第五十八話 メイドと期末試験対策を悩みます。
その日、演劇部部室にて
「そういえば、もうすぐ期末試験ですね」
「えっ?いつ?」
「来週の月曜からです」
「「えっ?」」
僕と陽菜と布良さん以外、つまり演劇部二人が固まった。
ちなみに布良さんと陽菜は単純に焦る必要が無いから。僕は陽菜に事前に勉強しておけるようにノートを渡されていたから焦っていない。
「陽菜ちゃん、昨日まで台本であんなに悩んでいたですのに、何で落ち着いているですよ?」
「テスト前や受験前に焦る人はそもそも論外という話です。普段から勉強しておけば焦る必要なんてありませんから」
「そうだね~。毎日の積み重ねは大事だよ~」
陽菜特製のブラウニーを食べながら、のほほんとお茶を飲む布良さん。いつも通りのほのぼのとした雰囲気を放ち、テスト前の鬼気迫った空気は微塵も無い。
「あの~テスト期間中、姉御か陽菜ちゃんの家泊まってはだめです?」
「駄目だね~、おしゃべりが始まって逆効果だよ」
「同じく」
「ですよね~」
「まあまあ、まだ今日は木曜日。金土日があるし」
天音部長、白目向いているよ。
「ふむ……そうですね。ではこうしましょう」
「陽菜?」
「では、授業始めるよ。二人とも頑張ろうね」
「「はい」」
部室にある黒板の半分を使って布良さんが授業を始める。もう半分では。
「天音部長。基礎ですよ、一応」
「はい……。ていうか、何で二年生の範囲がすいすいわかるのさ!」
「一年生に教えられている状況にどうぞ危機感を持っていただきたいです」
「はい……」
先輩後輩だよな、一応。
「こらー日暮君!陽菜ちゃんに見惚れないの!」
「はーい」
布良さん、先生役楽しそうだな。向いているのかもしれない。
「それじゃあ、この文章を現代語訳してみよう。この助動詞の意味を答えて。はい、入鹿ちゃん」
「過去です!」
「正解!」
古文は苦手ではない、けど教えてくれるのはありがたい。
「天音部長、どうやって進級したのか教えてもらっても良いですか?」
「すいません。すいません」
陽菜、何をやっているのだ。
「天音部長、良いですか?この構文を忘れないようにしてください」
「はい、教官」
「ふふっ」
ん?今笑った?
「日暮君!はい、この文章を訳して!」
「はい」
集中しよう、集中。
「そうですよ。やればできるじゃないですか、さすが部長ですね」
「ありがとうございます。教官!」
椅子に座って足を組み、頬杖をついて笑みを浮かべている。なるほど、確かに魔王だ。
「相馬君、今思ったことを正直に述べてもらっても良いですか?」
「陽菜は可愛いな~と」
「そうですか。ありがとうございます」
「こら!そこ!惚気ない!」
「ごめんなさい」
うん、平和だ。
「相馬君。私、不安です」
「何がや?」
放課後、帰り道。陽が沈み暗くなった道を歩く。
「私の書いた台本、あまり高校生の演劇向けとは言えないものだと思いまして」
「どうだろうな」
「本当にあれで良かったのでしょうか?」
創作をすれば誰もが陥る疑問ではあるだろう。困ったな。どう答えたものか。
「僕は、あれで良いと思う」
「どうしてですか?」
「そりゃあ……」
「みんなで書いたからは無しでお願いします」
おっと、回答が一つ潰されたか。
「まぁ、あれだよ。面白いと思うことに理由は無いよ」
「その気持ちはわからないでもないです」
「だろ?まぁ、敢えて理由を挙げるとすれば」
「すれば?」
不安げな目が僕に向けられる。
「あれを演じきった時の客の反応が楽しみだからさ」
そう言うと陽菜がため息をついた。
「相馬君、今のムードだともっと別の回答があったと思うのですが?」
「そうなの?」
「いえ、後で別の事で埋め合わせてもらえれば良いです」
「えっと、何をすれば良い?」
そう言うと、無表情の中に少しだけ笑みが混じる。
「家に帰ってからのお楽しみで」
「わかった」
「思うのだが、硬くないのか?」
「丁度良いですよ。少し高過ぎるくらいでしょうか」
「へぇ、けど別の事じゃなくて良かったのか?これならたまにやるだろ」
僕の膝に寝ころぶ陽菜の頭を撫でる。
「そうですね。次の私の願望は相馬君とお風呂に入る事でしょうか?」
意外と積極的なところあるなと思うが、思い返せば陽菜は元々積極的だ。
「今の私は相馬君に甘えたいのです。しかし仕事しなければなので続きは後ででお願いします」
「はい」
別に今日くらい休めばよかったのに。たまにはカップラーメンだけというのもありだと思う。陽菜らしいと言えば陽菜らしいけど。
あれ?風呂、一緒に入るのか?
