第五十一話 メイドと中間試験を受けます。
勉強に勉強を重ね、陽菜ノートを熟読し、今日という日を迎えた。
「しかしながら今回はあれだな、慣れたせいかな。危機感が湧かなくて怖い」
「そういうものですかね?私は平然としていた方がカッコいいと思いますよ」
テスト前のためにいつもより少しだけ空いているものの、人が多いのは変わりがない。そんなところで告げられた、端から見ればただの惚気ともとれる言葉、周囲の視線が少しだけ鋭いものに変わる。
「相馬君、どうかされました?」
「いや、陽菜は度胸があるなと」
「女も度胸が求められる時代ですからね」
胸を張る陽菜、しかしすぐにしょんぼりとした様子で。
「愛嬌はありませんけど……」
「いや、大丈夫。そのままでも可愛いから」
「本当ですか!」
あっ。
殺気が充満した車内。なるほど、電車とかでいちゃつくカップルというのはあまり周りが見えないものなのか。
陽菜もそれに気づいたようで、すまし顔で何もなかったかのように窓の外の景色を眺めている。
東雲さんからの警告を今更になって思い出した。
「布良さん、そのコーヒー貰えるか?」
京介が目の下にクマを作って現れた。
今日もいつもと変わらずティータイム。テスト直前の悪あがきは意味が無いという主張をする二人とともにコーヒーを飲んで、チョコを一口。
「おう。布良先生、昨日はありがとうございました」
「良いよ良いよ、今日もやるからね。夕方寝たら眠くないでしょ?」
「おう、万全だぜ!」
どう見ても寝てないと思う。大方起きられるか不安になって寝ずにやったのだろう。
「そういえば、日暮君って夜型?朝型?」
「僕はどっちでも行ける。夜中まで起きていられるし、早起きは癖になっているし」
「羨ましい体質だね~」
「そういえば、夏樹さん珍しいですね。テスト前なのに誰かから助けを求められないなんて」
確かに、夏休み明けのテストもその前の期末テストも。布良さんは質問攻めに遭って、放課後に次の日のテスト対策緊急授業を行っていた。
「あぁ~、それに関しては大丈夫。夜中にパソコン使ってテレビ電話で授業したから」
何それ!?
「夕方に寝て、夜中にスタート。桐野君も受けたよね」
「おう」
「便利だね~25人までは同時に通話できるらしいよ」
へぇ~。それは便利だ。
「相馬君、私、パソコン買いたいです。テスト終わったら付き合ってもらっても良いですか?」
「良いよ」
僕のノートパソコンもそろそろ交換したいし。
テストが始まる。今回はやけに問題が多い、時間内に終わるかが心配だ。
単純な問題が続く、だからこそケアレスミスが起きやすいのだ。センター試験もそうだと聞いている。とはいっても単純な問題の羅列は赤シート神の力でどうにかなる。解答欄がずれていないかの心配をすれば良いだけだ。
「どうですか?調子は」
「どうにかなっているよ。赤シート神はすごいな」
「そうでしょう。赤シート神はすごいのです」
差し出されたラムネのケースを受け取り何粒かいただく。ブドウ糖の直接補給だ。
「こういった頭の使う日のお供はラムネとチョコに限りますね」
次は得意教科の数学だ。正直気が楽だ。
「そろそろですね。数学に関しては特に心配はしていないので。頑張ってください」
「おう」
予定通り数学は美味しくいただきました。
二日目の英語表現。という名の暗記力を問うテスト。陽菜も一言。
「文法は解説しますけど、テスト対策するなら暗記ですね、これ」
と言わしめた教科。どんなテストの作り方をすればこうなるのだろうか。
まぁ、赤シート神様様だったけど。
三日目もそんな感じで進み、今回のテストは布良さんも陽菜も手抜きテストと評した。
手抜きと言うのはやめてあげてくれ。
大型電化製品ショップは平日だからだろう、人が少なく感じる。
パソコンコーナーにずらりと並んだパソコンたちの前、陽菜の目が真剣なものに変わる。
「デスクトップとノートパソコンならどっちが良いですかね?」
「ノートかな、個人的には」
