第四十五話 メイドと敵情視察をします。
「陽菜ちゃん、日暮氏、どうか入鹿を手伝っていただけないですか?」
放課後、入間さんは深々と頭を下げる。特に宿題は出てないし、正直言って内容が想像つかない。
「どうか、私の調査に協力して欲しいです」
そういえば趣味は調査だって言っていたな。
「何を調査するのですか?」
「敵情視察ですね」
「つまり、体育祭の戦略を立てるためにデータを集めたいという事ですか?」
「その通りです」
入間さんに引き連れられ訪れたのは体育館、今はバレー部とバスケ部が練習している。
「それなら文化祭でも、マーケティング調査とかしてくれれば良かったのに」
「しましたよ、来年用に」
「どんなのですか?」
「夏樹の姉御にお願いして学校の入口にカメラを設置させていただきまして、家に帰ってその映像見ながら年代別に性別を分けてカウントしたのですよ。来年はこのデータをもとに何をするか決めたいと思います」
誇らしげに胸を張る入間さん。確かに使えそうなデータではある。
「本当は各クラスのブースの入口にも設置したかったのですけどね。さすがに許可が下りませんでした」
そりゃそうだ。自分のクラスの前に他のクラスがデータを集めるためにカメラを置くことを認めるはずがない。
「さて、とりあえずこれを見てください。教室から勝手に持ち出しました、来週に行われる体育祭のプログラムと選手名簿でございます」
入間さんが大きめの冊子を出す。各クラスごとに一冊ずつ配られる冊子、ここには各競技に参加する選手の名前やトーナメント表が書いてある。
「私たちが順当に勝ち上がればおそらく当たるであろうチームの選手の癖などを調べたいのですよ」
入間さんの目が光る。
「しかし、部活でやっている競技には参加できないはずですが。果たして意味のある調査になるのでしょうか?」
陽菜の指摘、僕もそう思う。
「わかってないですね陽菜ちゃん。癖というのは人間関係も入るのですよ。プロならまだしもクラス対抗の大会ですよ。例えばバスケ部のあの選手を見てください」
入間さんが手で示したのは恐らく部長であろう人。
「あの選手は補欠に入っているこの選手と仲が悪いです。この人陸上部の長距離の選手でかなりスタミナがありなおかつ球技も結構できます。出てきたら相当厄介ですが試合に出ることは無いでしょう。このクラスとは一回戦で当たります」
そんな都合の良いことがあるのだろうか。ていうかいきなり三年生とかよ。
「この体育祭、かなりアバウトなので。選手登録は直前で変更できるのですよ」
「と、言いますと?」
「つまりそういうことです」
わからん。
「入間さんが言いたいのは、この人と仲がいい人しか出ない、つまりは出てくる人が絞りやすいという事ですね」
「その通りです。そしてこのクラスは文化部がとても多いです。この人が出てこなければあとは運動不足な人ばかりなのですよ。私情を挟んでくる限りこのチームは五人のうち二人は文化部なのです。ならば私たちにはそれなりの勝算があると考えても良いのではないでしょうか」
「無理だろ」
「無理ですね」
僕と陽菜が同時に言う。
「どうしてですか~」
「確かに文化部は多いですが数少ない運動部の人たち、私の記憶する限りでは、それぞれ大会ではかなりの好成績を収めている運動のできる人たちです。先ほど仰られていた陸上部の人もそうですし、表彰式で聞いたことある名前ばかりですね。専門競技では無いとはいえ、通じる部分もそれなりにあるでしょう。そんな人たちが三人もいればバスケ部五人で固めない限り勝つのは厳しいと思われます」
入間さんが固まっている。
「中止です。素直に練習しましょう、勝てる気がしなくなってきました」
肩を落としてしまう入間さん。
「部活行ってきます。このままサボるのも悪いですし」
行ってしまった。
「どうしますか、相馬君?」
「うーん。帰ろう」
「そうしますか」
体育祭に対して思い入れがあるわけでは無いし、敵の弱点を探したところでそこを突く技術があるわけでもない。
「陽菜は何出るの?」
「私はバスケとテニスとバレーですね」
「一緒だな」
一人で登録できる競技の上限は三つ、一日一競技、正直面倒だ。
でも、入間さんには少し悪いことした気がする。今更ながらもう少しポジティブに考えるべきだった。
陽菜と目が合う。
「練習します?」
「しますか」
というわけで家に帰り何故か置いてあるバスケットボールを持って近くの公園へ、陽菜とone on oneで練習をする。
「では、どうぞ」
バスケットゴールが備え付けてある公園、こういう時は便利だ。
「そんじゃ、行くよ」
