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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
一年 冬

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第六十二話 メイドと演技力を高めます。

 「日暮君、また棒読みになっているよ」

「すいません!」


 放課後、演劇部で。明日からは冬休みという事で午前中に終わり、午後の時間をつぎ込んで練習に励んでいるのだが難航していた。

 僕と布良さんのせいで。


「姉御、役柄的にそんなふわふわした雰囲気出した駄目ですよ。陽菜ちゃんはまぁ、看守という事でそのままでも大丈夫ですけど」

「うーん。難しいな~」


 入鹿さんと部長は二役して、助っ人組は一役で収まっているのだが、それなのに足を引っ張ってしまっている状況に焦りを感じていた。


「ほら、もっと。苦しんで!嘆いて!自分が信じている物を裏切っているという矛盾を表現して!」

「うわぁぁぁぁぁぁ」

「うん、そんな感じ。それじゃあその調子で。台詞私が振るから」

「はい、部長」

「いくよ……『お前は軍人として、国に忠誠を誓ったのだろう。それならどうして反対する!』」

「それでも、この戦争は、するべきでない」

「駄目だね」

「……はい」

 





 「どうしようね、日暮君」

「どうしようか」


 練習終わりの帰り道、僕と陽菜と布良さんの三人で歩く。


「練習しますか?お二人とも」


 僕と布良さんに挟まれた陽菜が声を上げる。


「するしかないよな」

「するしかないよね」

「お二人先ほどから息ぴったりですね」

「そうかな~?」

「そうかな?」

「はい」


 顔を見合わせる。すると僕の顔を陽菜は自分の方に向かせた。


「相馬君はあげませんよ」

「取らないよ。安心して」

「安心できたらいいのですが」

「陽菜、そろそろ顔離してくれ」

「すいません」


 解放された顔、結構強い力だったな。


「夏樹さん相手に安心しろと言われましても」

「陽菜、僕はそこまで自分を浮気性だとは思っていないぞ」

「陽菜ちゃん。自信持ちなって」


 無表情のままそっぽ向いてしまう。


「特訓しましょう。特訓です。私は一応台本の作者です。指導できます。練習場所としてはどこが良いと思いますか?」

「うーん。私の家は今日両親がいるからな~」

「別に集まらなくても電話でできると思うよ」

「それもそうですね。そうしましょう」


 というわけで駅で解散。

 電車に揺られながら台本を読む。


「陽菜」

「はい」

「うーん。やっぱり何でもない」

「そうですか」


 この台本は陽菜の内面を反映しているというなら聞いた方が良いとは思う。けどもし違ったらというのが怖い。


「遠慮しなくて良いですよ。私は相馬君を嫌いになったりしませんから」

「遠慮しているわけでは無いけどな」

「たとえ相馬君が別の女の子になびいて、そっちへふらふらあっちへふらふらしても嫌いになったりしません」

「そんなクズ男さっさと捨てた方が陽菜のためだと思うよ」

「捨てませんよ。言ったじゃないですか、相馬君の傍にずっといると。だから私はどこにも行きません。いなくなったりしません」


 その言葉は自分を鼓舞しているように聞こえた。ふと頭の中で、何かが繋がった気がした。


「ねぇ陽菜、もしかしてメイド長?」


 この間の電話、何か関連しているのではという根拠の無い予想。しかしどうしてか的外れではないという確信はあった。


「はい。卒業したら戻ってきて手伝って欲しいことがあるそうです。断りはしたのですが、よく考えておいてくれとのことです」


 卒業、あまりにも僕らにはまだ遠い話だった。


「相馬君に連れ戻された後、話自体は来ていました。でも私は、相馬君と一緒にいたいです」

「うん、ありがとう」

「いえ、ごめんなさい。黙っていて」


 俯きがちになる。髪の毛が陽菜の顔を隠して表情を知る事はできない。


「嬉しいよ。ちゃんと話してくれて」

「……はい。ではこうします。相馬君にはもう隠し事はしません」

「オッケー。それじゃ、僕も陽菜に隠し事はしないよ。約束だ」

「約束です」





 準備は整った。


「教官、始めましょう」

「はい。お任せください」


 三回コールで布良さんは出た。


「もしもし。おっ、今日は陽菜ちゃんと日暮君一緒にいるんだ」

「はい。夏樹さんは準備の方は?」

「いつでも行けるよ」

「それでは、始めましょうか」




 時刻は既に深夜を回っている。明日は祝日だが朝から練習はある。


「夏樹さん、覇気です。覇気を出してください」

「うん。頑張る」


 布良さんが栄養ドリンク片手に台本を読み上げる。


「考え直せ!俺たちは国に命をささげた身だぞ」

「しかし!その国が滅びては、俺たちの命はどこに捧げるというのだ」

