第四十一話 メイドと文化祭に臨みます。
「困ったな」
「うん、困った」
京介と一緒に食材の搬入を待っているのだが時間になっても来ない。そろそろ来ないと開店に間に合わない。まさかここでハプニングが起きるとは。まぁ、多分渋滞とか十分くらい遅れる程度だろ、そのくらいならどうにか間に合わせることはできるはずだ。
後ろからの足音に振り向く、布良さんがスマホ片手に駆け寄ってくる。その表情から僕は察する、何かが起きたなと。
「日暮君、桐野君、大変なの、どうしよう。手違いで食材準備できてないって」
「「えぇ」」
予想よりも遥か上を行くヤバイ状況、どうしろって言うんだ、これ。
「そうですか、困りましたね」
教室に戻り緊急学級会。
「今出せる状態にあるのはケーキとハヤシライスだけですね。事前に材料を仕入れてありますから、それだけで回せないでしょうか」
「飲み物無いのはキツイな。それにその二つだけに絞ったら今の量じゃ足りない」
考える、どうにかできないか。
「今日は諦めるしかないのかなぁ。お店の方も明日はちゃんと持ってくるって。先生も出張だから適当な店から買ってくるなんてできないし」
布良さんは完全にお手上げモード、教室に諦めの空気が流れる。どうしたら良い。他のクラスから持ってくるか?それは駄目だ、他のクラスもある程度見込みを持って用意している。ていうか明日って何だよ、せめて午後には持って来いよ、学生だからって大丈夫だろうってか?
「よし」
立ち上がる。もうこれしかないだろう。
「陽菜、手伝ってくれ」
「了解しました」
あまり使いたい手ではないが、協力してもらうとしよう。うん、多少痛い目を見る事にはなると思うけど。
「高くつくからな。何であたしが授業無い時間を狙ったかの如く連絡してくるのさ。便利な運び屋扱いしているならその認識を改めさせてもらうよ」
「まぁまぁ結城先輩。日暮さん、稽古付き合うって言ってくれてますし」
結城さんの車の中、東雲さんも手伝ってくれるとのことで来てくれた。たまたま近くにいて助かった。派出所で仕事中だったらさすがに間に合わない。
「ほら、着いたよ。とりあえずスーパーで必要な量集めればいいでしょ。必要な材料教えな、リラ行くよ」
「了解しました。先輩、なんだかんだ優しいですね」
「あたしは稽古相手欲しかっただけだし」
開店間際で客もまばらなスーパー。三人で手分けして食材を集める。 お金に関してはクラスから預かってある。
「ほら、持ってきたよ」
「ありがとうございます。では会計してきますね」
そのあまりの量に店員さんから不思議な顔されながら会計を済まし、店を出る。
「ほら、戻るよ。急ぐから乗りな」
荷物をトランクに乗せ学校に戻る。時計を見る、結構ギリギリだな、材料が間に合っても料理が間に合わないとしたら結構まずい。と思ったら予想より早く着いた。
「ふぅ、久々に道交法ギリギリのスピード出したよ、感謝しな。今度の休日開けておくように」
「あっ、ちょっと待ってください」
荷物を降ろし立ち去ろうとする結城さんを慌てて呼び止め、布良さんから学校を出る時預かったものを取り出す。
「なにこれ?」
「無料券です。是非とも来てください」
無料券と布良さんの名前だけが書かれたルーズリーフの切れ端を渡す。
「ふーん。誰料理作るの?あのロリ?」
「いえ、僕です」
「陽菜から特訓された?」
「されましたね」
結城さんが同情するような表情になる。
「あんたも苦労してるな。魔王陽菜は降臨した?」
「何ですかそれ?」
「そうか、その様子だと大丈夫そうだな。あいつも丸くなったな」
結城さんが遠い目をしている。その目は何を見ているのだろう。
「陽菜さんはね、成績良かったからよく指導をお願いされていたのだけど。うん、とても怖かった」
東雲さんも何かトラウマを植え付けられたのだろう、顔がさっきより青い。
陽菜の特訓は確かに厳しいものだったが、まだ本気じゃ無かったということか。
「それじゃあ、明日にでも行くから。頑張りな」
「頑張ってね」
「ありがとうございました」
深々と礼。二人が手伝ってくれなかったら多分諦めていただろう。
「ただいま」
「おう、帰ってきたか。野郎ども!準備するぞ!」
「「「応」」」
京介の号令と共に調理班が動き出す。
「お前ら、間に合わせるぞ!」
「「応」」
謎の連帯感、いつの間にか京介がリーダーというか兄貴分になっていた。
「相馬君、お疲れ様です」
「陽菜、呼んでくれてありがとう」
「いえ、相馬君が提案してくれなかったらできなかったことなので」
安心したような笑みを浮かべる陽菜。きっと自分でも気づいていない。よほど不安だったのだろう。
「相馬、来てくれ!手が足りない」
「任せろ!それじゃ、行ってくる」
「頑張ってください。手が空いたら私も手伝いに行きますので」
「頼んだ」
うちのクラスのラッキーなポイントは調理室がすぐ近くにあることだ。これは布良さんのくじ運の良さに感謝するしかない。
「注文入ったよー」
「了解」
さて、ここからだ。
「ケーキ急がせろ!ドリンク先に持って行け!」
「サーイエッサー」
