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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 春
81/186

第七十八話 新人メイドと休日を過ごします。

 「では先輩、不束者ですが、よろしくお願いします」

「うん、よろしく」


 机を挟んで向かいあってお辞儀。髪を一本にまとめ、メイド服を身にまとった後輩は顔を上げにっこりと笑う。


「朝野先輩には及びませんが、精一杯ご奉仕させていただきます」 

「そんな気張らなくても……」

「いえいえ、手抜き仕事なんてしたら先輩ならすぐに見抜きます」

「確かに……」


 そしてそれに気づいた陽菜が怖い。うん、怖い。


「それでは、早速仕事させていただきますね。掃除から始めます」


 乃安は仕事こそ丁寧だが陽菜より遅い。ただそれは慣れの差で片づけられるだろう。細かいところまで見れば確かに陽菜の方が上手なのはわかるが、気になるほどの事でもない。


「午前中の仕事は完了しましたが、昼食、何がよろしいですか?」

「えっ、あぁ、うん。任せる」

「はい、お任せください」


 どうしても陽菜と比べてしまう。愛想の良さは確かに陽菜より上だ。今も穏やかな笑みを浮かべながら台所でパタパタと昼食を作っている。

ポニーテールを揺らしながら料理する様は男子なら一度は夢見る光景だろう。


「普段から美味しい物ばかり食べているのですから、少し緊張してしまいます」

「そこまで舌は肥えてないよ」

「そんなはず無いじゃないですか」


 そんなやり取りと共に料理は出てきて、また朝のように向かい合って座る。


「いただきます」


 とりあえず一口。


「美味しいよ」

「ご冗談を、普段から朝野先輩の料理を食べている人に言われても皮肉にしか聞こえませんよ」

「本当だって」


 一瞬、表情が消えたように見えた。整った顔立ち故に思わず身構えてしまうほどに怖い。


「どんどん食べてくださいね」

「うん」


 誤魔化すように明るく言いながら手を合わせる乃愛の皿には既にパスタは無い。


「早いね」

「はい。仕事柄……ってあぁ、やっちゃった」

「何を?」

「先輩から言われてた。いつものペースで食べてはいけませんよと」

「へぇ」


 陽菜も普段から気を使っていたのかな。でもそりゃそうか、僕の食事中傍らで控えていたころはいつ食べていたのだろうと思ってはいたがそう考えれば納得だ。体に悪そうだ。


「すいません、相馬先輩。以後気をつけます」

「大丈夫、怒ってないし、何を怒れば良いかわからないから」


 しょんぼりと肩を落とす乃愛はそのまま僕が食べ終わるのを待つととぼとぼと片付けを始める。責任を感じすぎてしまうのはそっくりだ。


「乃安」

「はい」

「乃安って、陽菜の事どう思っている?」

「尊敬していますよ。私の憧れです」


 当然のように予想通りの答えが返って来る。


「朝野先輩のようになりたいです」


 それは思いを通り越して願いとも言える、そんな雰囲気をまとった言葉だった。

「陽菜のようにって、どんなの?」

「その質問は、答えるのが難しいです。すいません」

「そっか。ごめん」

「いえ、答えられないのはこちらの問題ですので」


 ぺこりと一礼してリビングから出て行く。その背中を何も言わずに見送る。僕が言うべきことは何だったのだろうか。

 



