
「ご安心ください、こちらに私がまとめてある解説ノートと暗記用の赤シート用のノートがあります。暗記は赤シートが一番効率が良いと思いますので」
一通り見てみると、重要事項が赤で記され、解説もちゃんとついている。しかも教科書よりわかりやすい。
「これで今年は問題なく過ごせるかと、ご主人様は宿題など気にせず学校生活を勤しんでください」
「宿題も学校生活の一部だし、同級生に宿題をやらせる奴がいるか?」
「同級生という以前に私はご主人様に仕える身です。お忘れですか?」
そう言って一礼、そのまま台所へと消えていく。
テーブルに置かれていた宿題のテキストを開くと、偽装工作のためかバランス良く間違った答えや赤で書かれた場所もあった。
宿題に困らないのは嬉しい。しかし彼女の突然の行動にはまだ慣れが必要なようだ。
そして冒頭に戻る。
ぶつぶつと呪文のように重要事項を唱える。コーヒーの苦みを感じて自分が起きているという事実を確認する。
陽菜はまだ起きている。自分が書いたノートを開いて何やら修正をしているようだ。
「これいつから作っていたの?」
「テストの範囲が確定してからですね。ある程度予想して四月から作り始めていましたが本格的に作り始めたのはそのあたりでしょうか」
「寝ないの?」
「はい」
「僕はそろそろ寝るけど」
「そうですか、お休みなさいませ」
まだ一週間前だ、徹夜でやるにはまだ早い。部屋に戻ってベッドに飛び込み、まもなく眠気が来る。
もしかして陽菜は僕が寝るまで起きているつもりだったのだろうか。
眠りに落ちる直前、そんなことが頭をよぎった。
次の日。
「相馬~おはよう~」
「桐野か、眠そうだな?」
「帰宅部は良いよな余裕そうで。テスト一週間前も容赦なく練習させる野球部とは大違いだ」
「へぇ、それはそれは。それで、硬派な男にはなれそうか?」
「あぁ、この調子ならいけるぜ。中学の頃には訪れなかったモテ期がな!それに野球の練習、楽しいぞ!」
そう力強く宣言し、恥ずかしそうに頬の傷痕を掻く。
下心を強く宣言して硬派な男を目指そうとはな。
「相馬も入ればよかったのによ、運動神経良い方だろ」
「僕は良いよ、面倒だし」
「俺と一緒に甲子園目指そうぜ」
「行けるなら頑張って行ってくれ」
陽菜はというと、布良さんと本を見ながら何か話していた。陽菜も少しづつクラスに馴染んできたようで、この前先生からお褒めの言葉と缶コーヒーを一本頂戴した。
「そう言えば相馬、お前課題終わったのか?」
「おう、終わったぞ」
「見せてくれ、答え失くした」
「良いけど、無くすの早くね?」
「答えが別冊になっているとは思わなくて放り出していたらいつの間に」
「そうか……」
このまま答えだけあげてしまおうかな、陽菜が全部やってしまったし。
桐野が答えを持って自分の席に戻ったのと入れ替わりに布良さんがやって来る。
「それ見せて」
そう言って陽菜が作ったノートを見る。
「本当だ、すごくわかりやすい。すごいな陽菜ちゃん、コピーしたいくらい」
「やっぱわかりやすい?」
「うん、私も学校からの指定のテキスト全部終わらせて自分で参考書買ってるけど、お金出してまで買ったのが馬鹿馬鹿しくなるくらい」
熱心な人は一年分を前期のうちに予習すると言うが本当だったのか。
「日暮君も良い幼馴染持ったなぁ。うらやましい。もらって良い?」
「駄目に決まってる。そもそも僕のじゃないし」
「あははー、知ってる」
そう言って参考書を広げて自分の勉強を始める。
ねぇ布良さん、今開いている参考書の範囲って二年生の物だと思うんだ。
授業もテスト範囲が終わったからとほぼ自習状態、とても好都合だ。隣の布良さんはというと、どこか集中できていない様子。
僕が見ているのに気付いたのか、布良さんがこちらを見てにこっと笑う。そして前を指さす。指さす方を見ると先生が教卓で居眠りをしていた。他の人たちはそれに気づいているようで、漫画を読んだりゲームをしたりとかなり自由な空間になっていた。
桐野はぐっすり寝ていた。
「相馬君」
「陽菜か、どうした」
突然後ろに現れた陽菜は先生を指さす。
「あれは起こした方がいいものなのでしょうか、指導するものとしてあれはいかがなものでしょう」
「うーん、ほっといても良いと思うぞ、困らないし」
「しかし、ほかの生徒はこの授業の趣旨と離れた行動をとっています」
「それで困るのは自分だろ」
そういうと陽菜は口をつぐむ。
陽菜はあまり自分からクラスに対して何かしようとはしないだろうと思っていたから驚きはした。しかしだからと言って起こす気にはならない。
少し不満げに見えた気がした、陽菜は話し合うのは無駄と判断したのか席に戻る。席に戻り、自分の机の上にあった缶タイプの筆箱を床に落とした。
缶タイプの筆箱は床に落とすと大抵の人は驚くくらいうるさい。持ってこないでほしいという学校も一部にはあるらしい。
教室中に響いたその音は眠っていた人の意識を覚醒に導き、起きていた人の視線を集めた。
そして、教科担当の先生も目を覚まし、教室を見渡す。
目の前の生徒の手元に握られている漫画の本をじっと見つめ、
「俺が寝ていたのも悪かったから、お互い見なかったことにしようや」
それだけ言ってそそくさと教室を去った。
「あの先生は教師としてどうかと思います」
陽菜は弁当を広げながらそう言うと布良さんは穏やかに笑う。
「でもね、自分が悪いと認めることができるのも大事だと思うよ」
「確かに、夏樹さんの言う事にも一理ありますね」
「そうでしょう」
そう言って陽菜を後ろから抱きかかえる。男子としては目のやり場に困る光景。
自分に対して厳しいのは知っていたが、他人に対しての厳しさも垣間見た今日の出来事。恐らく僕がもし、やりたい事を見つけたら陽菜はそれを全力でサポートするだろう、そして手を抜くことは許さないだろう。きっとやりたい事を見つけさせるためにテストや宿題と言ったものをできる限り排除しようとしている。僕がもし勉強をやりたいと言えば自分でやらせたのかもしれない。あくまで推測に過ぎないが。
とりあえず、僕としては今日の出来事を踏まえて一つ心に決めたことがある。
「陽菜、帰りに筆箱を見ていこう、その筆箱はうるさい」
「そうですか、わかりました。デザインは夏樹さん選んでもらってもよろしいですか?」
「オッケー、まかせて」
布良さんチョイスの布製筆箱は、陽菜の愛用品となった。