第四十六話 メイドと体育祭に臨みます。一日目
「それじゃあ、一年二組、行くぞ!えいえいおー!」
布良さんの掛け声とともにその日は始まった。練習はしてきたが自信は無い。今日は外ではサッカーとソフトボール、体育館ではバレー。ソフトボールは京介が張り切っていた。僕もやれるだけやろう。
「相馬見ておけよ、俺がヒーローに成る様をよ」
「時間被っているから無理」
体育着の上にジャージを羽織り準備運動をしておく。明日にも明後日にも競技がある、ここで怪我をするわけにはいかない。
「男子バレーの人集まって!」
時計を見る。そろそろ行かなきゃな。
「それじゃ、京介も頑張れよ」
「おうよ!お互いにな」
体育館は既にあちこちで練習が始まっていた。ボールが舞い選手も舞う。床に弾けてこちらに飛んできたボールを打ち返す。狙い通りの場所へ飛んだことに安堵する。僕らの間に会話は無い。既に敗戦ムードだ。相手の一年生のチームは中学生の頃にバレーボール部をやっていた人たちで組まれているとのことで、入間さんからそれを知らされたその日からこの試合は捨てようという事で、みんな別の競技の練習をしていた。
仕方ないから僕は女子バレーの方に混ざって練習をしていたけど。
「あーっ、さっさと始めようぜ」
だるそうな声。みんな既に諦めていることがわかる。
相手チームの練習風景は、この体育祭のためだけではない、今まで別の何かを賭けて練習してきたことがわかる。
団体戦は嫌いだ。チームプレイは苦手だ。でもそれでも、この雰囲気が駄目なのはわかる。だから僕は声をかける。
「やれるだけやろう。今諦めるのは違うだろ」
そう言うとクラスのリーダ格の高橋君が面白い冗談でも聞いたような顔をする。
「おいおい、日暮。あいつら元バレー部だぜ、無駄だろ」
「それでも、クラスの人や対戦相手に失礼だろ。手を抜くのは、最初から負ける気で挑むのは」
「何熱くなっているんだよ」
「腑抜け野郎にはちょいと熱かったか?」
そう言うと、無言で胸倉をつかまれる。
「調子乗んなよ?俺に命令するな」
耳元でそうつぶやかれる。最初のサーブはこいつの後頭部にでも当ててやろうかな。
練習も碌にしないまま始まった試合は一方的なものだった。僕が上げたボールはお見合いの末に地に落ちたりダイレクトに打ち返したボールを叩き込まれたり、相手の連携の前に翻弄されたり。
気がついたら一点も取れないまま一セット取られていた。
会話は無い。クラスメイトも声をかけようにもかけられない空気だった。次のセットを取られたら負け、相手のクラスは既に勝ったも同然のムードだ。
「高橋君、今の雰囲気と全力で挑んで負けるの、どっちかっこ悪いよ?」
「うっせーよ。黙れよてめぇ」
やはりこの状況には苛立ちが隠せないようだ。
「せめてボールは拾ってくれ」
どうして熱くなっているのかは僕にもわからない、少しの願いを込めた言葉を呟いたその時、二セット目が始まる合図がなった。
拾い続けよう。特に示し合わせたわけでは無いが、いつの間にかそれが僕らの戦法になっていた。
「ボールを落とすな!」
さっきまで不機嫌だった高橋君もそんな指示を飛ばしていた。急造の連携はグダグダだがどうにか相手のコートにボールを押し付ける。今の雰囲気が嫌なのはみんな一緒のようだ。
よし!今だ!
上がったボール。それをネット際に落とす。拾われるか、さすがに。
打ちあがるボール、ここしかない!
