第六十三話 メイドとクリスマスを過ごします。
今日明日の練習は各自で自主的にやってくれとのこと。今日はクリスマスイブ。町中の浮かれた雰囲気の中、僕と陽菜は車に揺られていた。
「全く、メイド長も人使いが荒いぜ」
「雪道の中、この脳筋に私は命を預けなければいけないのですか」
「仕方ないだろ、こっちだって今日は仕事だ。大事な招待客様のメイドを置いて行くような真似なんてできねぇし、事故らせるようなこともしねぇよ」
「しかし、まさか招待されるなんて思いませんでした」
車はだんだん山の中に入っていく。もうすぐ屋敷も見えてくるだろう。
「それがね、前々から招待していたやつのうちの何人かがドタキャンしやがってさ。そんでもってリラが陽菜に連絡したら今日は何も無いって言うじゃん。という事で招待しました」
「どんな人が来るのですか?」
「うん?うちの派出所のお得意様。どっかの社長とかそういう人」
「えっ、それって僕ら呼んでもらって大丈夫なのですか?」
「大丈夫大丈夫。料理とか楽しんでもらえば良いから」
「はぁ」
後部座席に座る陽菜を見る。特に緊張した様子が無いのは毎年の事だからだろう。
演劇の事もあり、クリスマスイブの今日をどう過ごすか迷っていたところに舞い込んできた招待。クリスマスらしいことはしたいなと思い行くことにしたのだが、かなりきっちりとした正装をさせられたのはそういう事だったのか。
「泊まりの準備はしてきただろ?」
「えぇ、はい。してきましたよ」
「ならよし。ほら、そろそろ着くよ」
車が屋敷の正門から入っていく。玄関前に降ろされ、泊まり用の荷物は正門で待ち構えていたメイドたちがせっせと割り当てられている部屋に持って行った。
全員メイド服をベースにサンタコスプレしていた。お堅い立食パーティーかと思ったがそういうわけでも無いらしい。
「陽菜」
「はい。屋敷の飾りつけの事でしたら夜に見るのをお勧めします。毎年この時期になると、総出で飾り付けをするのですよ」
庭から壁までクリスマス一色に染まっていた。昼に見ても楽しめるように草はトナカイやらサンタやらの形に整えられ、さらによく見てみるとイルミネーション用の電球が張り巡らされている。
「三日しか飾らないのに半日かけて飾り付けて、さらに半日かけて片付けです。正直やる必要があるのか疑わしいですよ。サンタの格好をしたメイドの事でしたらあれも私がデザインしたものですよ。我ながら良いデザインです。家に帰ったら私も着てみようと思います。さてここから一旦、彼女でありメイドである私ではなく、相馬君の完璧なメイドです」
普段から完璧なメイドだけどな。
僕が感じた疑問を一気に答え、僕の一歩後ろに下がる。目線で先に行くように促すので中に入る事にする。中で待っていた案内のメイドに導かれ玄関ホールを抜け大広間の前、待ち構えるようにメイド長が立っていた。
「来たか少年。待っていたぞ」
「お久しぶりです。招待ありがとうございます」
「感謝すべきはこちらだ。突然の招待に応じてくれたこと、感謝する」
スーツにサンタ帽をかぶった姿はあまりにも違和感があるが、その堂々とした姿にこちらが間違っている気分になる。
「さて、まぁ今日は変に身構えずに楽しんでくれ。うちの派出所の料理は上手いぞ、寿司とかな」
「当派出所の寿司は、わざわざ名店の職人に弟子入りして帰ってきたメイドが教えたのでなかなかのものですよ」
「へぇ」
するとメイド長が突然豪快に笑いだす。
「まぁ、好きに楽しみたまえ」
そしてそのままどこかに行ってしまった。
「今日は機嫌が良いですね」
「そうなの?」
てっきりドタキャンのせいで機嫌が悪いと思っていた。
「はい。機嫌が悪いと朝から酔っているとかありますから」
「駄目じゃん」
「はい。酔った勢いでの指導となると、ちょくちょく無理難題が混ざっていたりしますから」
陽菜の目線の先はサンタコスプレで働いているメイドたち。飲み物を配ったり料理の準備をしたりと忙しそうだ。
「あら、お二人さん。本当に来てくださったのですね。はい、こちらをどうぞ」
サンタメイド服姿の東雲さんが飲み物を配っている。
「ありがとうございます」
「楽しんで行ってくださいね。陽菜さん、安心してくださいね。あの写真はまだばら撒いていないですから」
口に手を当て上品に笑う。
「消してはいないのですね」
「当然ですよ。あんな愛らしい陽菜さん見た事無かったのですから」
「はぁ。仕事戻らなくても良いのですか?」
「はい。あとは後輩達がやってくれるでしょう」
意外としたたかなところがあるな。
「メイド長の挨拶が始まるようですね」
グラスを持ちお立ち台に上がると、会場中の視線がそちらに向いた。
「本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。長々と挨拶をするつもりはありません。料理が冷めてしまいますので。では、乾杯!」
会場中から乾杯の声と共にグラスが掲げられた。
「相馬君、こちらの料理はいかがですか?恐らくは中華料理が得意な子が担当したはずですので、味は保証しますよ」
