第六十九話 メイドと年を越します。
「うーん、日暮君。もう少し布良ちゃんから離れようか。今のセリフのところ」
「はい」
今日も練習。とは言ってもどこも大晦日で閉まっているため、公園での練習だ。寒い。
「さて、次のシーンに行くよ。入間ちゃん」
「はい」
「日暮君と布良ちゃんはもう少しそのシーン練習して」
「わかりました」
しかしながら台詞が多い。覚えきれてはいるが、感情の動きが激しいキャラだからどうにも表現しきれていない。
「ほら、相馬くん。やるよ」
「おう」
男が仲間たちと決別するシーン。戦争を止めるために犯罪になるとわかっていても活動に完全に身を投じる決意をするシーン。
覚悟を決めるシーンってことか。すべてを捨てる覚悟か、拾うために苦しむ覚悟はわかるけど捨てる覚悟ってどんなものだろう。
「相馬くん、台詞は?」
「えっ、あぁ。ごめん。もう一回お願いしても良い?」
「はいはい、ちゃんと集中してね。……行く気か?」
「夏樹さん。そんな腑抜けた感情を込めてそのセリフは無いと思います」
「ごめんなさい」
「よう、お前ら。やってるか? 差し入れ持ってきたぞ」
「京介、サンキュー」
「おっ、あの時の一年じゃん。ありがとさん。それじゃあ休憩」
差し入れのハンバーガーにかじりつくのだが。
「寒いな」
「そうですね」
「そうだね」
「寒いですね」
「うーん、だよね。場所用意できなくてごめんね」
寒さ自体には慣れたのだが雲行きが怪しい、すぐに雪が降るだろう。
「そういえば天音部長、うちの部長が証明について確認しておきたいことがあるそうですけど、年明けにすぐに確認したいそうです」
「おっけ、ありがと。頭に入れとく。あとでこっちから連絡するって伝えといて」
「わかりました」
京介が敬語使っている、違和感が凄い。
「そんじゃ、お前ら練習頑張れよ。俺は行くから。またな」
こっちの方が京介らしい。
「うーん、どうしようか。さすがに寒くなってきたね。よし、一回通しで練習して解散」
その言葉通り、今日は解散となった。
「いやー、部長も忙しい人ですね」
「だね~」
帰ろうとは思ったがその前に体を温めたい。喫茶店でココアを頼む。暖房の効いた店内で予想通り降り始めた雪を眺める。
「今日で一年が終わるのか」
「そんな事を盛大に祝うのかとは思いますけど、少し寂しい気はしますね」
四人で刻々と近づく年明けまでの時を過ごす。イベントばかりであっという間だった。そして年明けにはすぐにイベントが起きることが約束されている。
「今日の夜は皆さんはどのように過ごされるおつもりで?」
「入鹿は家族とですね。初詣も夜中に少し遠出するです。明日の練習には出ますですよ」
「私も家族とかな。父さんたち休み取ったみたいだから」
少しだけ、困ったような笑顔を浮かべた夏樹が少しだけ気になった。
「相馬君」
「どうした?」
雪が弱まり、喫茶店を出て歩く。青空から雪が舞い落ちる。キラキラと光り眩しい。
呼びかけ、何も言わずに僕を見上げる。疑問符を浮かべる僕をしげしげと眺め、小走りで少しだけ前を行く。
「今日は久しぶりにゆっくり一緒にいられますね」
「そうだね。一緒にいられるね」
「夕飯は何が良いですか?」
「普通は蕎麦じゃないの?」
「いえ、蕎麦とは別にです。一応確認しておきますが、相馬君は年を越す前に寝てしまわれるタイプの人ですか?」
某歌番組も笑ってはいけないあの番組も見ないで今まではさっさと寝ていたけど、今年くらいはな。
「陽菜が起きているなら起きていようかな」
「そうですか」
くるりと陽菜が振り向く。降る雪も相まって、その光景が幻想的に見えた。
「前から思っていましたけど、相馬君の首元、いつも寒そうですよね」
「マフラーとかネックウォーマーとか苦手でね」
中学生の頃は無理してつけて、口元隠して歩いていたけど。さらに前髪も伸ばして片目を隠していた。
「こちらをどうぞ、遅ればせながらのクリスマスプレゼントです」
差し出されたのは黒いマフラー。差し出す手がかすかに震え、どうしてかそわそわしているように見える。