奪われるかゴールを決めたら交代、一回パスして返してもらってスタート。
「それ!」
返してもらったボールをそのままシュート。
「あっ、入った」
スリーポイントだ。
「すごいですね、相馬君」
「たまたま偶然だけどね」
これがほいほいできるなら苦労しない。出来たとしてもマークされてしまい何もできなくなる。
「それでは次はこちらから」
軽くストレッチをした陽菜にボールを渡す。
「行きます」
陽菜は順当にドリブルで攻めてきた。しばらく様子を見る。後ろに通さななければどうにでもなる。その時陽菜が急加速、慌てて道を塞ぐ。
「えっ!股抜き!」
開いた足の間を通され回り込まれてそのままシュート、ボールは見事にリングを通過した。
「予想外にうまくいきましたね」
少しだけ誇らしげなに見える。悔しい。今度は僕もドリブルで切り込んでいった……。
「ほい、ご注文のアイスだよ」
ベンチに行儀よく座る陽菜にチョコレートのアイスクリームを差し出す。
「ありがとうございます。一点差では勝った気がしませんけど」
「勝ちは勝ちだよ」
途中から賭けになり、負けた。あのシュート決まってたらなぁ。
先っぽを一口。バニラの甘みが身に染みる。
僕らが去ったコートでは別の高校生が入っている。ダンクシュートとか初めて見た。ゴール壊れないのかな。
「しかし、平和だな」
「急にどうしたのですか?」
そう、平和なのだ。星が見え始める時間帯、二人で並んでアイスを食べながら空を眺める。穏やかな時間、少しだけ不安になるくらいに穏やかな時間。
「少し前まではイベントの連続だったなと」
「確かにそうですね」
陽菜が来たり、陽菜が変な男に絡まれたり、陽菜が家出したり、陽菜に告白したり、文化祭したり。
「よくよく考えると陽菜関連ばかりだ」
「そうですかね?」
きょとんとしている。そんな陽菜の頭を撫でる。
「子ども扱いしていますね?」
「してませんよ」
「わかるのですよ。いつもより撫で方がわずかに雑です」
ばれてたか。と言いたいところだか別に意識していたわけではない、撫で方にでるものなのか?
「普段はどんな感じよ?」
「こんな感じです」
陽菜が頭を撫でる。
「今のは?」
「こんな感じです」
陽菜が頭を撫でる。違いがわからない。
「わかりませんか?この普段の愛情が伝わってくるような撫で方との違いが」
「わからん」
「残念です」
本当に残念そうな雰囲気をにじませる陽菜。だから今度は普段よりも丁寧に頭を撫でる。
「そんな感じです。いつもよりも安心させてくれる撫で方ですね」
「わかるんだ」
「違いがわかる女ですよ、私は」
そう言ってアイスクリームをこちらに向ける。
「一口交換しません?」
少しだけ顔をほころばせている、わかっててやっているな。しかしここで引くわけにはいかない。
「いただきます」
口の中にチョコレートの味が広がる。僕も差し出す。
「どうぞ」
「いただきます」
陽菜も一口、その時シャッター音が鳴る。
「うん、良い光景ですね。我ながらとても良いタイミングです」
「東雲さん?!」
「はい。たまたま用事があってここに来たらお二人がいたもので。とても良い物見せてもらいました」
ニコニコとスマホを確認している東雲さん。
「その画像、どうするつもりですか?」
「とりあえず真城先輩に見せます」
顔が真っ赤になる陽菜。
「勘弁してください、リラさん。それだけは勘弁してください」
「ふむ、ちなみにお二人はどこまでいったのですか?」
わざとらしくスマホの画面をちらつかせながら聞いてくる。
「……キスまでです」
「とても良いですね。高校生らしくて可愛らしいです」
首まで真っ赤になる陽菜、ここまで恥ずかしがらせるとは、恐るべし東雲リラ。
「陽菜さん、変わりましたね。とても良い方向に」
「どういうことですか?」
「前より肩から力が抜けていて表情が柔らかいです。安心できる居場所、見つけられたのですね。では、そろそろ失礼しますね。またお会いできることを楽しみにしています」
穏やかな笑顔を浮かべ、手を振りながら公園を出ていく。それと同時に陽菜のスマホが震える。
『外でいちゃつくのは控えた方が良いですよ。』
その文章とともに僕の持つソフトクリームを食べる陽菜の写真。本当にバッチリ撮られているな、確かに少し恥ずかしい。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「陽菜!?」
突然頭を抱え叫び出す。そのまま動かなくなる。
「……このまま殺してください。恥ずか死ぬよりましです」
「いやいやいや」
それからしばらく、陽菜は動こうとはしなかった。





