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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
一年 冬
57/186

第五十五話 メイドと小旅行にでかけます。2

 目が覚めると、体が柔らかい何かに拘束されていた。温かい、それにいい匂いもする。抱き着き枕という奴だろうか。ちらりと僕を拘束している物に目を向ける。良く知っている顔、まだ目を覚ましていない。着物がだいぶはだけてぎりぎりと言った感じか。


「うーん」


 そんな抱き着き枕はうめき声を上げるとぱちりと目を開く。


「おはようございます、相馬君。良く眠れましたか?」

「うん。よく眠れた」

「そうですか」


 寝起きでまだ少しぼんやりしているようだ。目がトロンとしている。


「起きますね。相馬君はもう少し休んでいても大丈夫ですよ、まだ早い時間です」

「いや、僕も起きるよ」


 体を起こして軽くストレッチをする。それを終えて陽菜と入れ替わるように洗面所で顔を洗う。


「それじゃ、ちょっと行ってくる」

「どこにですか?」

「どうだろう、今忙しいかな。陽菜のアドバイスに従って予定を聞いてこようかと」

「なるほど。どうですかね?様子見に行くくらいなら大丈夫かと思われます」

「そっか、じゃあ行ってくるよ」

「あっ、待ってください」


 着物を整えていた陽菜が慌てて駆け寄って来る。そして唇を合わせる。


「いってらっしゃいませ」


 顔を少しだけ赤らめている。きっと僕もだ。


「いってきます」




 朝食会場に足を向ける。多分いる、と思ったが既に準備が料理を並べるだけといった形になっていて誰もいなかった。

 フロントにいるのかな。一階に下りていく。その階段の途中、すれ違ったのは昨日旅館の前に立っていた若い女性。


「あの、おじいちゃんかおばあちゃんいませんか?」

「えっと、料理長は厨房ですね。女将はフロントにいますよ」

「ありがとうございます」


 そのまま階段を下りようとする。


「お客様。不躾ながら聞きたいことがございますがよろしいですか?」

「はい」

「一緒にいた女の子の名前と関係、教えてもらっても良いですか?」


 その目はただ好奇心で聞いたわけじゃないことを示していた。真剣な目、はぐらかす事を許さない目。話すべきか迷ったが、その目に気圧され答えることにする。


「名前は朝野陽菜、僕の彼女です」

「そう。幸せにしてあげてください」


 そう言って深々と頭を下げた。



 おばあちゃんは忙しそうにフロントで何やら書いていた。


「おばあちゃん、今良い?」


 声をかけると顔を上げる、一瞬驚いたような表情を見せるがすぐに優し気な笑みを浮かべた。


「相馬君じゃない。良いですよ」

「後で、少しおじいちゃんとも話す時間が欲しい」


 そう言うと、少しだけ考え込む。


「朝食の後、部屋に伺います」

「うん、ありがとう」


 このまま少し走りに行こう。話すことは決めていたけどどう話すかまでは考えてはいなかった。





 どう話すべきかを考えながら走っていく。海は朝日に照らされて眩しい、遠くの方では漁船が見える。腕時計を見て、まだいけると判断してさらに走る。そのまま考えることも忘れて走っていたらいつの間にか昨日の墓地の近くにいた。

