第七十話 メイドと正月を過ごします。
頭の中に台詞を思い浮かべ、感情を落とし込む。
「ここまでか」
「はい駄目。予定調和、何度も同じ会話してきました感が出てる」
手を叩きながら部長はくるくると回りながら雪を蹴り上げる。とはいっても手袋をつけているからあまり音は出ていない。
「私たちは何度も練習するけど、キャラクターにとってそれはあくまで初めての瞬間、わかる?」
「何となく、意味は」
「まぁ、私は慣れてるから。台詞の意味だけ覚えて言葉はその場で考えるけど、君たちにそこまでは要求しない。でも覚えておいて欲しいな。あくまでその瞬間は初めてである、だから予定調和になってはいけないって。もっとぎこちなくて良い」
難しい。でも意味は伝わって来る。ここが寒空の下では無かったらそこのところもう少し深く聞いてみたい。
「さぁ、もう一回やってみよう」
部長の言うセリフが毎回変わるのもそういうことなのだろう。
指鉄砲を向け、本番ではエアガンだけど。悲痛な表情を浮かべるその様は部長の実力の高さをうかがわせる。
振り返り、逃げようとするが足を撃たれ転ぶ。
「……ここ、までか」
「そう、良い感じ。練習はするけど、タイミングとかは適当で良いから。わざとらしい演劇なんて見ていて寒いだけだよ」
地面が冷たい。かつての仲間に撃たれ、捕らえられる。ここは全力で逃げるべきかそれとも迷いながら逃げるべきか。コートについた雪を払い落としながら考える。
「もう一回良いですか?」
「うん、良いよ」
僕も結構のめり込んでいるな、演劇。
「陽菜ちゃん、どうかな? 今の台詞」
「そうですね……。今の部長の相馬君に対するアドバイスに基づくなら駄目です」
「ですよね。よし、行くよ」
「はい、いつでも」
夏樹さんから感じる強い視線。台詞を頭の中で整える。
「面会か、少し待て」
ラストシーンの少し前、大事な場面。主人公のか
つての友が面会に来るシーン。しかし中では既に主人公は自害している。
「はい。手土産は駄目でしたよね」
「そうだ」
冷淡な看守になりきる。情を感じさせない表情は得意だ。
「陽菜ちゃん。もう少し冷めた表情できますか?」
「えっ、はい」
おかしい。表情の温度はどうすれば下がるのだろう。
「姉御も陽菜ちゃんも、色ボケですか? 甘い雰囲気漂わせてますですよ」
入鹿さん、鋭い。
「日にちもあまりありませんですから、しっかり頼みますですよ」
「はい、すいません」
気合いを入れなおす。よし。
「許可が出た。ついてきてこい」
「はい」
「良いと思いますですよ。そういえば、この演劇のタイトル、もう少しどうにかなりませんですか?」
「『残酷な正義への鎮魂歌』カッコいいと思いませんか? 鎮魂歌と書いてレクイエムです」
「いや、何と言うか、痛々しいです」
おかしい、相馬君は大絶賛だったのに。
「うん、私もカッコいいとは思うけどもう少し検討した方が良いと思う」
「部長もそう思うのですか?」
困りました。多数決では敗北です。
「仕方ありません。考え直します」
良いタイトルだと思ったのですけど。
「それじゃあ、レッツゴー」
近くの神社まで五人で歩く。午前中みっちり練習してファミレスで昼食。寒空の下での練習で冷えた体も今は温かい。
「ねぇねぇ相馬くん。えいっ!」
「おっと」
飛んできた雪玉を慌ててキャッチ。
「ありゃりゃ、取られちゃったか」
そのまま僕の横を歩き始める。
「昨日ね、お父さんたちと話して、仏壇、引っ越すことにした」
「良いの?」
「うん。お父さんの方の実家に移すよ」
そういう夏樹の顔には後悔は見られない。
「さて、ここ狭いからもう少し寄って良いかな?」
「えっ、うん」
確かに雪が道路のわきに積まれて大分狭い。
「腕も拝借」
うん、まぁ。確かにところどころ滑る道でもある。
雪が踏み固められ、油断すればツルンと行って転んでしまうだろう。目の前のこれから渡る橋では車が滑ってもう少しで対向車にぶつかるところだった。
