表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 春

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/186

第八十話 メイドと新米メイド 上

 自分らしさを追求することほど難しいことは無い。

 自分の家で朝ご飯を作りながら、手の動きから何から何まで観察する。手つき、火加減。細かなところまで陽菜先輩の動きそのまま。そりゃそうだ。私はずっとあの人に憧れていた。媚びるような笑みを浮かべることなく、自分の仕事を、淡々と完璧にこなして、それを誇る事も無く。

 でも私は先輩のようにはできない。私は完璧にはできない、だから媚びるように笑う。そうしなければただの印象の悪いメイドだ。理想をすり減らして、道化のように笑う。すり減らし続ければいつか、この理想は粉になって風に吹き飛ばされて、そうすれば空っぽの機械のように、仕事ができるのだろうか。


「できた」


 時刻は三時。三十分後には家を出なきゃ。相馬先輩の家でも食べるけど、それまでにお腹が鳴ったら恥ずかしい。盛り付けようと皿を取り出す。


「あれ」


 突然、力が抜けて、床が近づいてくる。おかしいな。何で。





 「遅いですね」


 乃安さんは真面目な人だ。なのに、五時になっても現れないなんて。


「途中で事故でもあったのでしょうか」


 交通量の少ないこのあたりで、それは考えづらい。


「おはよう」

「あっ、相馬君。おはようございます」

「あれ、乃安は?」

「まだ来ていないです。どうかしたのでしょうか」

「寝坊かな。ちょっと見て来るよ」

「えっ、いえ、私が」

「ランニングのついで」


 家を出て行く相馬君を見送る。大丈夫でしょうか、そんな心配を、仕事で覆い隠そうと私は台所に向かった。




 トントンと扉を叩く、乃安のアパート、部屋は知っている。


「大丈夫?」


 返事は無い。呼び鈴を鳴らしても中から応答の気配は無い。嫌な予感がする。ドアノブを回す、駄目だ、鍵がかかっている。


「どうすれば」


 ん? ドアノブが回って。


「せんぱい、あっ、ごめんなさい。遅刻しちゃって」


 青を通り越して白い顔。その額に手を乗せる。


「よし、ちょいと失礼」

「え?」


 その体を背負う。とりあえずうちに連れ帰って陽菜に診せよう。


「あの、重くないですか?」

「全然」

「ていうか、えっ、ちょっと待ってください。歩けますよ」

「良いから、病人は静かに」

「病人じゃありません! 違います」


 その言葉に反して、僕の背中にぐったりともたれかかる様子は、説得力を無くすには十分だった。僕は黙って出発した。



 「なるほど、倒れられましたか。少々無理をさせ過ぎましたか。とりあえずここで休ませましょう。そうですね、ふむ、どうしましょう」


 家に帰り、陽菜に頼んでベッドとその他諸々を用意してもらい、今に至る。学校に行くかどうか。看病は必要だろう。熱を測ったら三十九度、病院にも連れていきたい。


「私が全てやるので、相馬君は学校に行ってください。これは私の後輩の不始末です。先輩である私が責任を取ります」

「でも」

「派出所の規定、後輩の失敗は先輩がフォローせよ。部下の失敗は上司がフォローせよ。です」


 何も浮かばない表情、それでも強い使命感が感じられた。


「わかった。任せる」

「はい、任せてください」


 学校へ向かう。二人きりにして大丈夫だろうか。少し不安だ、でもそれでも、陽菜の意志を無下にすることもしたくはなかった。





 「陽菜先輩、ごめんなさい」

「気にしなくて良いです。今は休んでください」


 思い出す。私もこんな事があったなと。あの時の私も、こんな表情をしていたのだろうか。不安気に、看病する私を見上げる。そんな目を。


「陽菜先輩、懐かしい呼び方ですね」

「あっ、すいません」

「その呼び方の方が、呼びやすそうじゃないですか。これからもそれで良いです。それで、弱っているうちに聞いておきたいのですが、一体派出所から何と言われてここに来たのですか?」

