第三十九話 メイドと文化祭準備をします。
「では、文化祭の出し物を決めようと思います」
布良さんのその一言とともに、会議は紛糾した。
「みんな落ち着いて、落ち着いてください。静かにしてください。お願いだから~」
僕は今、無法地帯と化した教室の隅、陽菜の席の傍でこの会議の行く末を見守っている。布良さんの涙目になりながらの呼びかけももはや届かない。
「縁日何て小学生しか来ないでしょ!}
「喫茶店とか調理がめんどくさいだろ!」
「お化け屋敷?ふざけんな!衣装代だけでどんだけ持って行かれると思っている!採算とれるかよ馬鹿野郎」
「みんな席について~」
「演劇とか演劇部がやるのに私たちで客集められると思っているの?」
「文化祭何て儲けより思い出でしょ」
「お願いだから一旦落ち着いて~」
布良さん、頑張れ。ちなみにもう一人の男子の学級委員長は職務放棄してこの争いに参加している。
「夏樹さん、大変そうですね」
「そうだな。京介や入間さんまでもが熱くなるのは予想外だけど」
陽菜から受け取った紅茶を一口。先生はあとは生徒で決めてくれと早々に職員室へ避難している。三年生じゃあるまいしと思ったが、受験やら就職やらの悩みがまだ少ないこの時期に本気でやっておくのが一番良いのかもしれない。感覚をつかんだ二年生なら、ここまで盛り上がらずともあっさりとそれなりの物を作り上げ、普通に楽しめるだろう。先が読めない楽しさを味わえるのは今だけだ。
だったら少しくらい積極的に参加しよう。
「陽菜、耳を塞いでおくのをお勧めするよ」
「了解しました」
教室に何故か置いてあるマイクを手にして黒板へと近づく。
「布良さん、耳を塞いでね」
「う、うん」
僕はイヤホンをつけて大音量で音楽を流し、マイクを黒板へと近づけて思いっきり引っ搔いた。その不快な音はマイクの力で強化され教室中に響き渡り、先ほどまでの怒号は強制終了される。黒板に視線が集まる。うん、みんな目が怖いよ。
「それでは、一度意見を整理しましょう。布良さん、お願いします」
一言それだけ言って陽菜の所へ戻る。混乱を無理やり鎮静化させて、流れを奪う。それだけの事。
「相馬君、その方法はいただけませんね。さすがに凶悪すぎます」
帰ってきて早々そんなことを言われる。周りを見回すと少し気分悪そうにしている人もいる。ちょっとやり過ぎたかな。
「でも、夏樹さんを助けた形になるので、許します」
八月が終わり九月になる、秋は僕の一番好きな季節だ。気温はちょうど良いしフルーツが美味しい。林檎や梨は大好物だ。
落ち着いて会議は進められ、今黒板に並んでいるのはメイド喫茶、お化け屋敷、縁日の三つだ。
「それでは、この中から多数決で決めようと思います」
多数決が始まる。正直どれでも良いが、決まったら本気でやるつもりだ。
「相馬君、私はメイド喫茶が良いです」
「というのは?」
「外でメイド服を着ることができます」
そういえばメイド服が好きだって言っていたような。
そんな陽菜の願いが届いたのか、うちのクラスの出し物はメイド喫茶に決まった。
「とても楽しみです」
家に帰りメイド服に着替えた陽菜は楽しみそうに見える。表情は無表情だが。
「コスプレ呼ばわりされることなく、外でメイド服を着ることができるのは嬉しいです」
「まだ引きずっていたのか」
「えぇ、衝撃でしたから。あの時のあの出来事のせいで私はコスプレ趣味の女の子になりました」
陽菜はさっきから何やら計算をしている。
「何を計算しているの?」
「今回のメイド喫茶で予想される経費の見込み額です。夏樹さんも計算してくるとは思いますが、一応私の方でもやっておこうかと」
陽菜が積極的にクラスに関わろうとしている。思わず頬が緩む。
「相馬君、ニヤニヤするのは夏樹さんだけで十分ですよ」
「はいはい」
文化祭が終わったら何かしてあげたいなと思う。あれ、確か九月十日って……。
次の日、第二回文化祭会議。
「夏樹さん、甘いですね」
「陽菜ちゃん?」