「どうですか? やっぱり手編みのプレゼントって重いですか? ごわごわチクチクしないように作りましたが」
「えっ、これ手編みなの?」
「そうですよ。どうですか?」
「嬉しいよ。お互い、クリスマスプレゼント渡す暇なかったし。僕もずっと鞄に入れていつわたすか考えていたからさ」
鞄からできる限り丁寧に包装したそれを差し出す。
「これは?」
「開けてみて」
中からはマグカップが二つ。二つでセットになっているもの。
「一緒に使おう」
「良いですね。嬉しいです」
少しだけ顔が綻ばせ、丁寧な手つきで箱に入れなおす。
「それでは、帰ってココアでも飲みましょう。先程の店のココア、とても参考になりました」
「うん」
マフラーを首に巻く。
「なぜ口元を隠すのですか? 巻き直しますので貸してください」
解かれ巻き直されてしまう。
「はい、これで温かいですよ」
「ありがとう」
差し出された手を握る。雪で狭い道、体を寄せ合って僕らは帰った。
「痛そうですね」
「うん。こんなことやっているのか」
テレビの中では芸能人がキックを食らっている。それに笑い転げた芸能人たちが罰ゲームを受ける。
「これ、面白いのかな」
「どうなのでしょうか」
床に正座した陽菜とソファに寝転がる僕。時刻はそろそろ十一時。あと一時間で年が変わる。
「最近の私、メイドらしさが消えつつあるのは気のせいでしょうか?」
「どうした急に」
「突然気になったもので」
「メイド服着て家事しているだけじゃ駄目か?」
「駄目ですね。ご主人様を立て、尽くす。最低限これくらいはしないと」
「それなら十分していると思うぞ」
腕を組み考え込んでしまう。普通の生活に馴染んできたと考えればむしろ良いことだろ思うけどな。
「ちょっと意識してメイドになってみようと思います」
「おう」
立ち上がり、ソファの後ろに移動、そのまま姿勢よく静止する。
それから五分、先に音を上げたのは僕だった。
「すまん、何か話してくれ」
「申し訳ありません。気の利いた話題が思いつかないもので」
やりづらい。
「陽菜、戻れ、いつも通りに」
「そう言われましても、いつも通りとはどんな感じなのでしょうか。わからなくなりました」
確かに、それもそうか。
「とりあえず、隣に座りな」
「はい」
さて、どうしたものか。そう考えながら腕に抱え込む。
「良い香り、シャンプー変えた?」
「はい、変えましたよ。どうですか?」
「良いと思う」
細いのに柔らかいって不思議だ。って、僕は変態かよ。
「さて、そろそろ蕎麦の準備をしたいと思います」
「うん、僕も眺めたいから一緒に行く」
「この時間に天ぷらはキツイと思いますので蕎麦だけですよ」
「はーい」
なんだかんだ、いつもの陽菜じゃないか。
テレビでは、人気アイドルグループが次々と曲を披露していく。熱気がテレビから伝わってくるくらいの盛り上がりだ。
「もうすぐですね」
結局年を越す前に食べ終わってしまった。年越しそばって本当はどのタイミングに食べるものなのだろう。
カウントダウンが始まるが、お互い年越しをそこまで祝うつもりは無い、静かに新年を迎えた。
「あけましておめでとうございます」
「こちらこそ、今年もよろしく。初詣とか行く?」
「明日、練習が終わったら演劇の成功祈願がてら皆で行こうという話になったではありませんか」
「そうだったね」
スマホが着信を知らせる。父さんからか。
「もしもし」
『おう、そっちは年越したか?」
「うん、どうかした?」
『いや、しばらく連絡できそうにないからな。その前に一応安否の確認がてら連絡した』
「ずっと思っていたのだが、父さんの仕事って何なの?」
『さぁな。いずれ教えるよ。それじゃあ、そろそろ飛行機乗るからまたな』
切れる。はぐらかされた。
「戦闘力が必要で、あちこち転々とする、家族にすら職業の明かせない収入の良い職業って何だろう」
「スパイとかですかね」
「それにしては自由過ぎないか」
「確かに」
謎は深まるばかりである。





