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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 春

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第七十七話 メイドが増えました。

 その日は不思議なことにいつもより早く目が覚めた。目覚ましの一時間前、わずかに聞こえる足音から陽菜は既に活動を始めていることがわかる。

 カーテンの隙間から見える日の出が完全な覚醒に導き、二度寝という選択肢が選べなくなり、仕方なく体を起こす。

 少し早いが朝食後に少しゆっくりできる時間ができるかもしれない、そんな考えと共に日課の前倒しを考えながら冷えた床にゆっくりと立ち上がる。


「駄目ですよ、足音が殺しきれていません」

「すいません」


 聞こえる会話は僕の部屋の前、小さな声だが起きている僕には聞こえる。

「相馬君は足音に敏感なので起きてしまいますよ」


「はい」


 何と言うか、今出て行ったら駄目な気がする。駄目な気がするけどかと言って今更眠気を呼び起こすのは無理な話だし、暇つぶしに何かしていたら陽菜なら気づく。

 結局外に出ることにする。まずは事情を聞きたい。


「おはよう」

「おはようございます」

「おはようございます」


 扉を開けると、そこにはメイドが二人いた。


「えっと……」

「申し訳ありません。派出所から指示が出まして。しばらくの間、乃安さんを指導することになりました」

「うん、それは良いけど。それは良いけど……うん、了解」

 何かを言おうとしたがその言葉が出てこない。朝にこの光景は刺激が強すぎた。

「それと、起こしてしまいましたか? いつもより一時間ほど早いようですが」

「いや、何でか目が覚めた」

「そうですか。では一時間ほど前倒しにします。幸い乃安さんがいますし。乃安さん、朝食の準備を。掃除は私がやりますので」

「はい、先輩」


 全て任せきりにするのは悪いから何か手伝いたい、陽菜がこの家に来てしばらく感じていた、今は麻痺していたはずの罪悪感が久しぶりに湧いてきた。

 でももうわかっている。むしろ手伝われる方が彼女たちにとって侮辱だと。だいぶ融通が利くようになったとはいえ、一線をわきまえなければならない。

 だから僕はさっさと日課をこなしに外に出る。乾いたアスファルトを踏みしめて朝日を浴びて走り出す。肩には竹刀袋に入れた素振り用の重い木刀を担いで。




 「美味しい」

「美味しいですね」

「ありがとうございます」


 三人での朝食。我が家ではメイドも一緒に食事をするという方針は陽菜から既に説明されていたようでちゃんと三人分用意してある。

 スクランブルエッグにトーストにポトフにフルーツの盛り合わせ。卵料理は腕が出やすいと個人的に思うが合格ラインを余裕で超えていると言える。


「卵料理が好きと伺ったので、気に入ってもらえて嬉しいです」


 はにかみながらのその様子に、褒められる事に慣れていないのかなと思う。

 皿が空になると入れ替わりにコーヒーが出て来る。いつもより少し濃いめだけどこれはこれでおいしい。


「えっと、乃安さん」

「はい、どうかされましたか?」

「陽菜、怖くなかった?」

「はい、昔と変わらず的確にビシバシ鍛えてくれますよ」


 あぁ、そういう受け止め方か。うん、素直で良いと思う。後ろのおっかないオーラを気にせず学べるのは素晴らしいことだ。


「それと先輩。乃安さんではなく乃安とお呼びください。私、後輩ですよ」

「おう、わかった。乃安」

「はい、相馬先輩」


 女子の名前を呼ぶことに抵抗が無くなってきた今日この頃。慣れというのは大事なものだ。


「さて、ゆっくりするのも良いですが、そろそろ準備しますよ」

「はい、朝野先輩」


 顔が真剣なものに変わる。そしてその表情は一瞬陽菜が二人いるように錯覚させた。

 


