第五十二話 メイドと冬服の準備をします。
「では、行きましょうか」
「うん、この前の店で良い?」
「はい」
二人で家を出ていつものデパートへ。曇り模様の空、午後には太陽が顔を出すらしい。
「陽菜、髪伸びてきたね」
「そうですかね?伸びるのが遅いもので、あまり実感はありませんね。相馬君は髪の長い女は嫌いですか?」
「嫌いじゃないよ」
肩までだった髪も背中にかかり始めて、春になれば腰まで届くかな。
「相馬君が髪を切れと言えば切りますよ」
「髪は女の命だから大事にしてくれ」
デパートは休日という事で結構にぎわっている。
「一応陽菜の希望を聞いておきたいのだが」
「相馬君セレクトで」
「了解」
何が良いかな。コートはこれかな、似合いそうだ。
「相馬君、少しだけ目が怖いです」
「ごめん」
どんな目なのか気になる、近くの鏡を見ると確かにこれは怖いかもしれない。
さて、コートは決まったから次は普通の洋服かな、あれって分類的に何と言うのだろう。
物色していく、悩むなぁ。
「そうですね、陽菜ちゃんはこれがよろしいかと思いますですよ。日暮氏」
「良いチョイスだ、入間さん。入間さん?」
「どうもです」
いつの間に近くにいるとは。この季節なのに短パンを履いている、寒くないのだろうか?
「お出かけですか?」
「そうだね、ちょっとぶらりと散歩ですよ。二人は買い物です?」
「はい、相馬君が私の服を選んでくれるそうで」
「なるほどなるほど、男のセンスの見せどころですね。では私も見物することにしましょう」
入間さんチョイスの服も一応キープしておくとしよう。
「これかな、うん、似合う」
陽菜は妙に白と黒が似合う。メイド服のイメージが強いからだろうか。
「うんうん、良いですね。日暮氏センスある~」
「だろ、これ決定」
「ありがとうございます。大事にします」
あとはマフラーかな。うん、マフラーだ。マフラー大事。
「相馬君、何やらうなずいているようですがどうかしましたか?」
「うん?どうもしてないよ」
赤かな、赤だな。赤しかない。陽菜に選んだコートは黒、赤が良く映える。
平静を装いながらもそんな事を考えている自分に若干引きつつも、冬が楽しみだなと、頭の中に自分が選んだ服を着ている陽菜を描いて思った。
「入鹿さん、改めて見るととても寒そうな服装ですね」
「この季節だからこそ足を晒すのですよ。誰もやっていないから意味があるのです。ただまぁ、最近は足晒す人の方が多い気がするので、今度からは隠そうと思いますよ」
デパート内に設けられているフードコートでそれぞれ料理を選んで昼食、五つほど組み合わせを選び買った服は今、陽菜の足元にある。
「そういえば、相馬君の冬服も選びたいのですが」
「えっ?僕は良いよ。去年の服まだ着られるだろうし」
身長はもう止まったみたいで、測ったらあまり伸びていなかった。体型も気をつけているから変化はない。だから買う必要も無いのだが。
「日暮氏、ここは選んでもらうのが吉ですぞ」
「黙って選ばれてください。安心してください、変なセンスをしていない自信はあります」
そこまで言うなら任せてみよう。
再び服屋へ。
「相馬君は細いですからね、落ち着いたデザインが合うと思います」
「そうだね陽菜ちゃん。うーむ。これとか?」
「そうですね。良いと思います」
黒のパーカーか、陽菜にも選んだと思うけど。まぁ、デザインは結構好きだし良いか。
「あとはこれですね」
陽菜、どうしてそこまで黒を推す。
「相馬君は黒が良く似合います。前に見たあの黒ずくめの姿はとてもかっこよかったです」
あれか、あの殴り込みの時に着た服か。あれは確か中学生の頃に趣味で買った服だったかな。部屋をひっくり返せば他にも中学生の頃に買った魔方陣の書き方の本とか見つかるはずだ。あの頃は結構そこら辺の趣味に傾向していたな。
「へぇ、入鹿も見てみたいです」
正直恥ずかしいな、しばらく着たくない。かっこいいけど使い所があまり無くて困っている。
「あと一着は選びたいですけど、どうですか?」
「僕はこれだけでも十分だと思うけど」
「そうですか。では会計としましょう」
「いやはや、楽しい時間でしたよ二人とも。それではまた会いましょう。バイバイ!」
