第四十七話 メイドと体育祭に臨みます。二日目
さて、朝だ。
部屋を出ればばメイド服に身を包んだ陽菜が既に仕事を始めている。体調は良好、一回戦負けは避けたいが結構厳しい。でも今は何となく勝てるのではと思い始めている。
「おはようございます。相馬君」
掃除をする手を止めて駆け寄って来る。少しだけ顔が赤い。
「相馬君、えっと……。いえ、やっぱり何でもありません。稽古ですよね?いってらっしゃいませ」
「えっ、おう。いってきます」
何だろうな。具合が悪いわけではなさそうだが。疑問を抱えたまま外に出る。朝の涼しく心地の良い風が僕の頬を撫でた。
二日目のテニス。男子ペア女子ペア男女ペアの順で戦うのだが。
「私ね、相馬君と陽菜ちゃんのペアを見てみたいの」
「はぁ、夏樹さん突然何を言っているのですか?というか、選手登録用紙はどこに行きましたか?」
布良さんは黙って運営のテントを指さす。
「直前で変更できるって言うし、ここは学級委員長の権限で変更しちゃった」
「なっ、布良さん、俺と相馬のペアは?」
「ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げるが、いたずらっ子の笑みを隠しきれていない布良さん。
突然のペア変更。大丈夫だとは思う。どちらにしても急造のペアだし。
「ふっふっふっ、この入鹿ちゃんは誰とでも全力で戦えるですよ。というか、遅いですね他の人たち」
「そうだね、遅いね。あと十分で始まっちゃうよ」
スマホをいじる布良さんの表情が固まる。
「どうしよう。電車遅れてて学校に来れないって」
顔を見合わせる。
「女子のペアは夏樹さんが入るとして、困りましたね。一勝しか取れません」
「陽菜ちゃん、入鹿のペアが負けると言いました」
「そうですね。私と相馬君のペアは負ける気がしませんから」
胸を張り自信ありげな陽菜。そこは表情も誇らしげなものに変えてほしい。
「男子の方の補欠もいないからどっかから拾ってくる。布良さん、男女ペアからスタートにするようにお願いしてきてくれ」
「うん!任せて」
布良さんの交渉で試合順の変更はできたのだが、京介が戻って来ない。
「相馬君、お願いします」
「任せろ」
打ち返す、結構重いな。硬式だったら手がしびれそうだ。
深めに返ったボールはあっさり返される。
そこを陽菜がネット際に返す。何やら回転がかかっていたようでほとんどバウンドしない。
「硬式だったら私ではできませんね、これ。軟式でよかったです」
一セット目、終了。あと一セット取れば勝ちだ。
二セット目も順調に点を重ねる。後ろで僕が拾い続けさえすれば陽菜があとは決めてくれる。それがわかっているし信じているから僕は走り続けられる。
「任せてください、相馬君!」
「頼んだ!」
相手選手の足元を狙って叩きつけられる。バウンドしたボールは相手の膝に当たりあらぬ方向へと飛んで行った。
「ゲームセット。一年二組の勝ち」
審判のコールで相手選手に挨拶してベンチに戻るが、京介はまだ帰ってきていない。
「陽菜ちゃんに日暮氏にすごいです。相手一応元テニス部ですよ」
「言ったではありませんか。相馬君と組んで負ける気はしませんと」
「惚気てくれるね~。さぁ、入鹿ちゃん。私たちも頑張ろー」
「姉御はネット際で顔の前にラケットを構えて立っていてください」
昨日陽菜が言ったことをそのままいう入間さん。布良さん、どうしてそんなに熱心にうなずいているのかな?