 せっかくだしお参りしていこう。線香も花も無いけど手を合わせるだけでもしていこう。そう思い墓地の中を記憶を頼りに進んでいく。あれ?母さんの墓の前に誰かいる。


「父さん?」

「よぉ、早いな」

「時差ぼけとかしないの?」

「したこと無いな」


 確かに眠そうというわけでも無い、昨日もさっさと寝てたし。


「何をしているの?」

「しばらく会えなくなるからな、挨拶しに来た。それよりどうだ?潮風混じりの朝の空気というのも良い物だろ?」

「まぁな」

「悪いが今日は稽古はできんぞ。昨日飲み過ぎたせいで手加減できないからな」

「別に良いよ。一昨日してもらったし」


 腰に手を当て朝っぱらから豪快に笑いだす。


「帰るか。久々に競争するか?」

「良いけど、屋根を伝ってショートカットとか無しだぞ」


 そのせいでご近所さんに頭下げているのを見たことがある。


「しないさ。行くぞ相馬。そういえば昨日はとうとう朝野さんと一線超えたか?」

「するわけねーだろ。ぶっ飛ばすぞ」

「はっはっはっ、別に父さんは孫はいつでも歓迎だぞ。最初は女の子が良い」

「このおっさんが、道連れにしてでも海に引きずり落してやる」

「おう、かかって来い!」


 殴りかかるも翻弄されたあげく、誰かが通報したのか突然現れた警察に叱られてしまった。





「はぁ、旦那様も相馬君も。子どもじゃないのですから。突然パトカーが旅館の前に止まった時は何事かと思いましたよ」

「「ごめんなさい」」


 朝食の席、いつもの表情に呆れを混ぜた陽菜のお説教。怒っているわけでは無いのはわかる。


「まぁ、犯罪をしたわけでは無いので特に言う事もありません。いただきましょうか」

「「はい」」


 陽菜って説教とかしている時、妙に生き生きするのは気のせいだろうか。

 朝食も夕飯ほどでは無いが結構な量があった。美味しいから全部食べられたのは言うまでもない。





 部屋で三人、トランプで七並べをしながら待つ。既に父さんと陽菜にはおじいちゃん達が来ることは伝えてある。


「ねぇ、陽菜。そこのクイーン持っているよね」

「どうですかね。置いてほしかったら早くパスしたら良いかと思います」

「そうしたら僕バーストするのだが」

「そうでしたね」


 その時、扉がノックされる。


「失礼します」

「失礼します」


 おじいちゃんとおばあちゃんが入って来る。


「これはお義父さんにお義母さん。息子のわがままを聞いてくださりありがとうございます」

「孫のわがままを聞くのも余生の楽しみですよ」

「ありがとうございます。それじゃ、相馬。俺は少し土産を買いに行ってくる」

「うん、わかった」


 父さんが出ていく。陽菜が四人分のお茶を入れて僕の隣に座る。


「えっと、とっても言い難いことなんだけどさ、実はまだ二人の事を思い出せてはいないんだ。ごめん」

「それはわかっていますよ。様子を見ればわかる事です。謝る事ではありません」


 何も思いつかなかったから直球で話してみたけどあっさりと返されてしまう。


「私たちの娘、つまりは相馬君のお母さんが死に、あなたの記憶が無くなった。お母さんに関わるほとんどの事を忘れてしまったと聞かされた時は、娘の次は孫を奪うかとこの世を恨みましたよ。でもね相馬。私たちは今、あなたが会いに来てくれたことが嬉しいのよ。だからね、無くなったものはゆっくりと取り戻せば良い。これからどう積み上げていくのかが重要なのよ。なぁ、爺さん。これはあなたが旅館を始めようと言ったときの言葉でしょ」

「そうだな。そんな事を言った覚えがある。というわけだ相馬、いつでも来い。お前が覚えていなくても儂が覚えとる。手伝えば爺さんらしく小遣いをやる。隣の女の子でも友達でも誰でも連れてこい。今まで孫を可愛がれなかったからな。自分の悲しみに夢中で幼いお前の悲しみに寄り添えなかった。だからまぁ、あれだ。そう、あれだ」

「爺さん、言いたい事はっきりしなさいな」

「うるせぇ」


 思わず笑いがこぼれてしまう。何を怖がっていたのだか。思い出されていないことにショックを受けて縁を切られるのではとか悩んでいたのが馬鹿みたいだ。旅館の従業員としてではなく、祖父母として接し始めてくれていることも感じる。