京介が完全に調理場のリーダ―となり指示を飛ばしている。火の車状態の中、混乱無く進められているのは京介のおかげだ。
予想外の繁盛を見せていてこちらとしては嬉しいが、結構きついな。
「京介、材料心許ないから何人か買い出しに出した方が良いと思う。足りない分買うだけだから自転車で大丈夫だと思うから」
「そうか、それなら俺がバイクで買ってくる。メモくれ」
「頼んだ」
頼もしい。
「ハヤシライス入りまーす」
「わかったー」
時計を見る。お昼時だ。
ここからが正念場だ。
「オムライス間に合わない。とりあえずこれだけ持っていてくれ」
さすがにきつい。料理に遅れが出始める。
「コンロ四つじゃ足りないぞこれ」
あちこちから聞こえる悲鳴。どうすれば良い。
「あの~」
「はい」
隣のクラスの人だ。
「うち、コンロ使わないので、どうぞ使ってください」
「マジですか。使わせてください」
これなら回るはず。
さらにフライパンも借りて昼時怒涛の注文を処理していく。
「相馬君。大丈夫ですか?」
「おう、そっちはどうだ」
「そうですね、そろそろ客足も途切れてきましたね」
「そっか」
「手伝いますね」
陽菜が横でオムライスを作り始める。
「それでは持って行きますね」
自分で作ったオムライスを持ち調理室を出ていく陽菜。
そんじゃ、ラストスパート行きますか。腕をまくりフライパンを火にかける。
「日暮君、そろそろシフト交代の時間だから。お疲れ様でした」
「はーい」
この燃え上がったやる気、どうしたら良いのだろうか。
調理室を出て驚いたこと。廊下って涼しいな。三角巾で汗をぬぐいエプロンを外す。
陽菜もそろそろシフト終了の時間だろう、せっかくだし一緒に回りたいな。教室を覗くと確かに空いていた。一組くらいか。
「おい!てめぇ舐めてんのかおら!」
ん?陽菜が怒鳴られている?
「メイドなら笑顔の一つくらい覚えろや、スマイルゼロ円だろ普通」
どこのマク〇ナルドだよ。
「申し訳ありません。とても苦手なのでこれが私の普通です」
「てめぇの普通なんか聞いてねぇよ」
ガラの悪い三人組だな。クラスメイトも遠巻きに見ている。
「まぁ、待て。そうだな、君今から暇?一緒に俺らと回らない?」
「いえ、シフトがまだ残っているので」
「そんなこと言わずにさ。この店の悪評広められたくなかったら付き合いなよ」
気がついたら体が動いていた。血が沸騰したような気がした。立ち上がる長身の男、後ずさる陽菜。その間に僕は体を滑り込ませた。
「何だてめぇ」
「お客様。うちのメイドが非常に怖がっているのでここはどうぞお引き取りください。代金はいただきませんので」
努めて冷静な声を出す。今にも暴れだしそうな衝動をどうにか抑える。一人が陽菜の持ってきたオムライスの皿を掴む。その手を立ち上がった長身の男が制する。
「待て、問題は起こすな」
三人組で一番偉いのだろう。長身の男が僕に詰め寄る。
「舐めた真似してんなよ。痛い目見たくなかったらどけ」
「それはこっちのセリフだ」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
「相馬君?」
「病院送りにされたくなかったら三人とも出ていけ。さっきも言った通り代金はいらない」
「んだと、てめぇぶっ殺してやる」
さっきまで座っていた一人が椅子を振り上げる。短気な奴だ、僕もだけど。
「待ってくれ」
その椅子を誰かが掴んだ。
「うちの者がすまない。ここは引いてくれ」
京介が僕と三人組の間に割って入る。
「この通りだ」
そして京介は土下座した。
「このまま何もなかったことにして引いてくれ」
長身の男が椅子を蹴り飛ばす。
「白けた、行くぞお前ら」
「「うす」」
三人組は教室を出ていく。教室には気まずい空気が流れた。
「相馬。あの手の奴らはな、ここで倒したとしても後で報復に来るぞ。何熱くなっている」
立ち上がる京介、その目は怒っていた。
「自分の彼女に手を出されそうで怒るのはわかる。だが、後先考えないのは違うだろ」
確かにそうだ。どうしてあんなに熱くなってしまったのだろう。
「すまない」
まだ収まらない熱をどうにか抑えながらそういうと、京介はニッと笑う。
「無事なら良い。二人ともシフト終わりだろ。少し遊んで来い」
「あぁ。ありがとう」
調理室に戻る京介を見送る。入れ替わるように布良さんが珍しくダッシュで入ってきた。
「二人とも大丈夫?怖い人来たって聞いて急いで戻ってきたのだけど、あれ?」
「夏樹さん、お疲れ様です。生徒会の方は?」
戻ってきた布良さんは何故か占い師の格好をしていた。
「うん、まぁ、占いだからそれなりに繁盛もするよ。それより怪我とかない?」
「それは大丈夫です。シフト終わったのでちょっと外見てきますね」
「うん、いってらっしゃい。って、私も戻らなきゃ」
布良さんがまたもダッシュで出ていく。転ばないか心配だ。
「相馬君、行かないのですか?」
「あっ、ごめん。行こうか」
「はい」
教室を出る。先ほどまでの騒ぎが無かったかのような楽しげな雰囲気の中を僕らは行く。