「うん、食べてみるよ」
小籠包か、初めて食べるな。
「あちち!」
「気をつけてください。中から熱い汁が飛び出るので」
「もう遅いって」
美味しいけどさ。
「すいません」
今日の陽菜は意識して感情を顔に出そうとしていない。それでも、ご主人様と呼ばないのは僕が禁止したからだ。
「そういえば、メイド同士話したりしないのか?知り合い結構いるだろ。東雲さんとか結城さんの他にも」
「いますよ。しかしながら今は仕事中ですから。旧交を温める暇なんてありませんよ」
和洋中様々の料理、メイド長お勧めの寿司も美味しい。
「そろそろ吹奏楽部の演奏が始まります」
「吹奏楽部?」
「はい。他にも奇術部、大道芸部がクリスマスに技を披露します」
ここのメイド、メイド辞めてもどこでも働けるな。
そう考えると、陽菜を僕なんかの所にとどめておかずに、もっと大きな何かをやらせた方が良いのではないかと考えてしまう。メイド長の手伝いもそうだが、他にも選択肢があるだろう。
聞こえてくる演奏、それに合わせて大道芸部が芸を始めたり奇術部がショーをしたりする。
「相馬君、私は自分の決断を曲げる気はありませんよ」
背伸びをして耳元で囁かれた言葉。わかっていたことだが、このメイドは悩むことも許さない。
「ありがとう」
「どういたしまして」
宿泊用に案内された部屋は以前利用した部屋と同じものだった。前と違うのはベッドが一つ増えて陽菜が同じ部屋に泊まる事だ。
お風呂から上がり、もう寝るだけという状況。明日の昼頃には帰る予定だ。
「今日はずっとメイドの私でしたから。甘えて良いですか?」
「良いですよ」
同じベッドに寝ころびすり寄って来る。
「演劇の事考えているのですか?」
「うん。どうすれば良いのかなって」
「うちのメイドに頼みますか?」
「それは、今回は駄目な気がする」
「どうしてですか」
「文化祭の時も、本当は僕らでどうにかすべきだったのかなって。よくわからないけど、確かにここの人たちなら完璧に仕事してくれると思うけど、それでも駄目な気がする」
頭を撫でる手に少しだけ力を込めて引き寄せる。
「そうですか。ではどうしますか?」
「台本少し直して、どうにか五人で回せないかなって」
「考えてみますか?」
「うん」
「京介にも相談したら手伝ってくれるみたいだからさ。どうにかできる気がする」
「そうですね」
陽菜が笑っている気がする。吐息がくすぐったい。
「では、明日帰ったら直してみましょうか。今日は休みましょう」
「うん」
「あの」
「うん?」
陽菜の顔が目の前に突然現れそのまま唇が重なる。舌が口の中に入って来る。
「相馬君。大好きですよ。愛しています」
「僕も」
どうしよう、この状況。何の準備もしていない。良いのか、これ。
抱き合ったまま頭を撫でるのに集中する。こんな時ばかり感覚が敏感になっているのを感じる。今までにない緊張感、心臓が凄まじい速度でリズムを刻む。
「どうぞ。来てください」
「うん」
あれこれ考えていたが、結局のところそれだけで十分だった。
覆い被さり、陽菜のパジャマのボタンに手をかけた……。
プルルルルル、と部屋の電話が鳴り響いた。
顔を見合わせる。
手を伸ばして電話を取る。
「もしもし?」
「よう、少年。寝ていたか?」
「いえ。まだ起きていました」
「そうか。少し話をしようじゃないか」
メイド長からの電話。僕と陽菜は寝巻きから着替えて執務室に向かった。
「よう、お取込み中だったなら先に謝っておこう」
「いえ、そんな事無いのでお気になさらず」
正確には一歩手前といった所だろう。
「なら良い。陽菜、お前の意思は変わらんのか?」
この時間でもスーツを着込み、サンタコスプレを外しているメイド長の鋭い眼光。後ろに陽菜がいなかったらビビっていたところだ。
「変わりません。私は相馬君と共にいることを選びました」
「そうか。正式な答えは三年後に聞こう」
「メイド長!」
「陽菜、お前はまだ若い。自分の人生を簡単に決めるな。少年も肝に銘じておけ」
メイド長の言う事に反論は思いつかなかった。
「わかりました」
「相馬君?!」
「よろしい、さぁ、今日はもう寝ろ」
執務室を出て部屋に戻る途中、陽菜は睨んでいた。
「相馬君、私は一生傍にいるといったはずです」
「わかっている」
「なら!」
「陽菜、僕は陽菜を信じている。だから答えられたんだ」
「どういうことですか?」
「陽菜がどういう選択をしようと、それはちゃんと考えた上だって信じているから。そうじゃなかったら今頃僕は、陽菜にいなくならないでくれと拝み倒しているところだ」
陽菜の目を捉える。
「わかりました。疑ってすいませんでした」
「わかってくれてありがとう」
そのまま僕らは部屋に戻らずに外に出る。扉を開けた途端、色とりどりのイルミネーションが僕らを迎えた。
「客人という立場で見ると綺麗なのですがね」
「クオリティ高いな」
「当然です」
自然な流れで手を繋ぐ。静かに、僕らは一緒にいるという安心感に浸っていたかった。