「無論、国と共にわが身も滅びようぞ」

「馬鹿野郎!」

「黙れ!」

「駄目ですね」

「「はい」」

「相馬君、想像してみてください。これはあなたです。あなたがこの人なのです。あなたならどうしますか?どう思いますか?」


 僕だったら。この板挟みの状況、どうするかな。


「もう少し読み込んでみるよ」

「それが良いかと思われます」


 もう一度最初から読み返してみよう。僕がそうしている間も二人は練習を始める。


「良いですか夏樹さん、もう一度やりますよ。夏樹さんである事を捨ててください」

「はい、教官」


 最後、看守が脱獄に協力するから逃げろと持ち掛けるシーンがある、そのシーンで男は国への忠誠から逃げなかった。

 僕だったら逃げるな。

 僕とこの男は違う。違って当然だ。でも、演じるなら僕はこの男になりきらなきゃいけない。根本的に違うこの男、正直この男の事は理解不能だけどやるしかない。理想と忠誠の狭間で苦しみ抜いた男の生き様を表現しなければならない。










 「夏樹さん、準備は良いですか?」

「うん、日暮君は駄目みたいだけど」


 夏樹さんが指さす方向、相馬君が台本を読んでいたはずだが。


「寝てますね。こうなってしまっては相馬君は起きません」


 仕方ないので毛布を掛ける。


「よくわかっているんだね」

「はい」

「今日は泊って行くの?」

「えぇ、そのつもりです」

「そっか、良いな。大好きな人の傍にいられるって、幸せだね」


 そう言った夏樹さんの笑顔は、とても儚くて。思わず画面に手を伸ばした。


「ごめんなさいだけどそろそろ休もっか。疲れてきちゃったみたいだし」

「そうですか、わかりました。おやすみなさいませ」

「おやすみなさい」


 電話が切れる。パソコンの電源を切ると、色とりどりのアイコンの代わりに私の顔が映った。

 最後に見せた夏樹さんのあの表情が、忘れられそうになかった。





 昨日はどうやら練習の途中に寝てしまったらしい。


「起きましたか?」

「すごいデジャブ」

「いえ、今日は私が隣で寝ているため、以前この部屋で寝たときとは違うかと」


 隣で同じ姿勢で寝ていた陽菜が立ち上がる。


「では、お互い朝の日課を済ませてきましょうか」

「そうしようか」


 外は雪が降っている。灰色の空から無数に降って来るそれは町を白く染め上げていく。


「何らしくないこと考えているのだか」


 さっさと片付けよう。愛用のスコップを振り回し一つの山を作り上げる。


「溜まったらかまくらの一つでも作ってみようかな。大きいの作って陽菜に頼んでその中で鍋でもするのが良いかもしれない」


 積んでは固め積んでは固めの繰り返しという結構地味な作業だけど、でも楽しそうだしやってみよう。


「よいしょよいしょ。それそれそれそれ」


 我が家の前に小さなかまくらが完成した。


「二人は入らないかさすがに」

「相馬君?いつもより遅いので見に来てみたのですが、何しているのですか?」

 陽菜がメイド服の上に休日用のピンクのコートを羽織って出てくる。

「かまくらを作った。もう少し大きいのができたら鍋でもやりたいなと。餅を焼くのも良いかもしれない」

「それは楽しそうですね」


 陽菜が完成したかまくらに入っていく。陽菜一人入るのが丁度良いサイズか。


「陽菜」

「はい」

「何となく見えた気がするよ」

「そうですか。相馬君ならできると思いますよ。私は信じていますから」

「陽菜って何でもお見通しだな。何の話題か言っていないのに」


 ひょっこりとかまくらから顔だけ出て来る。


「私を誰だと思っているのですか?相馬君のメイドで彼女ですよ」

「そうだな。どれ、かまくらを大きくする作業は帰ってからにするかな。朝ご飯食べて練習に行こう」

「はい。準備は整っております」


 冷えた体をポトフで温めて僕らは学校へ向かった。






 「おっはよー!二人とも」


 部室にて、登校してきた布良さんが陽菜に抱き着く。


「おはようございます。夏樹さん」

「おはよう」

「えへへ。陽菜ちゃん温かい」

「重いですよ」


 女子に重いって禁句だって聞いたことがあるのだが。しかし布良さんは特に気にしている様子は無い。


「今日も頑張ろう!」


 その時、部室の扉が開き演劇部の二人が入って来る。一目見てわかるくらいに深刻そうな表情をしている。部室の雰囲気に緊張感が漂う。


「ごめんね、三人とも。講演会できるかわからなくなっちゃった」

「どういうことですか?」

「舞台装置を担当してくれるはずだった人たち、来れなくなっちゃって、全員」

「えっ?」

「だからさ、多分。諦めることになっちゃうかも。出来る限り努力はするよ!でも、無理かも」


 どうしようもない、部長の表情はそう語っていた。




 

 







 

 



 

 

 

 

 

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