冗談なのか本気なのか、そもそも陽菜は冗談を言うのだろうか。一応、覚悟くらいはしておこう。
その時、テーブルに置いてあったスマホが震える。電話か?
「もしもし」
『少年、久しぶりだな』
「メイド長さん?」
『そうだ』
この人、何で僕の番号を知っているのだ。
『驚いているようで何よりだ。さて、要件だが。うちのメイドとどこまでの関係になったか気になってな』
「言うわけないじゃないですか」
こういうことで電話をかけてくる人とは思わなかった。意外すぎる。
『ふむ、一応言っておくが、陽菜の書類上の母親は私だ。もしも嫁に欲しくなった時、私に挨拶することになるが、生半可な挨拶なら許さんぞ』
「そうですか。覚悟はしておきます」
『うむ、大体どこまで行ったかはわかった』
「今のでわかったのですか!?」
「相馬君、電話のお相手はメイド長ですね。貸してください」
『おっと、陽菜か。少年、代わってくれ』
「はい」
突然現れた陽菜は僕のスマホを持つとそのまま廊下に出ていく。何か言い合っているようだが、何を言っているのかは聞こえない。しばらくすると、少し疲れた様子で戻って来る。
「ありがとうございました。お騒がせしました」
「うん、大丈夫?」
「はい。ですが、さすがに疲れましたね。テストも近いですし、全力で甘えるのはまた今度という事で」
まぁ、このパターンだと思ったよ。
しかしながら、今回のテストは今までで一番勉強していないと思う。テスト一週間前になっても演劇について考え、放課後は練習をする。家では陽菜と台本を読み、その後に少しだけ勉強している。
「相馬君、そんな時こそ赤シートです」
「いつも使っているよ」
金曜日の夜、明日から二日間はさすがに勉強しようとなり練習は無い。
「単語覚えるときは便利だね~」
「赤シートって単語帳とかに挟まっているやつですよね。捨てちゃいましたですよ」
「俺も無くした」
パソコンを使って五人同時通話。便利だな。テレビ電話じゃないしスマホ対応だからパソコンを持っていない陽菜でもできるし、違う部屋にいれば一緒に住んでいることもばれない。
「暗記だけしても理解しなきゃ使えないから、私は緊急の時しか使わないかな」
「どうやら夏樹さんは、赤シートの素晴らしさをまだわかっていないようですね」
「陽菜ちゃん?」
「とりあえず、入鹿さんと桐野君には今度赤シートを進呈しましょう」
「おっ、おう」
「わーい、プレゼントです」
画面の向こう、今の陽菜の表情が気になる。
「あれは書かなくても覚えられるものですよ。読むだけで覚えられる素晴らしいものです」
「それは個人差あると思うなぁ」
この場合、夏樹さんの方が正論かな。
「むぅ」
さすがに陽菜も分が悪いと見たのか撤退する。
「まぁ、使ってみればわかりますよ」
久々に負け惜しみというものを見た気がする。
「ていうか、僕ら電話始まった時から雑談しかしていないよね?」
「「「「あっ」」」」
学校と違い、テスト勉強しようと集まったのに誰もやっていない不思議。電話しながらはさすがに無理があったか。
「やりましょう。赤シートを準備してください」
「えーっ、わざわざ電話で?」
「確かに、さすがに無理がありますね。クイズ形式でやってみますか?」
「良いね!やろう!」
その日は結局、次の日の三時までやっていた。





