第五十九話 メイドと期末試験、受けなきゃな。
頭が重い。だるい、眠い。そして寒い。
「これは寝不足の諸症状ってやつか?」
「そうですね。そう思われます」
「陽菜か?」
「はい、陽菜です」
「なぜ部屋に?」
「それはまず、相馬君が今寝ている場所から推測されるとよろしいかと」
ふむ、ベッドにしては硬いな。今の状況、しゃがんでいる陽菜を見上げている体勢。うん?
「僕、今床に寝ている?」
「ご明察です」
体を起こして目を擦る。眠い。
「この部屋からすごい音がしたので慌てて入って来たのですが、まさかベッドから落ちても起きないとは。十分ほど寝顔を堪能させていただきました」
「陽菜は眠くないの?」
「訓練されているので」
「そうか」
もう少し寝たいところだ。
「相馬君、もし起きて、テストを頑張ってくれたら。私が何でもするというのはどうですか?この土日、自分でも少々はっちゃけ過ぎたと思いますので」
「魅力的な提案だが、あまり自分を安売りするな」
「はい」
どうしてそこで嬉しそうなのだか。
僕の顎を優しく掴むと唇を合わせる。
「頑張りましょう。では、朝食の準備をしてきます」
「おう」
慣れないな。そろそろ慣れたいけど、このドキドキを失うのも嫌だな。
朝日はそろそろ出てくるだろうか。外は驚いたことに、雪が積もっている。夜の間降ってはいたが積もるとは思っていなかった。
「相馬君、雪かきですか?」
「えっ、うん」
きっちりと耳当てをして、ウインドブレーカーを着込んだ完全装備の陽菜が現れた。
「台所から相馬君が倉庫からスコップを持ち出しているのが見えたので。朝の掃除に付け加えるので良いですよ。私がやります」
「いやいや。鍛練になるから僕がやる」
「そうですか。わかりました。お願いします」
一礼して家に戻っていく。融通が利くようになったな、良い傾向だと思う。さて、こんなものかな。車無いからあまり徹底的にやる必要も無いし。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
陽菜は台所の中をパタパタというよりもスッスッと動いている。
「シャワー浴びて来る」
「了解です」
テストの日の朝なんだよな。
「それでは、テスト開始!」
その号令と共に教室の中にシャーペンの動く音だけが響く。
どれ。わかるな、普通に。あまり難しくない。
スラスラと書いていく。答案用紙に正解と思われる答えが並ぶ。どうやら土日の地獄の追い込みが功を奏したようだ。
テスト前の土曜日の朝、僕は陽菜に起こされた。
「相馬君、起きてください。始めますよ」
「うーん、どうした?」
「いえ、相馬君がもしもテストで点数を取りたいのであれば、今起こすべきかと思いまして」
メイド服を着込み、眠そうな様子を微塵も見せずに立っている。
「言ったけ?」
「言っていませんよ。相馬君の意思の確認に来たのです。自信があるのであればこのまま寝かせてあげます。今日の三時までやりましたからね、眠いのも当然です。どうしますか?」
考える。どうしたものか。
「やります」
「そう言うと思いました。準備してあるのでどうぞこちらへ」
連れてこられた先はリビング。用意されていたのは大量の紙束。寝かせた指二本といった所か。
「申し訳ありません。パソコンを無断借用しました」
「それは良いけど。これを二日でやるの?」
「はい」
平然と言う。確かに勉強は足りていないからやる必要はあるだろう。あるけど。
「ご安心を。ちゃんと教えます」
「おう」
これ、もしも僕が拒否したらどうするつもりだったのだろう。いや、多分僕がやると確信していたのだろうな。
「始めましょう」
口に微笑をたたえながら椅子に座るよう促した。
うん。怖いくらいわかる。これもやった問題だ。赤シートへのこだわりはどこへやら。この二日間使っていない。日曜日の夜中とか地獄絵図だった気がする。特訓を始める時の最初の一言が、「この土日だけメイドであることをやめます」だったかな。