「危ないね」
「そうだね」
「夏樹さん、一列になった方が良いかと」
「あはは、そうだね。ごめんなさい」
離れた僕と夏樹の間を冷えた声と共に雪玉が通り過ぎた。
「成功しますように成功しますように成功しますように」
「部長、後ろが支えてますですよ」
「だって、突然不安になってきて……」
午後なのにどうしてか混んでいる。人酔いしそうだ。お守り何か買おうとは思ったが行列を見てやめた。綿あめや唐揚げ、牛串にたこ焼き。屋台もあるがそれらも混んでいる。正直帰りたくなってきた。
「相馬君、五円玉をどうぞ。値段は関係ないらしいですが」
「あぁ。ありがとう」
二礼二拍一礼。終わったらすぐに離れる。何も考えなかった。
「一年の計は元旦になりって言うけどどうなんだろうね」
「どうでしょう。意識してそれ相応の努力をすれば人は変われると思いますよ。わかりやすいきっかけが元旦である、それだけかと」
なるほどな。
初詣を終えて公園に戻り午後も練習、しようと思ったのだが。
「血が騒ぐ」
「どうかしましたか? 部長」
「雪合戦がしたい」
公園を見回す。子どもはいない、雪は積もっていてそれなりに広さがある。確かに丁度良い。
「やるぞ、チーム分けはどうしようか」
「じゃんけんで良いと思いますよ。グッとパーで別れましょ」
僕は、部長と二人か。
「勝つぞ日暮君。負けた方はココア奢りで」
公園の端と端に別れゲームスタート。飛んできた雪玉をキャッチして補給するとしよう。とりあえず両手に一つずつ持って出陣。
次々と遊具が撤去されていく時代の流れに翻弄された公園、それ故に障害物は少ない。
「入間ちゃん、隙あり!」
「ぎゃっ! 部長。いつの間に」
「ついでに朝野ちゃん!」
「甘いです」
既に戦闘は始まっている。部長に集中している陽菜の背中を狙う。
「おっと、危ない」
「あらら、気づかれましたか」
後ろから近づく足音、咄嗟に振り向いて投げた雪玉は夏樹の横を通り過ぎて行った。
片手に雪玉一つ、この距離で補給するためにしゃがむのは危険。この弾は無駄にできない。投げてくれれば良いのだが。
「ふふふ、布良ちゃんもいただき」
僕の頬をかすめた雪玉は夏樹の胸元に吸い込まれていく。
「ゲームセット、私の勝ち」
後ろから聞こえる興奮しきった声。振り向けば頭の上に着弾したのか、髪を白く染めた陽菜と体を動かして暑くなってきたのかコートを脱ぎ捨てた部長。
「さすがに強すぎだと思いました。部長は一人のチームにするべきかと」
「うん、それも良いね。やってみる?」
「いえ、今日は良いです。劇の練習しましょう」
「そうだね。本番は再来週、センター試験の次の週だから」
その頃には推薦で進学する人は暇になっていて、一般受験の人はこれからどうしようか悩む時期だ。息抜き程度に見に来れるよう毎年そのくらいの時期にやっているらしい。
「あと二週間。四日からは学校も使えるから、こんな寒い思いはしなくて済むよ」
「それはありがたいですね」
「それじゃあ、午後は通し練習で行こうか」
「相馬くん、お疲れ模様かな?」
「うん、まぁ」
練習終わり、駅まで歩く。何だかとっても眠い。
「家に帰ったら疲れが取れる物作りますよ。もつ鍋はどうでしょう?」
「良いね」
「羨ましいねぇ。私も行って良い?」
「良いですけど、家の方は大丈夫なのですか?」
「あはは、駄目だね。おせちは食べたの?」
「今朝食べました」
当然のごとく手作り、起きたら既にできていた。買ったは良いが使っていなかった重箱に入れられた料理、味は言うまでもないが、あれって全部家庭で作れるものだったのか。
「それじゃあ、私はここで。また明日」
「はい、また明日」
それから、毎日練習した。学校が始まってからは放課後だけではなく朝も早めに集まった。台本もさらに直した。部長も緊張しなければあとは大丈夫とお墨付きをくれた。
「よし! 本番、頑張ろー」
そんな掛け声とともに直前リハーサルを終え、僕らは本番を迎える。