「よーし!頑張るよ!」
そして張り切ってネット際にラケットを構えて立つ布良さん。
立っているコート逆だよ。
さて、試合展開は互角だ。入間さんが一人で拾い続けている。布良さんがネット際で壁になっているおかげで打たれる場所が絞られるからだ。
「ひえっ!」
たまに真横を通るとびっくりするが動かないのはさすがと言える。
「悪い悪い、遅れた」
「京介!どこまで行ってきたのさ」
京介と一緒にコートに入ってきたのは男子で元々出る予定だった人。あれ?電車止まって来れないって……。
「人見つからないから仕方なくバイクで迎えに行ったら先生に怒られてさ、全く頭硬い奴らだぜ、試合に遅れるって言って無理やり振り切ってきたけど」
そりゃ怒られるだろ。一応授業時間扱いだぞこれ。授業中に抜け出したようなものだ。
「それで、試合状況は?」
「一試合目勝って、今二試合目の途中」
「おっ、勝ったのか。急いで良かったぜ。準備しておくか」
さて、試合の状況は。あれ?いつの間にセット変わっている。
「デュースまでもつれ込みましたが取られました。入間さんが心配です」
確かに、かなり疲れている様子で息を切らしている。
「姉御、心配そうに見ないでください。入鹿を信じてください」
「でも、入鹿ちゃん……」
「入鹿を誰だと思っているでございますか?あなた方のデータ、取らせてもらいましたよ。入鹿のスタミナを舐めないでください」
不敵に笑う。でもそれ、確か本来は二人でやる作戦だよな。
「さぁ、反撃といくか」
「ごめんなさい。負けました」
「うん、お疲れ様」
肩を落とす二人。よく頑張った方だと思う。入間さんのスタミナがかなりのものだというのも良く分かった。
「そんじゃ、行ってきますかね」
肩を回しながらコートに入っていく。
「頑張れ二人とも」
一勝一敗、この二人に勝敗は託された。でも、そんな状況でもこちらに向けられる二人の背中は頼もしい。
試合が始まる……。
「終わりませんね」
「あぁ、終わらないな」
既に他のコートでは決まった部分だけ二回戦をやっている。
デュースに次ぐデュース。もはや意地だけで戦っているように見える。
「終わりませんね」
「終わらないね~」
「ごめん、遅れた。ようやく電車動いてさ、どうなってる?」
入ってきたのは本当は男女ペアで出る予定だった加藤さん。
「今ね、一勝一敗で三試合目の一セット目」
「えっ?長くない?」
加藤さん驚きの表情。そりゃそうだ。
「よし!」
おっ、点を取ったみたいだ。
一セット目なのにフルセットで戦ったかのような消耗具合、これ一回戦なのだが。
「うぉぉぉ!!」
京介気合の咆哮!放たれたボールは見事コートの隅にバウンド。
「よっしゃぁぁ!!」
コート上で喜び合う二人はまるで優勝でもしたかのようだ、まだ一回戦の一セット目なのに。
続く二セット目三セット目はあっさりと連取された。
「俺、ここ二日間、全く良い所が無い……」
教室に戻ると京介はそんな事を呟く。
「まぁ、うちのクラス軒並み一回戦負けしているからな。最高成績が女子バレー二回戦だし」
「仕方ないですよ。相手が悪かったです」
入間さんが手帳を開きながら言う、覗いてい見ると対戦相手のデータがびっしりと書いてある。
「あまり役に立ちませんでした」
まぁ、交友関係調べてもな。というかどうやって調べたのだろうか。この手帳、落としたらものすごい火種に早変わりする気がする。
「あっ、卓球優勝したそうです」
驚きはしない、全国行きましたとか県大会ベストエイト行きましたとかそんな面子ばかりだったから。この学校のクラス分けやっぱり偏り過ぎだと思う。ちゃんとバランスとか考えたのだろうか、くじ引きで決めている説に一票投じたい。中学の頃やっていて辞めたならこれを期に強い選手は全員スカウトされていまえば良い。
その後、明日の確認を終え、今日は解散となった。
「相馬君、今日はカツ丼にしました。と言いたいところですが。試合前日に勝つぞーとカツ丼を食べるのはあまり良くないのですよ」
「マジか」
「マジです。というわけで今日はカレーです。炭水化物多めにするのが望ましいそうですよ」
目の前でカレーを食べる陽菜を見ていて、ふと朝の事を思い出す。
「そういえば、朝のあれって結局何だったの?頼み事なら聞くけど」
「えっと……」
スプーンを持ったまま固まる。言い出しづらいことなのだろうか。
「言い難いことなら無理には効かないけど」
慌ててそう言うと首を横に振る。
「いえ、そういうわけでは。えっと……その。あれですよ、はい」
「あれ?」
煮え切らないな。顔も赤いし。
「お、お願いがありまして」
「はい」
顔を真っ赤にした陽菜がこちらを意を決したかのように顔を上げる。
「私に、キスしてください。相馬君から!」
「どういうこと?」
「だって、三回とも私からだったじゃないですか!」
確かにそうだ。陽菜の言う三回のうちの一回は記憶に無いけど。
「それに、リラさんに警告されてから私結構我慢しているのですよ。ちょっとだけ甘えさせてください」
確かに浮かれていた気持ちがあの出来事で冷静になってしまったのはわかる。甘酸っぱい気持ちが沸き上がって来る。
「だから、あの、後で、寝る前にしてくださいね」
「わかった」
風呂の中で叫びたい気持ちを抑え込む。今すぐ適当な山を駆け上がってその頂上から空に向かって全力で叫んだ後にその山を一撃で平たくしてやりたい。
代わりに湯船を殴り、盛大に水を飛び散らせるも沸き上がる何かを止めることはできない。
「あー!!」
「どうかされましたか?相馬君」
「何でもない」
風呂の外から陽菜の心配そうな声。結局叫んでしまった。
「それでは相馬君。お願いします」
いつもより念入りに歯を磨いた。リビングで二人至近距離で見つめ合う。目を逸らしたくなる気持ちを抑え込む。これ慣れるとかあるのか?無いだろ。手を繋ぐのも未だに慣れないのだから。
顔を近づけても陽菜は動かない、本当に僕からするのか。どこかで読んだマナーの通りに目を閉じる……。
「どう、だったかな?」
「とても良かったです」
はにかみながらそう答える。変な質問したなという自覚はあるけど陽菜は答えてくれる。
「それでは、そろそろ寝ましょうか。おやすみなさい相馬君」
「うん、お休み」
部屋に戻ってもなかなか寝付けなかったのは言うまでもない。