メイドであることを捨てた陽菜は恐ろしいもので、単語練習にノルマを課して、少しでも気にいならない部分を見つけると、無言で奪いすべて消しやり直しを告げる。何かストレスでも溜まっていたのだろうか、それとも本性なのか。
「やめ!鉛筆を置いて」
一日目の教科終了。今までで一番手応えがあるテストかもしれない。
土曜日の夜中にようやく睡眠の許可を得て眠り、しかしまだ日も昇らないうちに起こされた。よく見れば三時間しか寝ていない。
「陽菜は寝なくて平気なの?」
「問題ありません。始めましょう」
陽菜が怖い。目がいつもと違う。
「相馬君、そこは先ほど確認しましたよね?」
突然手を踏まれたと思ったらそんな事を言われる。
「えっと、陽菜?」
「どうかしましたか?続きをどうぞ。あっ、ご飯ですか?おにぎり握ってきます」
陽菜が台所に消える。眠い眠すぎる。それでも今寝たら後が怖い。
「どうぞ。持ってきました」
差し出されたおにぎりを片手で持ち頬張る。
「辛い!」
「良い反応ですね。目が覚めました?」
辛みは舌が感じる痛みという話を聞いたことがあるが、なるほど、確かにこれは痛みだ。
「これ、何?」
「唐辛子です。さぁ、お腹も満たされて眠気も覚めて、一石二鳥のおにぎりですよ。お食べください」
おかしい、陽菜が変だ、徹夜明けのテンションにしてもこれは変過ぎる。
眠気が吹き飛び、また勉強を始める。
「陽菜」
「はい?質問ですか?」
「不満があるなら聞くぞ」
「そうですね。テスト終わったら発散させてください」
「わかった」
覚悟しておこう。
二日目のテストもあっさりと終わった。二日目に関しては陽菜が。
「土日頑張ったから早めにお休みください」
と、寝かせてくれたから本調子で受けられた。
「日暮君?どうだったかな?その顔は手応えがあったという顔だね」
「うん、陽菜が本気を出して鍛え上げたからね」
「陽菜ちゃんの本気?どんな感じ」
「一言で言うと。怖い」
腕を組んで考えている。
「日暮君の証言にあまり驚かない私に驚いているよ。昨日は桐野君も入鹿ちゃんも日暮君もぐったりしていたからね。日暮君がテスト前にぐったりしているの初めて見たよ」
「あはは……」
「相馬君、私、そんなに怖かったのですか?」
「うん、怖かった。って、いつの間にそこにいたのか!」
「はい。日暮君の傍に私ありです」
何故か陽菜の背中で入間さんが寝ている。
「私に突然抱き着いてきたと思ったら、そのまま寝てしまいました」
「みんなお疲れ模様だね~」
京介も机に突っ伏している。
明日は最終日。テスト終われば演劇練習。廊下の寒さが今は心地良かった。
最終日も終わり、放課後、演劇練習を始めたいのだが。
「みんな寝ていますね」
「そうだね」
僕と陽菜が部室に入ると三人が並んで寝ていた。
「お疲れなのでしょうか」
ヒーターの効いた教室は眠気を誘うのは確かにわかるが、疲れもあるのだろう。しかしながらそれを言っている余裕は今の僕らには無い。
「起こすか」
「起こしますか」
というわけで三人とも起こす。すんなり起きたのは予想外だった。
「おはようございます」
「朝野ちゃん、ありがとね、君のおかげでテストどうにかなったよ」
「それは良かったです」
というわけで今日は台本の読み合わせをする。まだ覚えきれていない部分もあるし、僕のレベルではただの音読でしかないだろう。
練習が終わり、帰り道。四人で部室を出て玄関へ。部長は忙しいとのことでまだ残るらしい。
「陽菜ちゃん、入鹿ちゃん。今日泊まりに来ない?」
「お泊まりですか?」
「そうそう」
にっこりと笑う。まぁ、男の僕は不参加だろ。
「明日学校、一緒に行こうね」
「はいです!行きますです!」
陽菜は僕の方を見る。迷っているのだろう。だから僕は笑いかける。
「行って来なよ」
「はい」
布良さんの家か、行ってみたい気がする。帰ってきたらどんな感じだったか聞いてみよう。
「それじゃあ!お泊まり道具を持って集合ね。待っているよ。日暮君はごめんね」