 三人で電車に乗り、学校へ向かう。太陽が眩しい。日に日に暑くなっていくこの頃、もうすぐ五月、春休み明けすぐの連休が始まる。

 今日は午後から部活紹介があるというが暇だ。と思ったのだが、教室に入ってすぐ、陽菜と僕は職員室に呼び出された。


「えっと、この学年で生徒会にも部活に所属してないの。君たち二人だけなんだよ」

 新しい担任の穏やかそうな若い男性教師はチラチラ名簿を見ながらそう言う。

「そうですか。しかしながら現状、半分の部活が帰宅部状態のこの学校に於いてその統計は意味が無いのでは?」

「えっ、いやー。でもね? ほら、こう、なんというか」


 まぁ、先生としても気になるだろう。他全てが所属率十割のところ、こうして僕らだけ所属していないのは。体裁が悪いのかもしれない。


「一応自由意思となっているので、それに先ほども申し上げた通り、活動していない部に所属する意義は見出せませんし、活動している部に関してもあまり興味がわくものではありません。委員会に関しても、たまに助っ人で参加することがあるのでそれで充分であると判断しています」


 先程から蚊帳の外状態の僕、呼び出された意味が無い。陽菜の怒涛の反論に先生も困り顔である。そりゃそうだ。多分、やんわりと促すだけだけで僕らも適当に聞き流すだろうと思っていたのだろう。陽菜の完全な早とちりである。


「それでは、一応私たちの意志は伝えました。失礼します。行きましょう、相馬君」

「えっ、あぁ。おう」


 周りの先生の視線を集めながら職員室を出る。陽菜は気にならないようだが、結構刺すような視線もあるぞ。あぁ、生活指導の先生か、何か言われる前に逃げよう。


「ご安心を相馬君。邪魔者は全て排除するので」

「……ありがとう」


 職員室からようやく離れられて安堵。まぁ、邪魔をしようと思ったわけでは無いと思うのだけどな。良かれと思ったわけでも無いと思うけど。


「ただ、相馬君がもし創作のために経験を積みたいというのであれば私も一緒にやりますよ」

「その時になったら言うよ」

「んー、それなら生徒会に入らない? 副会長になれそうな人いないから入って欲しいなって」

「夏樹さん、いつからそこにいたのですか?」

「んー、いつだろうね」


 僕と陽菜の間に突然現れた夏樹、何故か入間さんを背負っている。


「入鹿ちゃん、背中に張り付いたら寝る習慣でもあるのかねー」

「どうですかね」


 教室に戻る頃には生徒もほとんどが登校している。自分の席に座って一息、あぁ、朝から心臓に悪い。


「そういえば夏樹さん。副会長がどうのこうのって、どういうことですか?」

「私会長に推薦されているんだ。決めるのは選挙だけど、秋頃の選挙に出馬して欲しいって」

「へぇ」


 そいつはまた。大変そうだ。


「どうするのですか?」

「受けようかなって。多分、他の人には荷が重いと思うから。傲慢かな?」


 どうだろう。生徒会の実態はあまり知らない。でもクラスで見る学級委員長の夏樹は立派だ。多分、今回のクラスでも夏樹がやるだろう。


「ゆっくり考えてみると良いと思うよ。夏樹ならきっとできると思うし」

「うん、ありがと」

「夏樹さん、顔が近いと思います」


 うん、確かに。鼻が触れそうだ。





 途中で乃安と合流して家に帰る。僕は今週分の短編を書きながら二人を眺める。


「では朝野先輩、指示を」

「はい、洗濯物は私が片づけるので買い出しに行ってきてください。夕飯のメニューは任せます」

「了解です」


 しばらく慣れそうにないこの状況。パソコンの横に緑茶が置かれる。


「ありがとう」

「はい。迷惑ではありませんか?」

「良いよ、いきなりなのはいつもの事だ」

「すいません。前日に言っておけば良かったです」

「まぁ、たまにはそういう失敗してもらわないと。完璧すぎても面白くない」

「そうですか。そういえば、明日明後日の土日、派出所の方から呼び出しがありまして。二日間、乃安さんに任せる事になるのですが、よろしいですか?」

「はい?」


 これは多分、前日に言われても当日に言われても驚くことになると思う。


「ご安心を、一応派出所に登録されているメイドなので技術に関しては保証されていますし、私より愛想が良いですよ」


 そう言って悪戯っぽく笑って、触れるだけのキスをして仕事に戻って行く。

 ふと頭の中に、乃安のあの問いかけが蘇る。


「朝野先輩の事、好きですか?」 


 一緒にいることが当たり前で意識していなかった事。気持ちが冷めるなんて考えたこともない。不安になる僕は駄目なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 




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