「それは……」


 タイミングを間違えたでしょうか。いえ、質問が不躾と言うか、何と言うか。


「ただの興味から来た質問ですから。気軽に答えてください」

「それはもう少し違う場面で使う言い回しですよ」


 あれ、何か間違えましたか。


「先輩、相変わらずですね。相変わらず、先輩は先輩で、媚びないのですね。指示内容ですか、陽菜先輩には内密にしろと言われたので、すいません」

「そうですか。それなら仕方ありません」


 冷やしタオルを頭の上に乗せる。冷たさに驚いた様子でピクッと反応に、少しだけ悪戯心をくすぐられる。


「はい、お口開けてください。林檎を摩り下ろしたものです」

「あ、ありがたいのですが、その、えっと。自分で食べられますというか、それ一口分とは言えないというか」

「何を言っているのですか? 病人はいっぱい食べなければ駄目でしょう」

「あっ、はい。そうですね。いえ、はい、わかりました」


 そう、乃安さんは押しに弱い。あまり変わっていないことに安堵しつつ、一口分の適正な量に調整する。


「昼はお粥です。風邪というわけでも無いようですし、すぐに良くなるでしょう。夕方までに下がらなかったら病院に連れていきます」

「はい、ありがとうございます」


 相馬君ならすぐに病院に連れていくだろう。どうにも調子が狂う。心配しているのに、どうしても冷たさが残る。過去に引きずられている、そんな感覚がある。

 突き放すように接しようとして、それでも手を離しきれない。そんな感覚。

 しばらく会わなかった、接し方を忘れている。昔と今、変わっている私、だというのに昔のように接しようとして空回っている感覚。

 わかっている。彼女にとって昔の私は憧れだった。

 今の私はどうなのだろう。彼女にとって憧れでいられているのだろうか。今の私を否定したいわけでは無い、それでも彼女の夢を壊したくない。


「陽菜先輩? どうかされましたか?」

「いえ、なんでもありません。それではしっかり休んでください」


 ほら、駄目だ。ここは次に検温に来る時間を告げて立ち去るべきだった。甘さが残っている。昔は心配なんて欠片も抱かなかったのに。やるべきことを淡々と、機械のようにこなすだけ。そんな簡単な事ができなくなっている。 

 彼女の先輩としての私は、そうでなくてはならない。

 相馬君を乃安さんに任せ、派出所に行って、一年に一度の定期報告をして、その後、簡単な研修を受けて、それから後輩の様子を見て、指導して。それらを終えて帰る直前、メイド長から聞いた彼女の話。


「お前の所に乃安送り込んだ目的、知りたいだろ」

「そうですね」 

「どうするかはお前と乃安が決めろ。憧れの先輩さん、責任取ってな」

「どういう意味ですか?」

「先輩の責任ってやつだ。未来ってのは一人で決めているように見えて、周りの誰かに動かされた結果だ。完全に自分で決めるのはそれ相応の力が必要だ。乃安にもお前にもそれはまだ無い。あいつの方向性を決めるのは陽菜、お前の行動次第だ」


 よくわからない。つまりは私にどうしろと。


「言われたことをやるのは得意。それの応用、やるべきことを見つけてそれをやるのもできる。だけど、陽菜、お前に決定的に足りない、自分の意志を考える力を養え」

「違いが判らないのですが」

「わかれ」


 自分なりに理解して、考える。そして、まだ決まっていない私は、中途半端な態度を取っている。

 全然成長していない。 


「私はメイドですよ。メイド長」

「そうだな。だが言っておく。私はお前をメイドにしておくつもりは無いと」

 



 相馬君が帰って来た。思い出す。そういえば今日は午前授業だったと。


「おかえりなさいませ」

「ただいま。乃安は大丈夫?」

「はい。これからまた検温してどうするかは決めようかと」

「了解。僕はちょっと出かけて来るよ」

「どちらへ?」

「うーん、とりあえず二時間したら帰って来るよ」

「はぁ、分かりました」


 着替えて出かけてしまう。意図がわからない。

 



 学校からの帰り道だった。あの人から連絡が来た。


「よう、少年。お願いがあるのだが良いか? 良いな。よし、一つ頼みがあるのだが、乃安と陽菜を二人きりにして欲しいのだが」

「はぁ、今二人きりの状態なのですが」

「それは良い。そのまま一日放置しておいてくれ」

「えぇ」

「どうせまだお互い気まずい状態だろ。荒療治かもしれないがここは一つ、可愛い後輩と彼女のためと思ってな」


 相変わらず言っている意味がわかるが、その意図を話さない。しかし、目的は決して悪いことでは無いのはわかるから厄介だ。


「わかりました。その通りにしますよ」

  




 


 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