走り去る入間さんを見送り、家へと足を向ける。予報通り太陽が顔を出し、朝より町が明るい。デパートの近くの公園も子どもたちで賑わっている。その中心に見覚えのある人影を見つける。
「あれは、夏樹さんでしょうか?」
「布良さんだね」
子どもたちに抱き着かれてニコニコしている。腕にぶら下がる子どもたちを楽しませるためか、くるくる回ったりしている。あっ、こちらに気づいたようだ。
「おーい!二人ともー!」
纏わりついている子どもたちを降ろして駆け寄ってきた。
「デート?私聞いてないよ」
「わざわざデートの度に報告しませんよ。先ほどまで入鹿さんと服を選んでました」
「えぇ!良いな~楽しそう」
ぴょんぴょん跳ねて誘わなかったことの抗議の意思を示しているようだ。たまたま会っただけだと説明する。
「布良さんはここで何を?」
「散歩だよ。休日は基本どこか出歩いているの。今日は遠出したい気分だったからここへ。いつもは図書館でお勉強」
休日にわざわざ図書館で勉強とか、受験生以来やっていない。
「よし、それじゃあ、私の服も選ぼう。行くよ二人とも!えっと、これから予定ある?」
「無いですよ。行きましょうか」
回れ右して再びデパートへ。一日に三回も服を選びに行くとは思わなかった。
「夏樹さんは、そうですね。可愛い服の方が良いかと。大人っぽいものは雰囲気とはマッチしないと思います。表情を引き締めればいけそうですけど」
「うーん。キリッ!」
「駄目だな」
「駄目ですね」
「えぇ~」
「というわけで、夏樹さんの雰囲気にマッチした服を探しましょう」
しょんぼりする布良さんの頭をポンポンと撫でながら陽菜が言う。
全身から醸し出されるふわふわした雰囲気が隠しきれないのがなぁ。
「夏樹さん、改めて思いますけど。スタイルが良いですね」
試着室にて、着替えた布良さんを見て一言。
「うーん、あまり良いこと無いよ。肩凝るし」
「嫌味ですか?夏樹さん」
「陽菜ちゃん、怖い!手をワキワキさせないで!」
カーテンが閉められる。中では何が起きているのだろう。数分後、ぐったりした布良さんが出て来た。
「さて、次はこれを着てください」
「……はい」
「いやはや、ありがとね二人とも。良い買い物したよ。気をつけて帰ってね」
「はい、また学校で」
「またね~」
入間さんと違い歩き去る布良さんを見送る。夕暮れ時の時間、家へと足を向ける。
「陽菜、どうしたの?」
何かを探しているようで、頻りに辺りを見回している。
「いえ、ここまでの流れならどこかにいるのではと思ったのですけど」
「なるほどな。確かにいるかもな」
家に段々と近づいていく。まだか、あいつはバイクを持っている。現れるなら今だぞ。
その時スマホが震える。
「もしもし」
『相馬、父さんだぞ』
「いや、父さんかよ」
『父さんかよとは随分な言い草だな』
笑い声が聞こえる、周りに誰かいるのか?
「それで、何の用だ?」
『来週日本に三日ほど戻るからその報告だな』
「へぇ、何で?」
『母さんの命日だからだよ』
「そうなんだ」
不思議なことに実感も感慨もわかない。まだ戻っていない記憶があるのか、それともその感情に適応したのか。
『だからまぁ、墓参りにお前も連れて行くからそのつもりでな』
「わかった」
『おじいちゃんたちにはこっちから連絡しておくから心積もりだけはしておいてくれ』
「わかった」
夏休みに行く予定だったけど少しだけ予定が早まったか。
『朝野さんには一緒に行くか聞いといて』
「了解」
『それじゃ、そろそろ切るぞ』
「わかった」
電話が切れる。こちらを見つめる陽菜の目に心配の色を見つける。
「どうした?」
「いえ、少しだけ表情が暗くなったもので」
「大丈夫。来週の休み、おじいちゃんの所に行くことになった」
「そうですか、わかりました。そのつもりでいます」
「陽菜も来るの?」
「相馬君が行くところでしたら一緒に行きますよ」
「そっか、頼んだ」
「任せてください」
電話している間、あまり意識していなかったがもう家の前にいたらしい。
「それじゃ、入るか」
「はい、夕飯にしましょう」
秋の終わりの物寂しい空気の中に、冬の訪れを感じた。
次回から冬。





