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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
一年 冬
71/186

第六十八話 夏樹と過去と向き合います。

 「それでは、私はここで」

「うん、気をつけて」


 陽菜と別れ、僕は布良さんと一緒に布良さんの家を目指す。陽菜が言うに。


「私は一緒に行かない方が良いでしょう。布良さんのお兄さんに対する気持ちがもし私の予想通りでしたらですけど」


 布良さんのお兄さんに対する気持ちがどうして陽菜に繋がるのかはわからない。陽菜が危惧することはわからないが、任されたという事だ、しっかりやろう。


「ほら、早く行こうよ」


 グイグイと引っ張られる。

 ボックス席に隣り合わせで座り、しばらくすると電車が動き出す。窓の外の景色を見ようと窓の方に視線を向けると、幸せそうな布良さんの顔が写っている。僕は今から、この笑顔を壊すことになるかもしれない。



 「意外と軽い。女子ってなんでこんなに軽いのだろう」


 駅を出た僕の背には眠っている布良さん。どうにも僕は眠った女子を背負う星の巡りに今はいるみたいだ。陽菜より少し重いくらいか。身長差のせいだろう。


「ここ数日、布良さんのスタイルの良さもものすごく強調されているし。何だかなぁだよ」

「えへへ、何だかなぁ。おはよう、お兄ちゃん」

「夏樹、起きたんだ」

「そうだよ、起きたけど下ろさないでね」

「はいはい」


 下ろさないけど頼むから顔に頬ずりしないでくれ。

  




 布良さんの家は今日も誰もいなかった。


「お兄ちゃん、えへへ」


 腕にしがみつく布良さんからふんわりと良い香りがする。ソファーに並んで座ると昨日のように膝に頭を

乗せて寝転がる。


「ねぇ、夏樹。僕はお兄さんなの?」

「そうだよ、何言っているのかな? 私のお兄ちゃんだよ」

「僕の名前はわかる?」

「日暮相馬君」

「僕は何?」

「お兄ちゃん。あれ? おかしいな」


 目を閉じて考え込む。自分の記憶の矛盾に苦しんでいる。


「ねぇ、お兄ちゃん。頭撫でて」

「うん」


 頭を撫でる。優しく撫でる。陽菜の頭がサラサラだとすれば布良さんの頭はふわふわだ。


「ねぇ、お兄ちゃん。私おかしいよ。お兄ちゃんがお兄ちゃんなのに日暮君がお兄ちゃん?」

「違う。僕は布良さんのお兄さんじゃない。布良さんの友達」


 今ある事実を布良さんに突きつける。


「でも、お兄ちゃん」

「違うよ」


 突然、布良さんは起き上がる。気がついたら布良さんの顔が目の前にあって、顔が離れたとき、ぼんやりとキスされたんだなと気がついた。


「私ね、お兄ちゃんの事が好きなの。ずっと、片思い。私の初恋はお兄ちゃんだよ」


 僕の膝から降り、立ち上がる。


「ねぇ、お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくてお兄ちゃんなら良いよね?」

「何が?」


 すると、僕の手を取り立ち上がらせる。そのまま僕の手を自分の胸元に持って行く。


「血、繋がってないなら良いよね?」


 強い誘惑、視界がぐらりと揺れる幻覚を覚える。その誘いは男としては非常に魅力的で、このまま流されても良いのではと思わされた。

 目が合う、見つめ合う。ふと、頭の中に誰が言ったのだろう『目を逸らすな』そんなメッセージが頭に浮かぶ。

 見つめ合う。その目は僕を見ていない。僕を通して別の誰かを見ている。


「布良さん」

「もう、夏樹って呼んでよ」

「布良さん」


 布良さんの表情が強張る。


「布良さん、お兄さんはもういない」

「いる。お兄ちゃんはいる」

「もういない」

「いるもん!」


 悲痛な、聞いているだけで思わず彼女の主張を肯定したくなるそんな叫び。でもそれを認めるわけにはいかない。


「お兄さんはいない。でも、僕らはいる」


 失ったものに囚われる、そんな彼女の止まった時間を動かさなければならない。


「大丈夫だ。一人じゃない」


 ゆっくりと近づく。引き寄せて抱きしめる。安っぽい言葉だ、でも気持ちさえ伝われば良い。


「僕も怖かった、また失うかもしれないって」

「えっ?」


 涙声の布良さん、泣かせたなんて知られたら陽菜に怒られるだろうな。


「母さんを失って、でも陽菜がずっと一緒にいるって約束してくれて」

「お母さん?」

「僕も、母さんの記憶、失くしていたんだ」

「お兄ちゃんも?」

「うん。塞ぎこんでいた僕に、みんなが一人じゃないと教えてくれた。布良さんが僕の背中何回も押して一歩を踏み出させてくれた」

「私が?」

「うん、そんな布良さんが大好きだ」

「そんなこと言ったら、陽菜ちゃんに怒られるよ。この状況でも危ないのに」

「うん、そうだね」

「ねぇ、お兄ちゃん。今晩泊まって行ってよ。もう少しだけ、夢を見ていたい」


 そのまま布良さんはすとんと崩れ落ちてしまう。

 人は一人では生きていけない。誰かが一緒にいてくれる、その温かさをしってしまったらもう、孤独の寒さには耐えられないし、幻想の温かさでは物足りなくなる。


「もしもし、陽菜」

『はい』

「泊まっていくことになった」

『そうですか。ワイシャツは明日持って行きますので今日はそれでお過ごしください。下着類に関しては鞄の底に入れてあります。毎日取り換えているのでご心配なく。今日は実際に衣装を着ての練習ですのでジャージは綺麗なままです。寝巻はそれで事足りるかと』

