間話 メイドにトリックオアトリート
「おはようございます」
その日、僕は自分が起きているのか本当に疑わしくなる、そんな光景を初めて見た気がする。
「相馬君? 大丈夫ですか? ぼんやりしていますけど」
「大丈夫」
尻尾と猫耳を揺らし、近づいてくる彼女は誰だ。いや、誰なのかはわかる。あぁ、わかるとも。この季節にしては寒そうな超短いスカートに、猫足のスリッパ。猫耳と尻尾を生やし、さすがに仕事に邪魔なのか猫の手は付けていない。そして、全体的に猫の毛風にもこもこしている。
「あの、いえ、わかりますとも。相馬君が何を思っているのか。あっ、にゃん」
「にゃん?」
「あの、相馬君。そんな目で見ないでください、にゃん」
駄目だ。僕は夢でも見ているようだ。なぜ陽菜が猫耳メイドになってにゃんにゃん言っているのだ。
「それじゃ」
「あっ、ちょっと待ってください。悪い夢と判断して寝ようとしないでください」
「安心しろ。このことは起きてから話すようなことはしないし、可愛いからと着させようとはしないから」
「大丈夫です。望まれれば着ますとも。それより、これは現実です。相馬君はちゃんと起きていますから!」
がしりと腕を掴まれ揺さぶられる。なんてことだ、これが現実だというのか。
「ちょっと、分かりやすく説明していくれ」
「はい。えっとですね。昨日派出所からこれを送られまして。ハロウィンはこれを着て過ごせという指示が」
「はぁ」
「それで、相馬君を驚かせろとのことで」
「それは達成されたね。おめでとう」
「はい。それで、日課の方はどうしますか? にゃん」
「無理してつけなくても」
「そういうわけにもいきません。にゃん」
律儀ににゃんをつけるが、丁寧に言い切った後ににゃんと言われても無理があるし不自然かなと。
「それじゃあ、とりあえず走って来る」
「はい、いってらっしゃいませ。にゃん」
うん、違和感が。
「今日はハロウィンメニューと洒落込みまして。かぼちゃを中心にメニューを考えてみました。にゃん」
「かぼちゃパイに冬至カボチャにかぼちゃスープ。見事なまでのかぼちゃ尽くしだ」
まぁ、ちゃんとトーストと目玉焼きが用意されているけど。
さて、ハロウィンと言えばあれを言わねばならない。
「陽菜、トリックオアトリート」
「はぁ、では、お菓子をあげないので悪戯してください。にゃん」
「えっ、マジすか?」
平然と言われた台詞にこちらが困惑する。
「マジですよ。にゃん。どうぞ、学校行かなければならないので、早めにお済ませくださいにゃん」
余裕の雰囲気を漂わせ、わざとらしく隣に座り体を寄せて来る。甘い匂いがして、頭がぼーっとしてくるのを感じる。
「えっと……」
「さぁ」
くっ、ヘタレだ。僕は。
「おはよう、二人とも」
「おはようございます」
「おはよう」
布良さん、何でかぼちゃ被っているの? と聞くべきだろうか。
「はい、陽菜ちゃんの分。かぼちゃ」
「えっ、あー。ありがとうございます」
そういえばなんか、いつもより周りを歩く女子の化粧が変と言うかなんというか。朝からこれって。先生大変だろうな。
「いえ、心配せずとも。ここまで多いと一人一人注意する手間より、放っておく方を選ぶかと」
「なるほど」
「数の暴力ですよ」
策士だな。いやはや、しかしそうは言っても、制服にマントは良いとして、もはや制服を着ていないのはマズいと思うのだ。頭から釘出てる人とか、ミイラ男とか。授業は成り立つのか、これ。
「京介、その格好は何だ?」
「おう、今日は何か知らんが仮装パーティーみたいだから慌てて用意した」
「うん、そう」
長ランを翻し、肩にバットを担ぐ様子はあまりにも趣旨からずれているように見えるが、そこを指摘する気力すら湧かない。
何故に普通の制服の方が浮くのさ。そして陽菜もかぼちゃと、さらに杖まで持っている。
「何故と言われますと、流れでしょうか?」
駄目だ、ついて行けない。
机に突っ伏す。駄目だ、雰囲気だけで疲れた。突っ込み役は放棄します。
「いえ、普段から突っ込みはどちらかと言うと私の方が多い気がしますが」
「それは、わからん」
そして、本当に先生はこの惨状に特に何も言うことは無かった。いや、さすがに怪獣の着ぐるみを、それもかなりにリアルな奴を着てきた人には一度脱ぐように言っていたか。
なぁ、これ夢だよな。それともドッキリか? 自由過ぎるだろこれ。
そうして、カオスな一日をどうにか乗り切り、僕らは家に帰る。
「陽菜」
「はい、にゃん」
学校ではさすがににゃんとは言わなかったが、一日限定の猫メイドは再び現れる。
「うーん、いやはや。メイド長さんの趣味が全然わからん」
「そうですね。にゃん。私もわかりません。にゃん。相馬君はどう思いますか? にゃん。猫メイド」
「リアルで見るとあれだね。違和感がすごい」
「そうですか。にゃん」
可愛いかと聞かれれば可愛いけど、でもこう、恥ずかしがるとか欲しい。淡々とにゃんにゃんは何か違う。
「陽菜、手を前に、猫っぽく構えて」
「こうですか?」
「そうそう。それで、少し上目遣いに。良いね。はい、そのまま」
机に置いてあるメモ帳でカンペを用意。
「さぁ、読んで」
「はい。……お帰りなさいにゃん。夕飯? お風呂? それとも私ですかにゃん。なんですかこれ?」
「うん、僕もなんか違う気がする」
「ふぅ、どうやら私に猫メイドは向いていないみたいです」
「似合ってはいるけどね。猫耳」
「ありがとうございますにゃん」
「おっ、今の自然」
その時、机の上に置いてあった陽菜のスマホが震えた。
「夏樹さんからですにゃん。失礼するにゃん」
猫語をマスターした様子の陽菜、嫌な、違うな。面白そうな予感がした。
「もしもし、夏樹さんですかにゃん」
『ん? 陽菜ちゃん? どうしたのかにゃ?』
「はっ、いえ、何でもありません。忘れてください」
『いやいや、可愛いよ~」
「そ、それで、要件は何ですか?」
「んー、ほら。あれだよ。言い忘れていたからさ。トリックオアトリート」
「明日チーズケーキ焼いて行きますから。悪戯は勘弁してください」
「はいはーい。にゃん!」
「うにゃー。勘弁してください」
陽菜が珍しくたじたじにされている。笑い転げそうだ。
「相馬君、笑わないでください」
『えっ、そこに日暮君いるの? ねぇねぇ、もしかして猫耳とかつけてる? 写真撮って送って。と言うか送らなきゃ許さない』
「落ち着いてください。あっ、相馬君もカメラを向けないでください!」
「いやはや、猫耳陽菜ちゃん。待ち受けにしちゃった」
「はぁ、もうどうにでもしてください」
次の日、隣の布良さんの席でぐったりとしている陽菜とホクホク顔でチーズケーキを頬張る布良さん。
「いえ、待ってください。これを悪戯とするならば夏樹さんにチーズケーキを食べる資格はありません。よってそれは私がいただきます」
「えっ、待って。それはダメ―」
「いただきます。嫌ならこの場でその写真を消してください」
「えっ、それはちょっともったいない。もったいない」
「選んでくださいね」
「んー。よし、チーズケーキは差し出そう」
「そ、そうですか。わかりました」
ちなみに、もちろん僕の画像フォルダにも、しっかりと残してある。