じっくりと品定めしているが、正直性能はあまり変わらないと思っている。
「難しいですね。どれもピンときません」
カタログと見比べたりしながらぐるりと一周、出した結論は……。
「やっぱりいらないです」
きっぱりと告げられた答え、それが聞こえてきたのか近づいてきた店員がUターンしていく。ごめんなさい。
「何となくそう言うと思ったけど、どうして?」
「あまり日常で使う場面が思いつかないもので。大学に行ったら買おうと思います。相馬君、進学希望でしたよね?」
「そうだよ」
「私も相馬君が選んだ大学に行くつもりなので、その時一緒に買いましょう」
少し前に聞こうと思ったけど聞けていなかった質問の答えをあっさり聞けてしまった。
「帰りましょう。夕飯の買い物も行きたいですし」
手を引かれる。思わずにやける顔を慌てて引き締める。
「相馬君、にやけるか真顔になるかはっきりしてくださいよ。半々というのはさすがに間抜けに見えます」
「ごめん」
引き締めたつもりが、そんな顔になっていたのか。
「今日はそうですね。何か希望はありますか?」
「そろそろ鍋の季節だなと」
「わかりました。お任せください」
「相馬君、後はこの頼れるメイドに任せて、盛られた具を食べていてください」
陽菜は鍋でも厳しかった。テーブルに置かれた具を適当に入れた所、どす黒いオーラを放った陽菜に主導権が一瞬で奪われた。
具を入れるタイミングとは?配置とは?気にしたことが無かったぜ。
「相馬君、その具をポン酢で食べるのですか?そちらにごまだれを用意したと思いますが」
「えっ、おう」
「その具は早いです。こちらを食べてください」
「はい」
団欒の中心にある自由な領域が、不可侵の聖域と変わる幻覚を見た。
美味しいから文句を言えない現状。何かを見極めようとする職人の目となった陽菜が僕のさらに具を盛り付ける。
「どうぞ、それはポン酢で食べてください」
「はい」
「どうですか?」
「美味しいです」
「良かったです。具が無くなりましたね。雑炊作って来るので少々お待ちください」
小さく笑って台所へと鍋を持って消えていく。そんな表情されると陽菜に任せてしまおうと思ってしまう。我ながら単純な男だな。
しばらくして、ご飯と卵がさらに加えられた鍋をもって現れる。
「さぁ、食べてください」
「おう」
食べ終わるころにはちょうど良く満腹になった。それがわかっていたかの如く陽菜は片付けを始める。
完全に胃袋掴まれているな。
「デザートありますけど、食べます?」
「食べます」
丁度甘い物が欲しい気分だったけど、そこも計算の内なのかな。人はデザートと聞くと胃に隙間ができるらしいし。
お風呂に入っている間、数分おきに陽菜が声をかけてくるのはこの間溺れかけたせいだろう。自分でもまさか風呂場で溺死しそうになるとは思っていなかった。
お風呂から上がりリビングぼんやりとした時間を過ごす。遠くから陽菜がお風呂に入っている音が聞こえる。十月の終わり、そろそろ十一月か、もうすぐ一年が終わるというのは信じられない話だな。
「相馬君、上がりましたよ」
「うん、そういえば陽菜」
「はい」
「そろそろ本格的に寒くなってきたし、陽菜の冬服を買いに行きたいのだけど」
陽菜の外出用の服は春に買った物で回している。夏に少し買い足したものの冬を想定したものはまだ買っていない。
「そうですね、相馬君にお任せしても良いですか?」
「任せろ」
陽菜の服を考えるのは結構楽しい。この前買ったベレー帽はかなり良かった。パジャマも長袖のもの買わなきゃな。
「陽菜って、ファッションに結構無頓着だな」
「そうですね。メイド服はかなりこだわりましたけど、一般的な服装は相馬君に言われるまで意識したことはありませんでした。なので、相馬君の趣味にどんどん染めてしまってください」
「そのセリフを無表情に淡々と言われても……」
実際僕が陽菜に選んだ服は全部僕の趣味だけどさ。
「では、今週末にでも」
「うん、行こう」
今からある程度考えておこうと思う。
秋編、もうすぐ終わり。