「どうなったか聞かないの?」

『相馬君の声を聴けばわかります。今回の私は、あまりにも無力でした。友達として、力になれませんでした。悔やまれます』 

「陽菜、そこにいることが重要だよ」

『どういう意味ですか?』

「そこにずっと一緒にいてくれる誰かがいることが重要なんだ。それだけで救われるんだ」

『そうなのですか?』

「うん。だから陽菜が自分を責めることは無い」

『ありがとうございます。夏樹さんの御様子は?』


 後ろから何かに抱きつかれる感触。ふわりとお風呂上がりの香りがする。


「日暮君に抱き着いている」

『なるほど。わかりました。では切りますね』


 ぶつりと電話が切れる。


「陽菜ちゃん、ヤキモチ焼いちゃったかな」

「どうだろう。そういえば気になっているのだが、記憶戻ったの?」

「うん、今もざわつくし頭痛いし、それに、お兄ちゃんが死んだことは認めたくない」

「お兄さんは、自分が避けるよりも布良さんを逃がすことを選んだ。咄嗟の場面で布良さんを選んだ。そんな布良さんが自分を責めるのは、お兄さんも怒ると思う」

「うん、わかっている。罪悪感じゃないんだ。お兄ちゃんが私を助けてくれたのはわかっている。ただ、お兄ちゃんがいないのが受け入れられない、とっても子どもっぽい事なんだ。そんな理由で迷惑かけてごめんね、日暮君」


 段々と、布良さんがいつもの布良さんに戻っているのがわかる。それでも、どこかそれを拒否している布良さんがいる。


「今は、お兄ちゃんで良いよ。今日はそれで良いって言ったから」

「うん、ありがと」


 電気を消す。どうしてか布良さんの御両親は帰ってこなかった。その事を布良さんに聞くと。


「そんな事しょっちゅうだよ。お兄ちゃんが死んでから。あはは、嘘がもう一つバレちゃったね。実は弁当は自分で作っていたのだ。帰って来ても夜中だし、朝もバタバタとすぐに行っちゃうし。夕方帰ってくる方が稀だよ。今日は帰ってこないってさ」


 そういえば、そんなこと言ってたな。きっと、お兄さんの死を隠す一環だったのだろう。

 娘が大変でも休めない仕事がある。それは普通の事で咎められることでは無い。


「今日は僕がいる。それで良いかな?」

「充分すぎるよ」


 体を寄せ合う。そのまま目を閉じる。睡魔はすぐに来た。僕を眠りの世界に誘うべく、抗わず落ちていく。




 「おはよう、日暮君」

「あれ、夏樹」

「うん、夏樹だよ。ご飯食べる?」

「うん」


 僕からしてみれば寝坊と言える時間。既に朝食が用意されている。


「日暮君、自然に夏樹って呼んでくれた」

「えっ、あっ」


 意識していなかった。自然とそう呼んでいた。


「これからはそう呼んでね。私も相馬くんって呼ぶから」


 夏樹が夏樹に戻っている。


「調子は?」

「昨日、いっぱい泣いたし。いっぱい甘えたから。あとは自分で整理つけるよ」


 いつもの、夏樹の笑顔。


「キスしたことは秘密ね」

「あっ、はい」

「私の初キスだよ。それのせいで関係が崩壊したら初キスが封印指定の思い出になっちゃう」


 それから、駅で陽菜と合流して学校へ向かった。  

 






 お昼休憩、私は陽菜ちゃんを呼び出した。


「ごめんね。迷惑かけて」

「いえ、お気になさらず。昨日と今日のお二人の変化も別に気にしていません」


 陽菜ちゃんは最近ヤキモチを良く焼く。焦げるどころか灰になるまで。


「ねぇ、陽菜ちゃん。実はもう一つ本題があって」

「はい」


 息を一つ吸い込む。これはある意味裏切り。でも、これは秘密にはできない。


「陽菜ちゃんに宣戦布告します」


 きょとんと、何を言っているのかわからないと首を傾げる。うーん、可愛いなぁ、勝てる気しないなぁ。

 でもそれでも、私は言う。


「油断していたら、相馬くんの事、容赦なく取っちゃうから」

「えっ? ちょっと待ってください。夏樹さんに本気を出されたら私、勝ち目無いのですが」


 自己評価低いな~。

 相馬くんに恋しているのかははっきり言ってわからない。この気持ちはお兄ちゃんがいないという事実を受け止めるための私にとってのプロセスというだけかもしれない。

 はっきり言えるのは、今の私の気持ちが相馬くんに向いているということだ。


「まぁ、良いです。決めるのは相馬君です。夏樹さんが選ばれても恨みはしません」


 お兄ちゃん離れしよう。私は昨日の夜、そう決めた。私は失恋した、別の恋に出会ったから。これが一番都合の良い形、この恋がいつか本気になれば良いと思う。本気になってはいけないけど、私を殻から引きずり出してくれた人はこの人なのだから、自然な流れだと思う。

 陽菜ちゃんはいつもの表情、仮面の下ではどんな顔しているのかな。苦笑いかな、多分。

 私は大人になりたくなかった、だからいつまでもお兄ちゃんにしがみついていた、今はそう思う。


「ねぇ、陽菜ちゃん。嫌いにならない?」

「なりませんよ、そんなことで。相馬君の気持ちが夏樹さんに向くなら私はそこまでの女ということですから。私の自分磨きがさらに必要になったということですから……夏樹さん?」


 陽菜ちゃんに抱きつく。そんな私の背中をポンポンと優しく叩いてくれる。


「少しだけ遅れて行きましょうか。落ち着いたら言ってください」

「ありがと」


 


 


 



 

 



 


  

 

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