「とにかく、いつでも来い。待っているからな。二部屋しか稼働していないが部屋はまだあるんだぞ」

「そうなの!?」


 どうりで大浴場があんなに広い訳だ。

 気が抜けたことを誤魔化すように目の前に置かれていたお茶を一口、落ち着く。 


「ところで、一つ聞きたいのだけど。隣の女の子は誰?」


 陽菜の方を見ると、自分で紹介しますと頷く。


「朝野陽菜と申します。相馬君とはお付き合いをさせていただいております」


 きっちりと正座で礼した陽菜を二人は唖然と見つめる。あれ?僕の記憶よりそっちに驚くんだ。


「婆さん、ちょいと赤飯炊いてくる」

「そうだね爺さん。私はちょいとそこまでケーキ買ってくる」

「ちょっと待って二人とも、僕らもうすぐ帰るから。おじいちゃん、財布から諭吉出さないで!」


 しんみりとした空気があっさりと吹き飛んでしまった。

 




「それじゃあね。来年の夏にまた来るから」

「おうよ!待っているからな」


 父さんの車の前。おじいちゃんとおばあちゃんがわざわざ見送りに来てくれた。そういえばあの仲居さんは誰だったのだろう。

「それでは、海外に戻るのでしばらくは来れないと思いますが。また」

「あぁ、恭一君もいつでも来ると良い。気をつけてな」

「はい」


 車が動き出す。手を振る二人が段々と小さくなっていく。


「ちゃんと話せたか?」

「うん」


 ミラーに写る父さんの顔が綻ぶ。


「そうか」

 


 走り去る父さんの車を見送る。曇り気味の空を見上げた時、僕はまた同じ失敗をしたことに気づいた。


「父さんの仕事聞くの忘れた」

「そうですね。同じ失敗を繰り返してしまいました」


 仕方ないかと家の方に振り返ると、鼻先に冷たいものが当たる。


「雪ですね」


 絶え間なく降り注ぐそれは地面に当たっては消えていく。降っては消えて、降っては消えて。


「母さんが死んだ日も、雪が降っていた」

「相馬君?」

「病院から電話が来て、僕と父さんは慌てて母さんのもとに向かった。着いた頃にはいつ死んでもおかしくない状態だった」


 思い出すままに僕は言葉を続けた。


「思わず母さんの手を握った。そしたら母さん笑った、でもすぐに手から力が抜けて行ってそのまま……」


 言葉を続けられなかった。視界がぼやける、堪えられない。すっと頭が何かに包まれ、そのまま抱きしめられる。


「相馬君。どうぞ、思いっきり泣いてください」

「えっ」

「その様子だと、ちゃんと泣けていなかったようですし。今泣きましょう」

「うん」


 降りしきる雪の中、泣き続ける僕を陽菜は何も言わずに抱きしめ続けた。




 ようやく落ち着いて顔を離すと陽菜の服は涙やら鼻水やらでぐしょぐしょだった。


「ごめん」

「気にしないでください。どうせ着替えますし」

「情けない姿お見せしました」

「いえ、嬉しいですよ。弱いところも晒してくれると、信頼されていることを実感できて」


 優しい微笑み。玄関前にある階段の上の段にいるから普段より目線が高い。というか僕は玄関先で泣いていたのか。


「恥ずかしい」

「そうですね」

「でも、ありがとう」

「どういたしまして。さぁ、入りましょう。外は寒いですから風邪をひいてしまいます」

「そうだね」

「それと、相馬君」

「はい」


 何かを思い出したかのように振り返ると姿勢を正す。


「私はいなくなったりしません。ずっと傍にいますから。そう決めました」

「一応、理由聞いて良い?」

「理由なんかありませんよ。私が一生傍にいると決めた人が相馬君である。それだけの事です。相馬君が愛想つかして出て行けと言わない限りですけど。ちなみに出て行けは取り消し有効です」


 優しげな声でそう言うと、突然玄関の扉を開けて僕を引っ張り込む。そして僕の唇を奪う。陽菜の舌が僕の口の中に入って来る。頭が真っ白になる、何も考えられない。


「そうですね。もし敢えて理由を上げるとすれば」


 顔を離し、悪戯っぽい笑みをうかべた陽菜と至近距離で向かい合う。


「愛しているからでしょうか」

 

  


 

 



 

 


 

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