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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 夏
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第八十三話 メイドと人探しに行きます。

 竹刀と竹刀がぶつかり合う乾いた音。早朝の神社の境内には異質な音だが、しかし、戦っている僕たちは真剣そのものである。


「せいっ!」


 気合い一閃、振り抜いた竹刀は乃安の手から竹刀を飛ばすには十分すぎる威力を持っていた。


「あちゃー、負けちゃいましたか」

「見事です。相馬君」


 六月になって最初の休日、和やかに見えないが、それでもこんな風にのんびり過ごせている。

 陽菜から受け取ったタオルで汗を拭い、今日の予定を反芻する。それはあまり積極的になれない予定ではあるが、それでも、嫌な予感を断ち切りたい。

 京介が学校に来なくなった。




 「桐野先輩とはどういう人ですか?」

「良い奴だよ。何回も助けられた」

「そうですか。なら安心です」


 学校の前を通り抜け、しばらく歩く。京介の家は学校からはそう遠くない。具合が悪いのかそれとも、彼は一人暮らしだ。なら最悪の事態も考えられる。だから陽菜と乃安は家にいて欲しかったし、夏樹には連絡をしなかった。

 あとで怒られるかな。夏樹は本気で怒ると怖い気がする。

 アパートの二階、去年の夏休みの宿題を片付けた場所。呼び鈴を鳴らす。これで出てきてくれればあとは様子を聞くだけだ。


「でませんね」

「そうですね」


 ドアノブを回す。鍵はしっかりとかかっていた。

 途方に暮れている僕をよそに陽菜は階段を下りていき、すぐに戻って来た。


「バイクがありません。外出中のようです」

「あれ、陽菜。京介がバイク持っているの知っていたっけ?」

「はい、乗っているのを見たことがあります」


 外出中か、それならまぁ、生きているってことか。


「おい、そこの、お前ら空き部屋の前で何しているんだ?」

「えっ、あぁ、えっ? 空き部屋?」

「おう、そこに住んでた若いのならこの間出て行ったよ」


 杖を突いたご老人が乱暴に扉を叩きながらそう言う。


「なんだ? お前ら知り合いだったのか?」

「はい、急に何の連絡もなく学校に来なくなったので」

「そうかぁ、引っ越し先の連絡先何て言わずに突然だったからな」


 別にこの一週間、何もしなかったわけでは無い。電話もメールもした。どれも応答は無かった。だからこうして来た。


「ありがとうございます。教えてくれて」

「おう、気をつけて帰れな」


 次の目的地は決まっていた。




 「お前ら、せめて来るなら制服で来いよな」

「すいません。急だったもので」

「まぁ、今の話から慌ててるのもわかったよ。桐野は退学届も休学願も出していない。これだけは確か。だから今のところ無断欠席扱いだね」


 事情を聞くには京介のアパートの話もしなければならなかった。取り乱すことも無く話を聞いた先生は少し悩んだ様子で、重々しく口を開いた。


「実はね、桐野がガラの悪い人たちと町を歩いていたって情報があって。あんたたちが何か知らないか聞こうと思っていたのよ」


 ちらりと陽菜の方を見る。知らないと首を横に振られる。


「探そうと思わないでよ。もし本当ならただじゃ済まないから」

「はい」

「それじゃ、休みだからってあまりだらだらしないよに」

「はい」


 学校を出る。情報が少なすぎる。どういうことだ。


「桐野君、元ヤンとは聞いていましたけど。まさかまた」

「いや、それは……」


 それは無い。そう言いたい。でも、どうしてもそう言い切れなかった。頭の中にふと過ぎった。いつだったかに見たバイクの集団暴走。

 友達を疑いたくない。しかしそれでも、嫌な予感がだんだん強まっていく。

 駅が見えてきた。人の多い大通り、そこにすっぽりと生まれた空間。大柄の学ランを着た集団。


「結構持ってるじゃねぇか」

「最初っから出せよな」


 そんな声が聞こえた。集団の中から小柄な誰かが放り出された。笑い声が響く。見て見ぬフリして足早に通り過ぎていく大人たち。


「あぁん? 何見ているんだ」


 僕に向けられた。そうはっきりとわかる声。近づいてくる。僕の胸倉を掴もうと伸びて来る手。でも次の瞬間にはその人は床に転がっていた。

 思考の海に沈んでいた僕の脳はその瞬間に切り替わる。都合が良いし調子が良い。数は十。素手では困難、喧嘩慣れしているのがわかる。腰に備えてある警棒を抜く。

 自分から向かっていく。音が遠い。陽菜と乃安が止めようという声も、耳には聞こえても脳には届かなかった。

 上に振り抜いた警棒は一人の顎を捉える。これで二人目。そしてそのまま三人目、四人目、五人目。

 スッとする。そうか、僕はイライラしていたんだ。息を吐く。あと半分。


「京介」


 僕はその名を呼んだ。長ランにリーゼント。いつぞやに見た格好、僕の呼びかけに応じない。


「おいおい京介さん、友達ですか?」

「知らねぇよ。下がってろ」


 振りかぶり脳天を狙った警棒は拳で合わせられる。伸びてきた手に胸倉が掴まれそのまま床に叩きつけられた。


「くっ」

「おらぁ」


 鳩尾に振り下ろされた足を転がってかわす。立ち上がろうとするところを狙われたかかと落しは警棒で受ける。

 二歩下がり立ち上がる。三歩分の距離、京介の方が有利な間合い。