布良さんが予算の見込みを発表すると、陽菜が立ち上がった。
「まず、衣装代はもっと削れます。さらに材料費に関しても調理の仕方を工夫すればもっと削れます。レシピはあとで発表させていただきます。あと、こちらのプリントに書かれている用意する予定のリストの中にお釣り用の小銭が入っていないのも駄目です。全員が全員ピッタリの値段を払うわけではありません。それと役割分担ですが、衣装の用意の方に私が入りますので二人を装飾係に回してください。これによって作業日程の短縮が認められると予想されます。細かい店の指定などもありますがそれは後ほどお話しします。以上です」
クラスが静まり返る。そりゃそうだ、情報量が多すぎる。
「ありがとう、陽菜ちゃん」
そんな中今の話を急いでメモする布良さん。
「それじゃ、陽菜ちゃんの指摘を踏まえて変更するね。衣装係は陽菜ちゃんを中心に三人で」
「任せてください」
「あと、陽菜ちゃん、レシピ紙で送ってくれる?店に関してはあとで住所教えて、連絡とってみて交渉してみるから」
「了解です」
本格的に作業が始まるのは明日からだ、ちなみに僕は調理係に回されている。陽菜に特訓してもらおう。
「相馬君、帰りに寄りたいところがあります」
「おう、了解」
というわけで陽菜に連れられ向かったのは結構大きい裁縫専門店、店員さんと何か熱心に話し合ったかと思うと戻って来る。
「明日までに必要な分用意していただけるように頼んでおきました。予算より安く済ませられたので良かったです」
さらに陽菜に連れられ商店街を巡る、そこでは何かをメモするだけで特に何か交渉するわけでは無い。さらに業務用スーパーでも何かをメモする。
「値段をメモしておきました。まぁ、文化祭で使うような量を用意できるのかは聞いてみなきゃわかりませんが。業務用スーパーなら大丈夫だと思いますけど。予算より安く済ませるに越したことはありません、どこで予想外の出費をさせられるかわかりませんから」
「また頑張りすぎてオーバーヒートしないようにな」
「大丈夫です。相馬君がついていますから」
その言葉に背筋が伸びるのを感じた。それだけでやる気が湧いてくるのだから単純だなと自分でも思う。でもちゃんと応えなきゃな、信じてくれているのだから。
「背中は任せろ」
「では私も相馬君の背中を守らせてもらいますね」
「背中合わせか」
「背中を預け合える関係、とても理想的ではありませんか」
隣を歩く陽菜が身を寄せて来る。
「家に帰ったら料理特訓しますので、覚悟しておいてくださいね」
「頼んだ」
そういうと陽菜は薄く微笑む。その笑顔にどす黒いオーラを感じた。
「駄目ますよ相馬君、もっとちゃんと空気を入れてください」
ケーキ作りの特訓。
「相馬君、沸騰させるとは何を考えているのですか?」
紅茶作りの特訓。
「ふむ。及第点といった所でしょうか」
鬼教官陽菜の特訓の結果、形にはなった。
「明日もやりますのでイメージトレーニングだけでもやっておいてください。あと、クラスメイトの皆さんにも指導をお願いします。衣装の作成が終わりましたら私も指導に入りますが、基礎的な部分は相馬君がお願いします」
「了解しました、教官」
「教官ですか……では今からメイドの私です。相馬君、どうぞ召し上がりください」
台所から何かを持ってくる。
「開けてみてください」
「これは、茶碗蒸し?」
「はい」
一口食べてみる。
「美味しい」
「良かったです」
「どうしたのいきなり」
「最初はプリンを作ろうと思ったのですが、時間かかるなと思い茶碗蒸しを作りました。喜んでいただけて嬉しいです。相馬君は卵料理好きですね」
「うん、言われてみると結構好きだね」
知っている卵料理に嫌いなものは無い。
「相馬君、少しだけ甘えさせてください」
僕の隣に座り方に頭を乗せて来る。明日から忙しくなる。僕は僕のやれることをしなきゃな。陽菜が任せてくれたこと、ちゃんとやり遂げよう。とりあえず、トラブルは起きませんように。





