第七十三話 メイドとお花見へ行きます。
「そろそろ行きますか?」
「うん、こちらも準備はOKだ」
「では行きましょう」
無事進級を確定させ、春休み。もうすぐ学校が始まるというこの時期、桜がようやく満開になったとのことで、ちょっとは春を堪能しようと夏樹のお誘いでお花見に出かけることになった。
「もう一年ですか。相馬君の家にお仕えして」
「そうだね」
ポンと頭に手を乗せる。
「何だか、久しぶりに頭を撫でられた気がします」
「うん、恋しくなって」
去年から腰まで伸びた髪、この間ふざけて三つ編みにしてみてと言ってからは色々な髪形をしてくれるようになった。ちなみに今日はポニーテール。
いつも学校に通うために降りる駅、その近くの公園は花見スポットして人気だ。とはいっても人気なのは夜桜で、昼は人が少ないらしい。
「まぁ、僕らもどちらかというと花より団子って感じだけど」
右手にある四段の重箱の内の二段には団子とおはぎがぎっしりと詰まっている。
「相馬君が手伝ってくれたおかげで予定よりも多めに作れました。五人で食べるのですからこのくらいは必要ですよ」
「団子を丸めただけだけどな」
「それだけで十分です」
前は頑として手伝わせなかったのにな。団子丸めるのが楽しそうで、やって良いかと聞いたらあっさりとOKしてくれたのには驚いた。
「よし、着いたね」
「早いね夏樹」
「主催者が早く来ないのは良くないですから。さっき桐野君が場所取りは任せろって言って行っちゃって、入鹿ちゃんも付いて行っちゃった」
場所取りって……。花見のマナー的にどうなのだろう。昼は空いているという情報もあるし、そこまで焦らなくても良いと思うのだが。
「お二人を待たせるのも良くないですし、そろそろ移動しましょう」
「はーい」
風が温かい。町に漂う春の香りを感じる。
「見えてきましたね、桜」
「本当だ。って、陽菜、それは何?」
「カメラですよ。最近は全然ですが、久々に使おうかと」
真剣な目で構えるとシャッターを切る。
「行きましょう」
デジタル一眼カメラ。五、六万はしそうなカメラを首にぶら下げて歩き出す。
意外な趣味を発見した。今度撮った写真を見せてもらおう。
「おーい、こっちだー」
公園に入ってしばらく、声の方向を見ると京介と入間さんがレジャーシートの上でくつろいでいる。
昼でも結構人がいて、話が違うじゃないかと文句の一つでも言いたくなったし、二人の判断は正解だったと称賛したい。
でも、桜は綺麗だ。
道行く人も座る人もその光景に目を奪われてる。夜になればこの光景はまた別の表情を現すのだろう。
「相馬君、どうかされましたか?」
「えっ、あっ、ごめん」
「隙だらけでしたよ。はい、どうぞ飲み物です」
「ありがとう」
この一年で僕はきっと成長した。自信を持って言える。去年の僕はじっくりと桜を眺める事なんてできなかっただろう。それがどうしたとは思うが、きっと大事なことだと思う。
「相馬、ぼさっとしていると弁当無くなるぞ」
「花より団子かよ」
「どっちも徹底的に味わうから別に良いだろ」
なるほど確かに。一本取られた気分だ。
「それなら僕もそうするよ」
おはぎを一つ頬張る。うん、美味しい。
弁当が食べ終わり、レジャーシートを畳んで散歩がてら公園内をゆっくりと歩く。澄んだ春の空に強い風が吹き桜が舞う。
夕方の時間、冬だったらもう日は沈んでいるであろう時間。
「日暮氏」
「入間さん?」
「今日はずっとぼんやりしているですね」
「そうかな」
実感は無い。指摘はされてもぼんやりしているつもりは無い。
見上げて来る目は邪気の無い、大きな目。しばらくすると一つため息をついた。
「何と言うか、ぼんやりしているというより感慨に耽っているといった感じですね。駄目ですよ、私たち若者の時間はあっという間ですから。一秒たりとも無駄にせず駆け抜けるべきです」
「はぁ」
「感慨に耽るのはお爺ちゃんと言える歳になってからですよ」
言うだけ言って夏樹に抱き着きに行ってしまう。確かに今日の僕はふわふわした気分だけど、明日からは学校が始まる。
今日くらいは感慨に耽りたい。
「陽菜、その髪どうした」
「夏樹さんにやられました」