 『もしもし、どうですか? 乃安さんはちゃんと仕事していますか? 甘やかさずにどんどん仕事を言いつけてくださいね。と、言いましても相馬君にそれは難しいですね』


 夜、部屋に入って寝ようかという頃、陽菜から電話がかかって来た。


「大丈夫、ちゃんと仕事しているから」

『そうですか。それなら安心です』


 ほっと息を吐く陽菜にふと気になったことを聞いてみる。


「そういえば乃安ってどんな子だったんだ?」

『乃安さんですか? そうですね……。一言で言うと心配な子でした』

「と、言いますと?」

『技能自体は目立った問題は無いものの、私以上にコミュニケーションが不得手でした』

「それは確かに心配だ」

『はい、よく私と関われたものでしたよ。そう考えると潜在的に今の乃愛さんがいたという感じですかね』

「なるほど」

『というわけで、相馬君があまりに魅力的な後輩に手を出しても私は咎めませんよ』

「そんな度胸があるとでも?」

『えぇ、とても安心できますね。二人きりにしておけますよ』


 乃安は陽菜の部屋に泊まる。夜道を歩かせるよりはリスクは少ないだろう。


「明日には帰って来れるんだよね?」

『はい、夜には』

「うん、待ってる」

『はい、おやすみなさいませ』

「うん、おやすみ」


 一人になった部屋、微睡の中でふと足音が部屋に近づいてきていることに気がつく。


「乃安?」

「はい」

「どうしたの?」

「えっと、そうですね。気づかれては仕方ありません」

「というのは」


 部屋の廊下、気まずそうに目を逸らしながら佇む乃愛、観念したように息を吐く。


「実はですね、朝野先輩から言いつけられていることの一つに、先輩の寝顔を確認し、体調を把握しろという指示がありまして」

「へぇ」

「いつも部屋で一時間は入り浸っているとか」

「ちゃんと寝ろよ」


 部屋にいることは特に突っ込むつもりは無い。驚きはないから突っ込む気も起きない。


「こうしてバレてしまったわけですけど、どうしましょう」

「と、言われましても。体調確認? まぁ良いや。とりあえず部屋入る?」

「はい、失礼します」


 今はほとんど使っていない勉強机の椅子を勧め、僕はベッドに座る。逆にするのはマズいだろう。


「体調は特に問題ないけど、何か聞いておきたいことある?」

「そうですね……。うーん。あれです。何か違和感とかは?」

「無いな。平常運転」

「ですよねー。悪夢とかは見ましたか?」

「見てない」

「悩みは」

「あるけど、体調に影響を及ぼすほどの物じゃないかな」

「そうですか」


 寝ている僕から今聞かれたことを読み取っているのか。大変そうだ。直接聞けば良いのに。


「相馬先輩がいつも寝ている時間に来たつもりだったのですけど」

「陽菜から電話が来てさ。ちょっと話していたから。それに色々作業していたらこんな時間になっちゃった。それと多分、寝た直後に来られても気づくと思うよ」

「あはは、確かに。いくら寝つきが良くてもそうですよね」


 失敗失敗と頭を掻く。その動作に少しの違和感を感じる。


「それで先輩。先輩は私に何を求めていますか?」

「どういうこと?」

「私にどんなことをして欲しいですか?」

「特に無いけど」

「では、どんな私になって欲しいですか?」


 真剣な様子で問いかけられる。とても近い。


「今のままで良いと思うけど」

「それでは困りますよ。何か言いつけてもらわないと。朝野先輩だけじゃなくて相馬先輩の指示が聞きたいです」

「そ、それじゃあ、一回離れようか。さすがに近い」

「はい、了解です」


 適正と思える距離まで離れる。さすがに緊張する。


「先輩、何か思いついたらなんなりと。明日にでも言ってください。それでは今日はお休みなさいませ」


 ペコリと一礼して部屋を出て行く。


「二人きりにしても安心ねぇ。乃安の貞操より僕の心臓が危険だよ」


 いつもより早い心臓の鼓動と覚めてしまった眠気。これは今日はなかなか寝付けなさそうだ。

 丁度良い、無難な命令を考えよう。陽菜もそういえば命令を欲しがっていた時があったな。どんな指示を出したっけ。というかどうしてそこまで命令を欲しがるのか。


「命令を出されない方がやりづらいのかな。だけどして欲しい事なんて無いのだけど。」


 現状で満足しているだけあって特に何もない。向上心が無いとはまた違う現状に対する満足感だ。

 ベッドの中で意味も無く転がりながら考える。して欲しいことで悩むというのも貴重な体験だ。じっくり考えよう。悩むことを楽しもうではないか。

 そうしてしばらくして訪れた眠気に僕はさらわれた。

 


 

 


 

 

 


 



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