もう一度飛び上がり打ち込む、コートの隅でバウンド、ホイッスルが鳴る。
「よし!」
歓声が上がる。肩を組まれる。こういう場面で喜びを表現するのは苦手だけど、嬉しいのだけは確かだ。
「まだ勝ったわけじゃないぞ」
誰かが言う、その通りだ。気を抜いてはいけない。まだ試合は終わっていないのだから。
最初の雰囲気は何だったのだろうか、そう思わせるくらいボールが繋がるようになる。しかし相手は経験豊富な選手たちだ、結局そのまま押し切られてしまった。
「負けてしまいましたか」
教室に戻り、陽菜からタオルと水筒を受け取る。
「負けちゃったよ」
「良い試合だったと思いますよ。最初はともかくとして」
「ほめてくれるんだ」
「はい。諦めないのは良いことです。私もそろそろ試合に行ってくるので休んだら来てください」
陽菜と入れ替わるように高橋君がやって来る。
「さっきは悪かったな。気が立ってた」
「良いよ。全力でやれたし」
気まずそうにしている高橋君にそう答える。
「お前、意外と熱い奴なんだな」
「まぁな。やるなら全力で徹底的にやれって、ある人がいつも行動で示しているからさ」
その人の目の前で手を抜こうものなら後が怖いし、抜くつもりも無い。
「高橋君こそいきなり本気出してどうしたのさ?僕のイメージだとそのまま試合投げ出して帰るイメージだったのだけど」
「そんなダサいことするかよ。ていうかどんなイメージだよ。それじゃ、俺は応援行くから。ソフトボール負けたってさ」
京介はさぞ悔しがっていることだろう。
一人の教室、他のみんなは既に応援に行っている。負けたことは悔しいのにそれよりも充実感が勝っている不思議な気分。
そろそろ応援行ってみるか。
「上げます!」
「オッケー!」
試合は僕らと真逆の展開だった。練習の時から思っていたがこのチームは結構強い。
打ち込んだボールが相手のコートではねる。ていうかもう二セット目か。その二セット目も既に終盤。というかこのポイントで終わりか。
「相馬君、勝ちましたよ」
「おめでとう」
試合が終わり、挨拶を終えた陽菜が駆け寄って来る。あまり見ていなかったがかなり楽な試合だったのだろう、疲れは見えない。
「二回戦まで時間がありますし少し休みましょう」
途中で布良さんと京介を拾って食堂へ向かう。食堂では体育祭という事でかき氷なども売り出している。
とはいってもイチゴしかシロップが無いのだが。まぁ、色しか違いが無いとのことだし気にする必要もないのだが。
「京介、お疲れ」
「あぁ、まさかうちのキャプテンがピッチャーだとは思わなかったぜ」
「お互い不幸だな」
「全くだぜ」
その時四人のスマホが同時に震える。クラスのグループチャットからのようだ。
「そろそろ私たちの出番だそうです」
「えっ、もう?」
「はい、結構一方的な試合が多いそうですよ」
クラスのパワーバランス傾き過ぎじゃないかこの学校。
体育館に移動する。さて、陽菜の二回戦の相手は。えっ、でかくない?
クラスの中でも身長順に並べば後ろの方に位置する僕でも、見上げなきゃいけない人ばかりだ。冗談だろこれ。
練習風景でもあまり飛ばずともスパイクを決めている。
「陽菜、大丈夫なの、これ?」
「そうですね、厳しいと思います」
「頑張って、陽菜ちゃん。諦めなければチャンスは来るから」
そういうと陽菜が無表情を崩し、不敵な笑みを見せる。
「もとより諦めるつもりはありません」
両チーム、挨拶をするために並ぶ、身長差が際立ち、クラスに絶望的な空気が漂う。うちのクラスの競技は女子バレー以外一回戦で敗れている。一日目の最後の希望であるだけに勝って欲しいという思いはみんな共通だ。
試合が始まる……。
「さすがに厳しいものがありました」
帰り道、京介と布良さんと入間さんを誘い、駅前のハンバーガショップ。
「でも、一セット取ってたですよね」
「あれはフェイントに嵌ってくれただけですよ。次のセットでは通じませんでした」
悔しそうだな。表情には出さないけど何となくわかる。
「まぁまぁ。陽菜ちゃん、明日テニス頑張ろうね」
「夏樹さんは補欠じゃないですか。もし出ることになったら、ネット際でラケットを顔の前に構えて動かないでください」
「うん、そうする」
良いのか?遠回しに壁役にしかならないと言われいているぞ。
「相馬、俺たちのコンビは最強だよな?」
「さぁ、どうだろうな」
「最強だよな?」
「……そうだな」
一回戦の相手、全員元テニス部なんですけど(入間さん調べ)。