一本三つ編みなんて髪型があるとは、驚いた。
「どうですか?」
「良いと思う」
「そうですか。良かったです」
元々城があったらしいこの公園、お堀にかかる橋から見える桜、カメラを構える人も多い。
「陽菜、撮らないの?」
「私の背でこの人混み厳しいです」
「陽菜ちゃん、肩車しようか?」
「いえ、この歳でそれは少々気が引けます。それに今日はスカートなので」
結果、僕が陽菜のカメラで陽菜が納得する写真を撮るまで頑張る事で落ち着いた。途中から京介や入間さんも参戦し、陽菜と夏樹の審査員による写真大会になった。
カメラ性能の差で僕が優勝したけど。
駅でみんなと別れ帰路につく。
「相馬君、一つお願いが」
「どうした?」
「髪を切っていただけませんか?」
「えっ?」
自分の髪を触る。確かに前髪伸びてきたなとは思うけど、そこまで気になっていないのだが。
「違いますよ。私の髪です」
「陽菜の?」
「はい」
いつもと変わらない表情でそう言うが、美容院とかの方が良いと思うぞ。
「私のが切り終わったら相馬君の髪、整えてあげますよ。こう見えて、結構上手いですよ」
どうしよう……。
「……いくよ」
「はい、バッサリとどうぞ」
「うん」
肩にかかるくらいの長さで切り揃えよう。慎重にハサミを入れる。
「良い感じです。鏡で見せてください」
「こんな感じ」
鏡で見せれば満足気にうなずく。
「細かいところは自分でやるので、相馬君、座ってください」
「了解」
廊下から持ってきた姿見に映る自分の姿、その後ろには陽菜がハサミを構えている。
「それじゃあ、始めますね」
迷うことなく髪を切っていく。
「私も、今日は少し感慨に耽ってしまいました」
「へぇ」
「ありがとうございます。一年間」
「それは僕の台詞だよ」
「私がやったことは所詮、生活のサポートです」
鏡に映る陽菜の顔に小さな笑みが浮かぶ。
「相馬君と一緒にいると、自然に笑えるのです」
段々とはさみはゆっくりになり、仕上げに入ったのがわかる。
「私はとても豊かになりました」
鏡で後ろの方の出来上がりを見せてくれる。注文も文句も浮かばない。
「相馬君が私の世界を広げてくれました。……そろそろ夕飯にしましょう」
「うん」
「何だか、恥ずかしくなってきました」
少しだけ顔を赤くして、気まずそうに目を逸らす。
「でも、言ったことは本当です」
ここは、僕も同じように返せば良いのだろうか。陽菜に貰ったものはいっぱいある。感謝してもしたりないくらいに。
でもこれ以上恥ずかしがらせるのも駄目な気がする。父さんも言っていた。言葉にするのも大事だけど、行動で示す方がもっと大事だと。
「ありがとう」
できる限りの感謝の気持ちを込めて言う。それだけで満足気にうなずいて手早く散髪スペースの片づけをする。
「今日はいつも以上に張り切っちゃいますから期待していてください」
「うん」
そして、二年生になって最初の朝がやって来た。
入学式は午後からだが、二、三年生は準備のために午前中から登校するけど。
「私たちも後輩ができる学年ですね」
「直接的な後輩は部活にでも入らなきゃ難しいと思うぞ」
「そういうものですか」
先輩後輩の関わりはほぼそこでなされると言っても過言ではない。
いつもの駅で電車から吐き出され、長期休み恒例の眠そうな生徒たちを眺めながら歩く。
「あの、日暮先輩!」
「うん?」
駅を出てすぐ、振り向いた先、うちの制服を着た女子。リボンの色から反射的に三年生と考えるが、今は引き継がれ一年生の色。
眼鏡をかけ、腰まで伸びた髪を一本にまとめ、華奢な印象を与える体つきをしている。
「えっと、覚えていますか?」
考える。先輩と呼んでくれるような人、いたっけ?
「陽菜、わかる?」
「わかるわけないじゃないですか」
ですよね。
目の前の後輩? はおろおろと周りをきょろきょろと見回し始め、恥ずかしそうに縮こまる。
「覚えてない、ですよね。ごめんさい。失礼します」
呼び止める間もなくどこかに走り去る。一瞬躓いたがそのまま朝の雑踏に消えていった。
「相馬君、今のはさすがに如何なものかと」
「反省します」
二年生編、スタート。