 拳の連打を警棒を盾にして受ける、拳打で応じる。頬を捉えるも京介は止まらない。

 決めあぐねているこの状況は拮抗しているように見えるだろう。けど僕は僕の間合いで戦えていない。

 無理矢理距離を離す。大振りの攻撃を避け、後ろに回り込む。詰みだ。

 倒れた京介を黙って見下ろす。残り四人。そろそろ通報されている頃合いだ。駅前交番から来たのだろうか、二人の警官が近づいてくるのが見えた。

 ちらりと陽菜の方を見ると頷いたように見えた。京介の長ランの襟を掴む。不良たちも財布を持ち主に向かって投げて逃げの態勢に入る。

 そして、僕の顎が何かに打ち抜かれ、景色は空に早変わりした。


「油断したな、相馬ぁ!」

「相馬君!」

「先輩!」

「おっはぁ、さすが不死身」

「狂犬!」

「じゃぁな、相馬。楽しかったぜ」





 目が覚めたら、そこは交番だった。何があったのかを一通り聞かれ、解放された。

 顎が痛む。帰り道、誰も口を開かなかった。





「相馬君。これを」

「ん?」


 家に帰って、部屋のベッドに寝転ぶ僕に、陽菜は一枚の紙を見せる。


「桐野君と一緒にいた人たちが来ていた制服、恐らくここのものかと」

「うん」

「相馬君?」

「もう、良い。僕には、どうにもできない」


 そう言って横になる僕を、陽菜は静かに見ていた。見慣れた仕事着、今日から短い方に変わったんだ。そんなどうでも良いことが頭に浮かんだ。


「はぁ、仕方ないですね。ほら、こちらへ」


 当然のようにベッドに入り、そして頭を抱えこまれる。

 そうされることで思わずホッとなってしまう自分にうんざりする。何もできないから何もしない、それは合理的な行動だ。けどそれはもうできない。陽菜と出会ってからの日々がそうさせてしまった。


「どうしたいですか?」

「わからない」

「何ができますか?」

「わからない」


 でもそれはいつでも、頼りなくても道が、手段があったから。今回はどうだ? 取り除くべき原因も、行くべき目的地も、何もない。


「桐野君たちは、恐らく、地元に帰られたのだと思います」

「どうして?」

「彼らが逃げた際、乗ったバイクの荷物の量からの推測です」

「うん」


 顎がまだ痛む。本気だった。そして僕も本気だった。技術だけなら僕が勝っていた、あの時、油断せずに倒しきれていたらまた違ったのだろうか。

 あの瞬間がフラッシュバックする。ギリギリまで京介は負けたふりをしていた。掴んだ襟首がするりと抜けて、振り返った所を一撃。負けたことがショックなわけでは無い。京介はあの瞬間、僕らを選ばなかった。


「諦めますか?」


 その言葉に返す言葉を僕は持っていなかった。





 夜中に目が覚めた。風呂にも入っていないし、夕飯も食べていない。

 せめてシャワーくらいはと階段をおりていく。


「せーんぱいっ! 起きたんですねぇ」


 とんと背中に重みと柔らかい感触を感じ、振り返る。


「あっ、お風呂ですか? 夕飯、温めますけどどうします?」

「うん、貰う」

「そういえば、夏樹先輩から、スマホを見るようにとの伝言です」

「うん」


 言われた通り、確認してみる。


『ぷんすか』


 一言、メッセージはそれだけだった。


「うーん、解釈が難しいですね」

「そうだね」


 もう一通、差出人は京介とあった。


『探すなよ』


 その一言には様々なメッセージが込められて、重い。


「お風呂入って来る。夕飯、お願い」

「はい、わかりました」


 熱いシャワーを浴びる。少しづつ、靄のかかった頭が晴れていくのを感じる。


「新幹線で二時間ほど。そこに桐野君の地元があります」

「陽菜!? 入っていたの」

「はい。ものすごくぼんやりとした様子で入って来たので、声がかけられませんでした」


 湯船の蓋から首だけが出ている光景はシュールだ。けど気まずい。


「とりあえず、でますね」

「うん」


 水が落ちる音。足音が妙に生々しく響く。後ろを向くな、全力でそう命令する。


「あっ、お背中だけ流しします」

「何故!」

「まぁ、メイドですし」


 ごしごしと。人に体を洗われるってものすごく変な気分だ。丁寧な手つきで背中が擦られる。


「後ろを振り向いても構いませんが、少し恥ずかしいので遠慮していただけるとありがたいです。タオルすら巻いていなないので」

「わかっている」

「では、今度こそあがります。相馬君、どんな決断でも、私は従います。だからちゃんと考えてくださいね。あと、明日は夏樹さんから怒られることは覚悟しておいてください」

「うん、了解」


 一人になった浴室に、シャワーの音が木霊する。結局のところ、陽菜を連れ戻しに行った時と同じだった。納得がいかない、だから僕は迷っている。京介に会いに行くべきか。あの時は京介のお陰で決断できた。

 人は自分のためにしか動けない。人助けもまわりまわって自分の益になると考えられるからできる。

 そして僕は、京介が昔何をしていたのかを正確に知らない。聞かなかったし、聞くべきではないと思っていた。踏み込もうとしなかった。


「結果論だ。こんな事にならなかったら後悔すらしなかっただろうな」


 探すなよ、なんて言うんだ。何か理由、あるんだろ。僕は首を突っ込むべきなのか? 


「あぁ、わからねぇ」


 どうするべきなんだろう。何が正解なのだろう。選択できる理由を僕は持っていなかった。


 

 




 





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